第30話 花開くカルメン

 晶人が椅子に腰かけると、綺音がヴァイオリンを構えて頷く。ほかの部員はタンバリンとカスタネットを持って、同じように頷いた。


 美月がマイクで、

「それではアンコール曲。パブロ・デ・サラサーテ作曲、『カルメン幻想曲、イントロダクション』。カスタネットに合わせて、皆さんも手拍子をお願いします!」


 期待の拍手が会場を熱くする。


 晶人が両手を鍵盤にかざした。


 静寂が、息をのむ。


 ダン、ダダダン、ダンダンダン、ダン、ダダダン、ダンダンダン、ダン、ダダダン、ダンダンダン、ダン、ダダダン、ダンダンダン、ダンッ!


 ッタンタン、ッタンタン、ッタンタン、ッタンタン、ッタンタン、ッタンタン、ッタンタン、ッタンタン、ッタンタンタン!


 ヴァイオリンがしなだれかかるように流れいる。


 シャンシャシャシャン、シャンシャンシャン、シャンシャシャシャン、シャンシャンシャン、シャンシャシャシャン、シャンシャンシャン、シャンシャシャシャン、シャンシャンシャン、シャンシャシャシャン、シャン。


 タンバリンが軽やかにリズムを刻む。


 その中を、

 ッタンタン、ッタンタン、ッタンタン、ッタンタン、ッタンタン、ッタンタン、ッタンタン、ッタンタン、ッタンタンタン。


 カスタネットと手拍子が刻んでいく。


 綺音の左手が大きく動く。

 指板の上を走り回る指の動きの速さは、皆を瞠目させた。黒檀の指板に、白い指が光る。


 はりつめるほどの高音。


 重なるトリルの美麗な響きが、

 軽く弾かれるピッツィカートが、

 澄んだ重音の厚い振動が、

 会場を、盛り上げていく。


 時折ずれる乾いた音も、ご愛嬌。


 情熱的な旋律を奏でる綺音の表情に、彼女の音色に、これまでになかったものがあらわれた。


 ──色気。


 奏はタンバリンを叩きながら、唾を飲む。


 花開いた妖艶が、しなやかで素早い指の動きとともに、ヴァイオリンに乗って放たれる。


 ふきだした感情を、激しい重音とともに発していく。


 艶やかしいグリッサンド。

 煌びやかなフラジオレット。

 真夏の太陽の情熱。

 太陽光線の、あまりにも細い鋭さに、鼓膜が焼けつきそうだ。


 タンバリンでリズムを刻みながら、奏は胸がどきどきした。この綺音の演奏に、晶人は、よくも合わせられるものだ。一秒のずれもない。ミスもない。


 興奮が胸から離れない。


 快感が六人を包んだ。


 そして、穏やかなピッツィカートで終わる。


 一瞬の、静寂。

 ワアッと歓声と拍手が上がった。


「綺音たーん!!」

 男子たちの声。


「晶人さまー!!」

 女子たちの声。


 美月が、ぐっと片手を握る。

 ──これで新入部員は、がばちょがばちょだわ!


 晶人が立ち上がり、六人はステージに並んで一礼した。


 拍手が一段と大きくなる。


 それは、なかなか鳴りやまなかった。

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