第5話
教会の中に飛び込んだエクス達は、辺りを見渡してクリムを探した。
中は薄暗く燭台に灯る灯りと、ステンドグラスから差し込む光だけだった。その中を見渡すと、奥に一人の人影が見えた。
その影に慎重に近づいて行くと、くっきりと見えてきた。それはしている人物、クリムの影だった。
クリムを見つける事が出来、一安心と言わんばかりにエクスは一息つき、レイナはホッと胸を撫でおろした。
「よかった。無事だったんだね」
「一人で行ったから、心配したじゃない」
「心配してくれたの。ありがとね」
明るい声で言うクリムは、相変わらず表情には感情が出てなかった。
「…それで、カオステラーは―――」
どうなったのと、エクスが聞こうとするとクリムが愛らしい笑顔を向けて言う。
「もう、終わったわ」
「終わったって?倒したの」
その問いに、クリムはニタッと不敵に不気味に笑みを浮かべる。
「坊主、お嬢、ソイツから離れろ」
タオが言い、エクス、レイナとクリムの間に割って入る。そこにシェインも割って入る。
割って入るタオとシェインはクリムの事を睨み、敵意を現していた。
「あなたは誰ですか?」
シェインのその問いにクリムは首を傾げ、愛らしい笑顔を向けて言う。
「私は私だよ。何を言ってるの?」
その言葉はクリムの様で、様じゃなかった。無機質で無感情で、何も込められていないただの言葉。それに意味を出すように貼り付けられた、愛らしい笑顔。
エクス達の知るクリムはそんな人じゃない。感情が上手く出せなく、それでも伝えるために声のトーンで表して、ぎこちなく笑ったりする人だ。
今、エクス達の目の前に居るクリムはまるで別人だった。
「君は誰?」
エクスはクリムそっくりのその人に尋ねた。
その問いに、クリムは不気味な笑みを浮かべ、瞳は紅く染まり、クリムの声で笑って言う。
「クック…。誰って、クリムだよ。貴方たちの知るクリム」
「違う。クリムはそんな風に笑ったりしない」
「違わなくない。私は――ボクはクリムさ。クリムのココロの中に居る悪魔であってクリムのココロさ。だからボクはクリムさ」
強くエクスが否定すると、クリムは口調が変わりクリムであることを定義する。
「…そう、今のあなたはクリムの中の悪魔。――終わってどういう事」
レイナがクリムに訊くと、クリムはまたも不気味な笑みを浮かべ手にする剣を突き付ける。
シュッ―――。
クリムは突き付けた剣を振り、空を切る音を立てる。
「言葉通りさ」
空を切るのが合図だったのか、エクス達の周りにはヴィランが取り囲んでいた。
「…この状況は確かに言葉通りね」
「まさか、クリムがカオステラーだったなんて」
「ハッ、上手く隠していたなんてな。全く気付かなかったぜ」
冷静に周りの状況を見るレイナに、クリムがカオステラーだったことに驚きを隠せないエクス。出会った時からずっと気付かれないでいた事に称賛するタオ。その後ろで事の状況をシェインは見ていた。
「書き換えの出ない貴方たちが居なくなれば、ここはボクとクリムだけのものになる。書き換えれないなら消せばいいのだからさ」
「クリムだけのものになって何があるの」
振り下ろした剣を構え直すクリムに向かってエクスは訴えかけていた。
一人だけになってしまう事に一体何があるのか。一人なってしまえば寂しいだけなのに。
「何があるって。それはクリムがボクのものになるのさ。あの綺麗な紅い髪も、愛らしい笑顔も、声も何もかもボクだけのものにさ。他の誰にも触れさせないさ」
激しく声を上げるそれは、もはやクリムのものとは思えないものだった。
紅い髪が靡き、紅く染まった瞳に生気は無く、剣を手にヴィランと共に襲って来た。
「さぁ、紅く、紅くなりましょう」
エクス達は栞を手にヒーローの魂とコネクトし、クリムとヴィランを迎え撃つ。
周りのヴィランを蹴散らしクリムに渾身の一撃を加えると、彼女は膝をついて剣を落とした。
「…どうして…どうして。キミが笑っていられるようにしてただけなのに…。キミのココロは壊れてしまうのさ。僕の何が悪かったのさ」
クリムは空に向かって、嘆く様にその問いをなげる。まるで、神に何かを問う信者の様に。
「いつもキミを見てたから、寂しいなのらそばに居たのに…。キミが家族と喧嘩して悲しい思いをしたのならその原因を消したのに…。キミは何で僕には笑ってくれないのさ……」
クリムは懺悔と言わんばかりに、募らせてきた想いを吐き出した。全ての心の中の感情のぶちまける様に。
「壊れたココロを埋めるために入ったのに、キミは泣いてばかりで笑ってくれなくて…。何で…何でさ…ボクにだけ…」
「そんな事ないよ。クリムは君にも笑顔を向けてたよ。ココロの中に居る悪魔が居るって事も受け入れてて、笑えないけど笑おうと精一杯声に出してたよ。だから、君が本当のクリムと向き合えばいいんだよ」
エクスの言葉をかみしめる様にクリムはわずかに沈黙すると口を開いた。
「…本当に。ボクが弱い、弱い彼女を守ろうとやってきて、逆にクリムを傷つけたボクなのに」
「大丈夫だよ。クリムは弱くなくないよ。むしろ誰よりも強いよ。負けない強いココロを持ってるよ。だから、君の事を受け入れていたんだから」
「……」
エクスの優しい言葉がクリムのココロに届いたのか、「分かった」と言う様に彼女は小さく頷くと目を閉じ倒れた。
「あとは任せて」
「お願いレイナ」
一歩前にレイナは出て本を開き唱える。
『混沌の渦に呑まれし語り部よ。われの言の葉によりて、ここに調律を開始せし…』
本から魔法陣が浮き立ち、幻想的な蝶が飛びかう。『調律の巫女』の力を発揮するレイナからは、白い光があふれた。混沌を秩序に戻す調律の光があふれ、想区は元の姿を取り戻した。
町の人も悪魔もクリムも、クリムのココロの中の悪魔も全てが戻った。カオステラーやヴィランの事にクリムは手を貸してくれていたけれど、調律の時に記憶ごと無かったことになっているため覚えていなかった。
ただ、一緒に悪魔退治をしたという様な曖昧な感じに僕たちの事を覚えていた。
町の入り口でエクス達はクリムと話をしていた。
「色々とありがとね」
「こちらこそ」
クリムはぎこちない笑顔を向けながら、エクス達にお礼を言う。その笑顔はぎこちないが前より少し軟らかく思えた。
「この後どうするの」
「僕たちはもう行かないと。まだ救わないといけない人とかいるから」
この想区以外もの、まだカオステラーの影響が出ている場所がある。僕たちの旅はあまりゆっくりとしてはいられない。
レイナもタオもシェインも、次に向かう準備は満タンのようだ。
「…そう。もう少しゆっくりできたら、お茶でもと思ったけど」
「気持ちだけでもありがとう。でも私たちはもう行くわ。また今度、来た時にでもお茶はご馳走になるわ」
残念そうに言うクリムに、レイナが一言申し訳なさそうに言う。
「クリムはこの後どうするの。また赤を集めるの」
エクスは少し記憶が残っているクリムに空白の書の僕たちの事が、影響が出てないか心配になり聞いていた。
空白の書の持ち主は運命を変えれる言葉で来てしまう。彼女の記憶に残っている悪魔退治は、もともと彼女の書にはもともと書かれていないもの。そのせいで、主役の彼女の運命が変わってしまわないか。
クリムは首を横に振った。まさか、運命が変わってしまったのかと思うと、彼女は言った。
「…私は私だけの王子様を待つから、もう赤は集めないよ。貴方たちとも悪魔退治で赤は集まったから、教会に行くの。そこで救われるのを待つ」
それを聞き、運命を変えてしまっていないでよかったとエクスは一安心した。
そう王子様を思い浮かべ言うクリムは目を閉じ、ニタッと不気味に笑って目を開き、紅く染まった瞳でエクス達を見た。
驚きを隠せず声を上げるエクス達。
「!?」
「カオステラー!?」
調律は終わり完全にカオステラーは消えてヴィランも居ないはずだ。それ何に目の前には、カオステラーとして立ちはだかったクリムが居る。
警戒してエクス達は一歩後ろへと下がる。そして、タオが状況を求めて声を上げる。
「お嬢、どういう事だ」
「…カオステラーの気配は完全に消えてるから、カオステラーではないわ」
レイナはこの想区の気配を一通り探知していう。
「ボクはカオステラーじゃないよ。ただ、クリムの中に居る悪魔さ」
そう名乗るとクリムはエクス達に一歩、また一歩と近づいてくる。
「貴方たちには迷惑かけたね。だからボクからもお礼を言いたいのさ」
その言葉は、クリムのものと同じものだった。正確にはクリムとは違うが、クリムと同じような優しく温かさを持つ感情のこもった言葉だ。
「今回はボクの独りよがりな傲慢さがカオステラーと共鳴しちゃって、ヴィランを生み出しいっぱい迷惑をかけた。申し訳ない。そして、僕を救ってくれてありがと」
クリムは頭深々と下げて、謝りお礼を言う。
「そんな、別にいいよ。僕は何も出来なかったんだし」
「キミの言葉でボクは救われたのだから謙遜なんて」
「そうよ。今回はあなたのおかげで彼女は救われたんだから」
謙遜なんてつもりじゃないが、エクスとしては力になれた自信は無かった。だがレイナとクリムに言われ、少し自信が出る。
「それにしても、あんたは覚えているのか」
「あぁ。クリムは忘れているが、ボクは覚えているさ」
皆から消えたと思った記憶をはっきりと覚えている事をタオは不思議に思い問うと、クリムは覚えているとはっきりと答えた。
「この事はクリムには言わないから安心していいさ」
「お願い。カオステラーの事は誰にも秘密にしておいて」
レイナはそう言うと、荷物を持ち直した。
「…そろそろ私たちは行くわ。まだほかにも助けを求めている想区はあるから」
「そう。道中気を付けて。ボクもそろそろ行くよ」
「どこへ」
「クリムの王子様が居る所へさ」
そう言うと、踵を返してクリムは教会の方へと歩いて行った。
エクスはクリムの後姿を見ていると、クリムは振り返って言う。
「この後、クリムはクリムの王子様によって救われる。けどそれはボクも救われる。この想区の事は心配しなくてもいいからさ」
そう言うと、クリムは瞳を閉じいつものクリムの表情に戻った。
どこか、クリム運命を心配していたエクスはそれを聞いて安心して笑みを浮かべていた。
「エクス!またね」
と、クリムはぎこちなく笑って手を振っていた。
「またね」と、エクスもクリムに言うと、クリムは再び踵を返して歩いて行った。
悪魔に愛された少女 @shian-file
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