めがね記念日

@sou_sitaku

めがね記念日

 えー、皆さん、本日もお集まりいただきありがとうございます。

 いつも馬鹿馬鹿しいお笑い噺ばかりというのもなんです、たまには高尚に政治の話と参りましょう。

 ちょ、ちょっと、そこのお客さん! 眠りに入るのはまだ早いですよ。ベッピンな奥さんと仲睦まじくいらっしゃって、毎日夜が遅いのはなーんとなく分かりますがね。せめて寝るのは話が本格的に退屈になってからにしてくださいよ!

 

 さて、『政治の空白』という言葉がございます。要するに首相の不在期間があることですな。

 なにせ一国を率いるリーダーという存在でございます。アタマがいねぇなんてとんでもないことは許せねぇってんで、政治の空白なんてものは法律上できない仕組みになっており、実際歴代内閣総理大臣の在任期間を調べてみると、確かに空白は一日たりともないわけですな。


 一九八〇年に大平さんという首相が在任中に心筋梗塞で急死されましたが、そういう場合でもそのとき代理で首相をされる方というのは前もって決まっているのでございます。


 ところがですね、実はこの歴史の中で誤魔化された時期があるのです。今も首相の在任期間が短ぇ短ぇと申しますが、首相の在任期間で今最短とされているのは東久邇宮稔彦王《ひがしくにのみやなるひこおう》という元皇族の方で、五十四日間という期間でございました。

 しかし! 実はこれをはるかに下回り、在任期間がたったの四日という内閣があったのです。あまりにアホらしく短いので前後の内閣の期間を伸ばして、記録上はなかったことにしてしまったのですな。政治家の間はおろか、どんなに暴露好きなマスコミまで揃って口を噤むばかりであっという間に忘れ去られてしまいました。

 その内閣を担った総理大臣の名前は根亀カケルさんと申しまして、彼が組閣した内閣は「めがね内閣」と呼ばれております。


   * *


 時は、そろそろ衆院総選挙が始まろうかという時期。資産家で暇を持て余していた根亀氏は秘書の久賀君を呼びました。


「おーい、久賀君!」


 秘書と言えば、家来同然ってなもんで。久賀君はすぐに飛んでやってきました。


「失礼します! ……うん?」


 中に入った久賀君は目を丸くしました。なにせ、机に座った根亀氏はこう、大きくギョロリと見開いた目に右手の指を差し込もうとしてるではありませんか。


「先生ッ! 早まっちゃいけません!」


 何をどう勘違いしたのか、久賀君は勢いよく根亀氏に飛びつきました。


「痛い痛い痛い。ちょっといきなり何だね!? 離しなさいッ!」

「どんなに辛くても自殺はいけません! 生きていればいつかきっといいことが」

「さっきの私のどこをどう見たら自殺になるのかね」

「こう、目から指を突っ込んで脳みそを突こうとしていたのでは?」

「なんで私がそんな奇抜な死に方をせにゃならんのかね。自殺するなら普通に遺書を書いて首を吊るよ」

「はあ、確かに妙だとは思っていたのですが。では何をされていたので?」

「コンタクトレンズをつけようとしてたんだ」

「コンタクトレンズ。視力を悪くされたのですか」

「パソコン使い始めるとダメだねぇ。一気に悪くなってしまったよ。しかしコンタクトレンズというのはいけないね。着けるのがとても怖い。なにせ指で目を突っつくのだから」

「ギョロ目で目も血走ってて、先生の形相もそれはそれは鬼気迫るものがございました」


 何せ自殺と間違えるくらいの切羽詰った表情であったようです。


「ところで先生、私をお呼びになったのは何用でしょうか?」

「いや、あまりに暇なもんで今度の衆議院選挙に出てみようかと思ってね」

「暇つぶしで選挙に出られるのですか」


 選挙に出るには、供託金なるものが必要でして、国に三百万円を払う必要があるのですな。ところが資産家の根亀氏にはそんな大金も暇つぶしに使える雀の涙というわけで。


「どうせ、いつもウチの選挙区は理由党か移民党の候補が当選するんだから。適当に街頭演説とかしてみたいのさ」


 現実には理由党や移民党なんて政党はないって? へへへ、そこは大人の事情ということで、実在の人物・事件・団体とは本作は関係は一切ございません、ということでご承知ください。


「要するに泡沫候補というわけですな」


 選挙には当選する見込みがなく、思い切りかぶいた政策や格好で選挙に打って出る候補がいます。これを泡のように浮きあがっては弾けて消える泡沫候補というのですな。世の中上手いことを言う人がおります。


「そういうことだね。面白おかしく行こうじゃないか」

「では手続きは私がやっておきましょう。それより選挙に出るなら公約を作らなければなりませんな」

「どうせ、当選しないんだから真面目に作ってもしかたないね。私はそんなに学のある方じゃないから減税とか増税とかわからないし、みんなに聞いてもらえる話題で公約を作った方がいい。だからこいつで行こうと思うんだ」


 根亀氏は久賀君に掌を見せて言いました。


「手相でございますか。占いで公約を決めるとはさすがに適当が過ぎるのでは」

「違うよ! 掌に乗ってるものだよ」

「何も見えません。心の綺麗な人にだけしか見えないものでしょうか?」

「私も一代でここまでの財産を築いた身だよ。賄賂アリ、裏切りアリ、インサイダー取引アリで心が綺麗なわけないだろう! ほら、もっとよーく目を凝らしてみるんだ」


 久賀君が目を細めて見ますと、確かに根亀氏の掌の上には何やら透明で小さいものが乗っております。


「ああ、コンタクトレンズでございますか」

「流行に従ってこれを試してみたが全然ダメだ。やはり視力矯正は眼鏡が一番だよ。コンタクトレンズを廃し、眼鏡を振興する。これを公約にするんだ」


 そうと決まれば根亀氏の活動は眼鏡一直線でございました。早速コンタクトレンズを否定し、眼鏡を礼賛する内容の街頭演説です。


「皆さん! 今こそ立ち上がる時です! メガネ、メガネとバカにされ、しぶしぶコンタクトレンズを着けていた雌伏の時代は終わりを迎えるのです! 今こそコンタクトレンズを廃し、眼鏡を広げるときなのです!」


 今でこそ、眼鏡っ娘、眼鏡男子とかって一定の地位を得られておりますが、この時代、メガネの地位は酷かったのですな。メガネといえば地味、野暮、田舎ッぺの代名詞。お洒落の欠片もなかったわけです。

 そんなそしりを受けないために眼鏡が好きでもコンタクトレンズを使っている隠れメガネが相当いたようですな。初めは泡沫候補で三桁に届くか届かないかだった根亀氏の支持者は無党派層を中心に膨れ上がり、たちまち圧倒的有利な立場になり、選挙当日、開票が始まると同時に当確が出てしまうほどの人気となったのでございます。

 

 この眼鏡決起は全国で話題になり、メディアの後押しも相まってその運動はアッと言う間に全国に広がりまして。国会に置ける首班指名選挙においては、根亀氏を持ち上げたほうが人気が出ると思った移民党と理由党がこぞって根亀氏を持ち上げ、なんと初当選、無所属でありながら首相にまで登りつめてしまいました。これがのちに言う眼鏡内閣の発足でございます。

 泡のように弾けて消えるつもりだった根亀氏もこうなれば腹を据えたようですね。とにかく眼鏡一色の政策を打ち出しました。

 まず組閣ですな。大臣は全員眼鏡を掛けている人を採用しました。人の上に立つ者は人の手本となるという理屈です。そして、象徴的な存在として、内閣官房長官には大阪は道頓堀から引っ張ってきた眼鏡男子中の眼鏡男子、くいだおれ太郎を据えたのでございます。

 そして基本的な眼鏡を奨励するための法律が速やかに定められました。

 眼鏡奨励法の概要は次のようなものでした。


『一つ、全ての国民は伊達でもいいから眼鏡を付けること。

    コンタクトレンズは禁止とし、眼鏡を着用しないものは

    刑法において罰則を受けるものとする。

 一つ、三日後の○月×日を「めがね記念日」とし、その日は特に

    眼鏡を奨励するとすること。

 一つ、眼鏡そのものはもちろん、「眼鏡」を奨励するものは税率を

    優遇すること。』


 過去に例を見ない迅速さで制定、公布されたこの法律の発表と同時に行われたのは根亀首相の所信表明でございます。

 

「国民の皆様、この度は不肖、根亀を首相にまで押し上げて下さり、心より御礼申し上げます。私の志に国民の皆様の信を得られたこと、それが何よりも嬉しい! これほどの同志がいたのかと、国民の皆様もお互いに思っておられることと思います。

 眼鏡は良いものです。見えにくいものを見通せるようにしてくれます。これはコンタクトレンズも同じものですが、コンタクトレンズは裸眼と見た目で区別がつかないのがいけません。見る能力を持たないのに見えると偽る性根の卑しさは堂々と見えないものは見えないと表明する眼鏡とは全く違うところなのでございます。眼鏡をかけないのが格好いいなんて時代はもう終わりです! 今こそ自分を偽るコンタクトレンズを捨てて、自分をありのままに見せる眼鏡をとるのです!

 さて、これからのめがね記念日までの三日間が私の本番です。その日、全ての国民が眼鏡を着用し、すべての国民が仲間となるのです! そんな夢のような世の中を是非とも、実現させましょう!」


 ハイル、メガネー! メガネ、万歳ー!


 ……とまあ、この名演説を聞いた市民も大盛り上がり。

 早速、その日からめがね記念日に向けての国を挙げての大騒動が始まったのでございます。


   * *


 さて、一番大変だったのは当然眼鏡屋ですな。何せ、日本国民は一億二千万人からいるのでして、ガラスはレンズに、プラスチックはフレームにと材料が集中したものですから、それを使う他の産業が滞る有様でございました。

 とある町にある眼鏡屋でも、いつにない人の賑わいになっている……とお思いでございましょう? いやいや実は逆に閑散としたものでして。ガラーン、とした眼鏡屋にぽつんと店主が一人座っているだけでございました。そこにかねてからの知り合いの一人がやってきます。


「よう、お前さんとこも売り切れかね」

「売り切れも売り切れ。看板のデカイ眼鏡まで持ってかれちまって、もう何屋だったかすら分かりゃしねぇ」


 そう、眼鏡奨励法が可決されてから真っ先に眼鏡を買いに民衆が走ったものだから、もう売り物がなくなってしまったのですな。


「こりゃ参ったな。眼鏡が手に入らねぇ。これじゃ捕まっちまうよ。どうすりゃいいと思う?」

「予約するなら入れとくが、まあ記念日までには間に合わねぇな」

「どどど、どうすんだよ」

「仕方ねえよ。何でもいいから眼に掛けられるものは掛けとくんだね」

「例えば?」

「知り合いは水中メガネを着けておくとか言ってたな」

「そりゃ不格好なこったな。他には?」

「虫メガネを無理矢理目に掛けておくなんてヤツもいた」

「見えにくくてしょうがねえ。他には?」

「双眼鏡」

「そりゃ見え過ぎだ! そもそも眼鏡に入るのかい、あれは」

「がんきょうは眼鏡のこった。アレも立派な眼鏡だよ」

「望遠鏡は」

「えんきょうは眼鏡じゃねぇ。それにしたって今頃はどれも売り切れだろうよ」

「ならどこに行きゃいい?」

「おススメは映画館だな」

「なんで眼鏡を買うのに映画なんだ」

「見る映画によっちゃ3Dメガネが付いてくる」


 このように熱狂的に人々が眼鏡を求める裏で、急速に姿を消していくものもありました。もちろんコンタクトレンズのことでございます。

 何しろ眼鏡奨励法は、コンタクトレンズの排除という側面もございました。あまり物騒な面は表には出やしませんが、コンタクトレンズは奨励法の成立直後から急速に取り締まられていたのですな。

 まず、奨励法が成立直後で、製造工場は軒並み閉鎖。次にメーカーには強制捜査が入り、その顧客リストを押収、その顧客には全て調査が入ったわけですな。

 その他にも、コンタクトレンズを付けている人間がいないか見張るため、政府は常に警察官を始終街中に巡回させまして。


 ある街を見回っている警察官は、ちゃんと眼鏡を着けているのに自分を見つけてギクリと身体を強張らせた男を見つけました。その男はそっと目を伏せ、警察官とすれ違って通り過ぎようとします。


「そこの人、ちょっと待ちなさい」

「な、なんですか?」

「あなた、コンタクトレンズを着けてますね?」

「いやいや、眼鏡着けてるじゃないですか」

「眼鏡を着けてるからといってコンタクトレンズを着けていないという理由にはなりません。ちょっとお荷物のほうを調べさせていただきますよ」


 警察官は、男を近くの派出所に連れ込みますと、鞄の中身を改め始めました。財布、ハンカチ、絆創膏、消毒液、筆記用具にノート、整髪料、トランプ、携帯電話、文庫本、マイ七味にマイマヨネーズ。何やら白くて平べったい袋……これには中にゴム製品が入っているようです。ははは、男の嗜みってやつですな。あとは何やら怪しい白い粉。


「えらい大荷物ですな」

「い、いろいろモノ入りでして」

「やや! これは何ですか?」

「ご覧の通り目薬ですが」

「怪しい。これはドライアイ用の目薬ですな?」

「コンタクトしてなくてもドライアイにくらいなりますよ!」

「おっ! これはコンタクトレンズ用のケース。アンタやっぱりコンタクトレンズを着けてるね」

「コンタクトレンズを着けてなくてもケースくらい持ちますよ! 中身も入ってません」

「そりゃ、中身はアンタの目ン玉の上でしょうよ。ちょっと見せてもらいますよ」


 そう言って警察官は男のまぶたを摘み、びろりと広げて見せます。手元が暗いもんだから空いた片手で、見えにくいので取調室にはお約束のライトをもってピカーッと照らしつけたんですが、何にも見つかりません。


「ほらあ、言ったじゃないですか! アンタのやったことは職権乱用だ! 訴えてやる!」


 先ほどまでおどおどしていた男が一転騒ぎ出しましたが、警察官のほうはどうにも納得いきません。

 刑事の勘ってぇシロモノはなかなか侮れないものなのでして。人間後ろ暗いことをしてると、バレるのが怖くて妙な緊張をするものなのです。その緊張をベテランの警察官は見抜いてしまうのですな。

 首をかしげる警察官が次に目を付けたのは、カバンの底に残った錠剤の包みでした。分かりますかね? 底が分厚いアルミになってて、上のポッチを押したら錠剤を取り出せるアレですな。

 しかし大きさがちょいと大きかった。錠剤と言うより喉のためのトローチが入りそうな包みです。


「何の薬です、それ?」

「え……?」


 聞いてみると効果テキメンですな。さっきまでの「訴えてやる!」という強気と血の気が引っ込む、代わりに脂汗が流れだす。警察官が「他の犯罪者もこれだけ分かり易ければいいのに」と思わず漏らしてしまうくらいの動揺っぷりでした。


「ちょっと見せていただませんか?」

「それは」


 駄目と言う前に警察官は男から錠剤を取り上げまして、つぶさに見てみますと驚くことが判明いたしました。この中に入っているのは錠剤だけではなかったのです。なにやら錠剤とナイロンのポッチの間に薄い膜状のものが見えまして。

 今度は許可も取らずに取り出します。そしてこの薄くて丸い小さなシロモノの正体を見て、この男が挙動不審だった訳が分かりました。


「あなた、このコンタクトレンズ、密輸してきましたね?」


 悪党と言うのは堺や近江の商人も真っ青なほどに商売ごとに敏感なのですな。コンタクトレンズが禁止されるとなると、製造もストップされるし、流通もしなくなる、つまり、入手手段がなくなるわけです。

 あとはコンタクトレンズの製造が禁止されていない海外から仕入れるしかありません。しかし眼鏡奨励法には非コンタクトレンズ三原則の「持たず、作らず、持ち込ませず」ってのが既に制定されている。つまり、コンタクトレンズはヤミで密輸されてきたのですな。

 密輸されていると分かると、警察も重い腰をあげてこの密輸に関する捜査を開始しまして、世界から称賛される検挙率を発揮したのです。


 しかし困ったのが検挙した密輸売人達の処分でした。コンタクトレンズは麻薬じゃございません。奨励法が施行されたばかりということもありまして、刑務所に放り込むのも酷というものということですな。

 そこで、再教育という手法が取られました。眼鏡に関する講習を八時間ぶっ通しで聞かせた上で最後に所持していたコンタクトレンズを踏みつぶす、つまり「踏み絵」ならぬ「踏みコンタクト」をさせることで、眼鏡の良さを脳髄の奥まで刷り込み、コンタクトレンズへの未練を断ち切ったのです。

 それはもう効果テキメンで、再教育の施設を出てきた後はやたらと目がキラキラと輝いてサワヤカな笑顔を浮かべていたそうでございます。

 いや、目のキラキラは眼鏡に太陽の光が反射していただけですがね。


 * *


 そしていよいよめがね記念日当日となりました。

 眼鏡奨励法には『眼鏡そのものはもちろん、「眼鏡」を奨励するものは税率を優遇すること』という要項が合ったことはご記憶でしょうか。

 今日はめがね記念日と言うことで、お祭り騒ぎ的なイベントも欲しいところ。どうせなら各商店で考案した眼鏡商品を披露する日にしようと、今日はどこの商店街も発表会のような様相で賑わっております。


「しかしみんな見事にメガネメガネだねぇ」


 商店街を見物に訪れていたこの男も近所の眼鏡一色ぶりに驚くばかりです。本屋は眼鏡関連書籍であふれ返り、服屋なども眼鏡を前提にしたファッションを推し進めているようです。

 食べ物屋は大抵、形から入っているようですな。ドーナツ屋などは楽勝です。二つつなげりゃ眼鏡ドーナツの完成しますからね。酷いところでは野菜を輪切りにして二つ並べたサラダを「眼鏡サラダ」だなんて名づけてるところもあるようでして。


「おうおう、みんなおんなじことを考えてんだねっと……お、何だいこれは?」


 男の目に止まりましたのは、とある定食屋に飾ってある、形としては眼鏡の欠片も無いのに『めがね定食』と名づけられたメニューのサンプルでした。


「はあ、なかなか感心だな。周りに流されずに独自路線ってか。よしよし、どこが眼鏡なのか見極めてやろうじゃねぇか」


 ってなわけで、男はのれんをくぐりました。


「いらっしゃいませ。お好きなお席にどうぞ。ご注文はお決まりで」

「めがね定食で」

「はい、かしこまりました。すぐにお持ちします」


 しばらくして、出てきましたのは表のサンプルと同じ、サンマと味噌汁、ごはんの定食でした。

 早速箸をつけてみますと、サンマは旬であることもあり、良く脂も乗っている。しかも今時古風に炭火で焼いたらしく、実に香ばしく仕上がっておりました。


「では大根おろしを載せて、醤油を掛けてと……へっへ。秋にはこの魚を食わねぇとな。おう! これは旨ぇ。しかし大将よう、俺は分からないんだが。これがなんで眼鏡なんだい?」

 店主答えて曰く。


「そのサンマの目をご覧ください」


 見てみると、なんとサンマから目玉が抜かれておりまして。


「目が無い……つまり『目が無ぇ』でございます」

「駄洒落かよ!」


 次にご飯をいただきます。これもまた良い米、良い水を使い、上手に炊いたのか米粒が艶々と輝いておりまして、これもまた実に美味しい。

 

「はふはふ……この飯にもなんか眼鏡に掛けてんのかい?」

「ええ、まあ。この飯は飯盒で炊きましてね」

「キャンプみてぇだな。それが何で眼鏡だ」

「飯盒の形が水中メガネに似ているもので」

「確かにそうだが……、ちょっと苦しかねぇかい」


 最後に味噌汁です。短冊切りにしたカブが入っており、それが実に味良く染みてこれもまた格別の旨さでして。


「カブの味噌汁たぁ、ちょいと珍しいな。魚と飯が眼鏡にかかってたんだ、この味噌汁にも何かあるんだろう?」

「ええ。本来、サンマ定食にはメカブの味噌汁だったのです。それをカブに換えたものですから」

「『メが無ぇ』って言いたいんだな? ふう、ごちそうさん。茶を一杯もらえるかい」

「はい、どうぞ」


 そこに出されたのは一杯の湯気の立つ茶でした。しかし、見たことのない色と香りです。


「なんだい、この茶は?」

「スイカの種茶です」


 スイカの種と言えば昔は食えば腹で芽を出す。盲腸になるってんで食っちゃいけねぇというのが定説でしたが、近年の研究ではカリウムなどのミネラルやポリフェノールなどが含まれていて、実は健康によろしいのですな。干したスイカの種を炒って、お湯を注げばスイカの種茶というわけで。


「ああ、なるほど。炒ってあるから香ばしいし、少し甘みがあるのがいいねぇ。それで? コイツも眼鏡に関連してくるんだろ?」

「種ということは芽が出てないということでございます」

「つまりこれも『芽がねぇ』といいたいわけかい」


 勘定を支払って定食屋を出た後、再び街を歩きだした男は再び街の散策を開始します。


「ふう、今度は食い物以外の眼鏡が見たいな」

「兄さん兄さん、ちょっと打っていきませんか?」


 と、声をかけたのはパチンコ屋の客引きでした。


「パチンコねぇ。そういやしばらくやってねぇな。ここもなんか眼鏡やってんのかい?」

「ええ、『眼鏡祭り』というのをやっております」

「なんだいそれは」

「へへへ、そいつは見てのお楽しみ」


 悪戯をした悪ガキみたいな含み笑いを浮かべて客引きは男を店の中に引き込みます。

 ところが、店の中はガラーンとしているではありませんか。


「おい、全然客が入ってねぇじゃねぇか。どういうこった?」

「それが分からないんですよねぇ。こうして眼鏡祭りをやってるんですけど、常連さんも寄りつきゃしないんです」

「ふうん、不思議なもんだねぇ。……ってオイ。何だこりゃチャッカーが全部塞がれちまってるじゃねぇか!?」


 チャッカーというのは、パチンコで玉を入れるための穴ですな。ここに玉が入るとスロットが回ったりするわけで。こいつが埋まるとゲームとしてはどうにもなりません。


「道理で客が入らねぇわけだよ! どう言う料簡だ!」

「これが眼鏡祭りなんです」

「なんで穴を塞ぐのが眼鏡フェアだ!?」

「絶対に勝てない。つまり……勝ち『目がねぇ』というわけで」


 心持ち得意そうな客引きに男は絶句してしまいましたとさ。


 パチンコ屋も出た男は次なる眼鏡を探しにまいります。ブラブラ歩いてると声をかける人が一人。


「ハァイ! アナタ、ネイルアートやりましょー!」と、進んできたのは漫画みたいな外国人言葉を話す男でして。

「何だ何だ、そんな訛りしてるから外人さんかと思ったら、頭の上か目ン玉まで真っ黒いどっからどう見ても生粋の日本人じゃねぇか」

「キャラ立て、大切デース!」

「まあ、いいか。それでアンタのとこは何をやってんだ?」

「さっきも言いまーシタ! ネイルアートのサービスでーす!」

「それで、眼鏡との関係は?」

「『May I got your Nail(メイアイガットユアネイル)?』が謳い文句でーす。」

「……は?」

「『May I got your Nail(〝メ〟イ・アイ・〝ガ〟ット・ユア・ 〝ネ〟イル)?』。『め~が~ね?』って聞こえマース。空耳ってやつデース」

「空耳どころじゃねぇだろ! 俺はこう見えても天下御免の国家公務員一種を通った人間だよ。英語の一つや二つできるんだ。アンタのいう謳い文句は無理矢理直訳すりゃ『私はあなたの爪いただいたもいいですか?』ってな意味だよ。文法が盛大に間違ってるのは置いとくとして、どんだけスプラッタな商売だよッ! 考え直せェッ!」


 こんな調子で、時々ズレた眼鏡をやってる商店もあるようですが、あちこちの店を冷やかし、冷やかされ、とまずまず男は楽しんだようであります。

 そろそろ帰ろうかと思い始めたとき、「号外、ごうがーい!」と、新聞を配っている新聞屋の姿が見えました。

 号外を受け取って新聞を見てみると、『めがね内閣、総辞職』というタイトルがデカデカと書かれているではありませんか。

 すると、周りからざわめきが聞こえ始めます。どうやら街頭テレビで総辞職を発表した根亀首相の記者会見が始まるようです。


――総辞職の真意は?


『真意なんて深いものじゃない。耐えられなくなったんです』


――耐えられなかったとは?


『日本があまりにも眼鏡一色に染まっていくのがです。私はああいう政策を打ち出しましたが、この政策は元々泡沫候補の軽い冗談のつもりだったんです。首相になった後も、誰か反対するんじゃないかと高をくくってたんですがね……』


――つまり、この解散は自らの責任ではなく、国民が悪かったといいたいのでしょうか?


『いえ、そういうつもりは……いやいや、確かにその通りだ。私は国民の皆さんにとてもあきれ果ててしまいました。私を選んでくださった時には、なんて目が節穴な国民が多いものだと思ったものですが、今はそれすら問題ではないと思っている。

 これは首相としての私の最後のメッセージです。是非お聞きいただきたい。

 国民の皆さん! あなた方の目は節穴以前の問題だ。あなた方は目の玉より先にアタマが足りない』


 お後がよろしいようで……。

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