新入部員

第31話 新入部員

 若草祭が終わり、新入部員歓迎会。


 美月が机につっぷしている。


「なぁんでよう」


 彼女は、弱々しく呟いた。


「まあ、まあ」

「綺音と晶人くんのファンは、確実にいっぱいいるよ」


 慰める咲子と真理絵に、美月はじとーっとした目を向ける。


「そのファンが入部してくれなきゃ、意味ないのよぅ」


 結局、入部してきたのは、たったひとりだった。


 咲子がおっとりと言う。

「もしかして、綺音と晶人くんが凄すぎて、近くに行ったら幻滅されそうで怖い、とか思われちゃったのかな」

「なにそれ。幻滅されるって」

「ほら。音楽を知らなさすぎて、軽蔑されちゃわないか、とか。話についていけるか、とか」

 ええ~っと綺音が声を上げる。

「そんなこと思わないよう」


「そーよ。大体、寸劇でも言ったじゃない。音楽について、部長の私も、あんまりよく解ってませんって」


「……説得力なかったのかもよ? メンデルスゾーンについて語ったり、暗記して曲名をすらすら言ってたり、なかなかの音楽通に見えたもの」


 真理絵が苦笑とともに言うと、美月はがっくりと肩を落とした。その様子が あまりに気の毒で、綺音は彼女の肩をぽんと叩く。


「まあまあ。晶人くんが入部してくれたんだから。新入生何人分にも勝るでしょ」


「……そりゃ、『薔薇祭』も華やかになるでしょうけどぉ」


 そう言いつつ、美月は心の中で思う。

 ──綺音からすれば、晶人くんひとりで充分満足でしょうよ。


「そうだよ。『薔薇祭』! モーツァルトにしよ?」


「ほんとに?」

「ほんと、ほんと」


 モーツァルト好きな美月は、ちょっと表情を明るくした。


「約束よ? 晶人くんも」

 よく解らないながらも、晶人が微笑んで頷く。

 彼からすれば、拒む理由などない。モーツァルトは、彼も好きな作曲家の1人だ。


「ソナタでしょ? 何番がいいか、決めておいてね」

「あたしが決めていいの?」

 美月の瞳が輝きだす。

 綺音は頷いた。

「いいよ!」


 すっかり美月の御機嫌がなおった。


 全身からきらきらした輝きを放ち、

「えー、どうしよっかなぁ。第24番もいいし、第26番も好き。第28番なんて最高だし、第32番も捨てがたいわ。第33番の憂いたっぷりも好きだし……ああっ、決められないー!」

 叫びだす。


 咲子が微笑んで、

「まだ何カ月も先の話だから、ゆっくり考えればいいじゃない? 綺音も晶人くんも、練習時間は1カ月もいらないでしょう?」

 その信頼ぶりに、ふたりは驚く。


「いやいや。何曲、弾くのかとか」

「曲にもよるな」

「そうよ! 曲のレベルにもよるわね」


 美月がくすくす笑い出す。

「え、なに……?」

 綺音が戸惑うと、彼女は笑いながら言った。


「だって。ふたりとも、息ぴったり。練習のときも、そうなのかなって」


 かあっと綺音の頬が紅潮する。


「や、やだ、美月ちゃん」

「息が合うまでするのが練習じゃないか?」

 晶人の、当然だろう、といいたげな口調に、皆は反論できない。


「それもそうね」

 美月が笑いを収める。


「わかった。なるべく早めに曲を決めるから、ふたりとも、よろしくね」


「うん。まあ、当分先の話だけどね」


「たしかに」


「でも、夏にはコンクールがあるんでしょう? ふたりとも」


 綺音は晶人を見た。


「……僕は今年は出場しないかもしれない」

「ええ? 勿体ない!」

 思わず綺音は叫んだ。

「美弦とまた闘ってくれるんじゃないの?」


 ふわり、と晶人が微笑む。その儚げな微笑に、綺音の胸は波うった。

「……まだ、決めてないよ」

「でも、出場するなら、もう準備しないと」


「きみはどうするの?」

「出るわよ、勿論。高宮記念コンクールのヴァイオリン部門に。美弦はピアノ部門に出ると思う!」


 しかし、彼は微笑みを崩さない。


 まるで、きみの弟とはライバルでも何でもないよ、と言いたげに。


「そうか。頑張れ」

「一緒に頑張ろうよぅ」


 思わずそう言ったが、晶人は頷かなかった。

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