キャラバンとその1つ目の秘密
第12話「こんにちはサリー」
その日、よく太陽が照りついた午後、地下鉄の入り口で俺たちは落ち合った。
「どこに行くんだ? 」
階段を下りていくロキシーに俺は尋ねた。
「黙ってて。誰が聞いてるか分からないんだからさ。ああ、切符は買わなくていいわよ」
そう言うとロキシーは先を歩いた。
「その後、群状金属の調子はどう? 」
「まあまあだな。割とスムーズに出したり移動させたりできるようになったかな」
俺はギプスをあててみた。群状金属は拳から肘までを綺麗に覆ってくれた。
「ねえ、こういうのはできる? 」
振り向いたロキシーの目は赤く光っていた。
「化け物! 」
「誰が化け物かな? 」
「問題はそこだな」
「意味分かんないわね」
「それ何? 」
「これはね、こうやって目を覆うことによって、望遠や暗視などの機能を使うことができるの。変なことには使わないでね」
群状金属は目尻のあたりに吸い込まれるようにして消えた。
「よくよく見ると、これって相当グロいよな」
「そこは突っ込んで考えないほうがいいわよ。スコープで顔ダニを見るようなもんだからね。因みにこいつは新陳代謝もするわよ」
「つまり生まれたり死んだりするってことか? 」
「そう。紙谷くんがいい子にしてたらもっと増えるし、悪い子だとどんどん減ってくわ」
群状金属が体いっぱいに広がった姿を想像して気分が悪くなった。
「うようよ増えたらいいね」
「茶化すなよ。まだこいつに慣れてないんだからさ」
「はいはい。じゃあ話題変えよっか。そうね、この間マヤと何話してたの? 」
「この間って? 」
「二人でイチャイチャしながら笑ってたじゃない」
「イチャイチャはしてないぞ」
「じゃあ仲良さそうにさ。確か中学の時の話でしょ。羨ましいな。みんな同じ中学で」
そんな寂しそうな顔すんなよ。
俺はその時の話をしてやった。
「マヤは中学の時クラスの男子と交換日記をしててな。最初は断ったんだけどあの性格だろ。最後は押し切られてね。でも書くことないって言うから、途中から俺が書いてやってたんだよ。ただまずいことに俺も書いてるうちに調子に乗っちゃって、あわや付き合う寸前まで話が進んでな。気付いた時にはすっかりそいつもその気になっちまって、あれには本当参ったよ」
ロキシーの笑い声が俺には心地よかった。
「ネタばらししても中々信じてもらえなくてね。おまけに周りの奴らに日記を朗読して自慢してたっていうから、こっちも恥ずかしいのなんのって」
「見たかったわ、その時の紙谷くん」
「俺は見せたくないね」
「でも意外ね。紙谷くんに文才があったなんて」
「意外か? 」
「少なくとも雄弁なタイプじゃないからね。私にも今度手紙書いてよ」
「毎日会ってんのに何書くんだよ」
「別にラブレターでもいいわよ」
「えっ」
ロキシーは俺の反応を見てクスクス笑った。
◇ ◇ ◇
エレベーターの前まで来ると、彼女はボタンを押しながら辺りを見回した。
「何やってんだ? 」
「一応ね。念の為」
エレベーターが地下三階到着しても彼女は動かなかった。
「降りないのか? これ以上、下の階はないぞ」
「そのまま乗ってて」
ドアが閉まるとエレベーターは当然静止したままで、外から見たら俺たちはずいぶん間抜けな学生に見えたことだろう。
「終わったようね」
「何が? 」
「スキャンよ」
突如エレベーターは落下するかのようにストンと降下した。
「この下に今は廃線になった地下鉄の駅があってね。キャラバンが買い取って本部として使ってるのよ」
「よくそんな金あるな」
「これでも結構カツカツなのよ。おかげで今のところこの時代にしか施設を持つことができない」
どういうこと?
答えはすぐに判明した。
「失礼します」
本部に着くと、いの一番にロキシーは俺をある部屋へと連れて行った。
彼女がこんなに改まっているのを見るのは初めてだった。
「来たかロクサーヌ」
部屋の主が呟いた。
相当高齢のようで、体調も芳しくないのか革張りの大きな椅子に身を預けるようにして座っていた。
「紙谷春樹を連れてまいりました」
どうも、と俺は頭を下げた。
老人もまた小さく頷いた。
「彼はタイム・トラベラー。このキャラバンの創設者にして長官よ」
もちろんこれは本名ではない。
「彼は人類初の時間旅行者よ」
後になってロキシーはそう説明してくれた。
「だからみんな敬意を込めてそう呼ぶわ。本名を呼ぶ者は誰もいない」
つまりこいつらみんな未来からやってきたというのか?
すぐには信用できなかったが、その時の空気では疑いの言葉を挟むわけにもいかず、俺は飲まれるようにして彼らの会話に耳を傾けた。
「今日はサリーの機嫌はどうですか? 」
「いいよ。最近はずっといい」
そう言うとタイム・トラベラーは胸元を少し肌けた。
やせ衰えた皮膚の下に野球ボールくらいの黒いものが見えた。
「こんにちはサリー」
サリーと呼ばれたものはまるで応えるかのように鼓動した。
「こういうのは初めて見るかね? 」
タイム・トラベラーが俺の視線に気づいて言った。
「それってまさか」
「そう、群状金属だ。私の心臓の代わりをしてくれている。彼女がいなければ私はとうの昔に死んでいるだろうな」
タイム・トラベラーはまるで孫にでも自慢するかのように微笑みを浮かべた。
「私は半生をサリーと共に歩んできた。彼女と共に笑い彼女と共に泣いてきた。その時間は濃密で、この通り死をもってしか二人を別つことができない境地に達した。君もそいつを大事にするといい。君が想えば必ずや君の助けになってくれるはずだ」
老人の言葉に俺は素直に頷いた。
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