第29話 高まるチャールダーシュ
着ぐるみを脱いだ奏、美月、咲子、真理絵がステージの上に出てくる。その華やかなタキシードとドレスの姿に、1年生たちの嘆息が空気を揺るがす。
緋色の鮮やかなドレスを着た少女が、
「皆さん、さきほどは仮の姿。部長の日比野 美月です。これから演奏する曲は、皆さんにも参加してもらいます。リズムに乗って、手拍子をしてください」
桜色の清楚なドレスを着た少女が、
「副部長の加川 真理絵です。
皆さんに参加していただく曲は、ヴィットーリオ・モンティ作曲の『チャールダーシュ』という曲です。曲のはじめは、ゆったりとした調子が続きます。ヴァイオリンの、すこしセクシーな表現をお楽しみください」
黒いタキシードを着た少年が、
「部員の
曲の途中から、とてもノリのいい音楽に変わります。ぼくたちの手拍子に合わせて、ご参加ください」
ミモザ色の可憐なドレスを着た少女が、
「同じく部員の中村 咲子です。
途中で曲の速さが変わりますが、皆さん、しっかりついてきてくださいね」
そして、一同はぺこり、と、頭を下げた。
マイクが綺音に渡る。
「同じく部員の榊原 綺音です。
ここまで聴いてくださって、ありがとうございます。お楽しみいただけましたでしょうか。
音楽は聴くのも楽しいかと思うのですが、演奏に参加するのは、もっと楽しいです。その楽しさを、これから皆さんと分かち合えると思うと、わくわくします!
どうぞ、よろしくお願いします!」
拍手が短く響いた。
綺音が晶人にマイクを渡す。彼は一瞬、面食らったが、すぐにいつもの無表情になった。
「今日の伴奏を務めさせていただいている、蔵持 晶人です。僕は転校してきたばかりで、まだ部員ではありませんが、皆さんと同じく勧誘を受けています。今日の演奏がとても楽しく、素晴らしい音楽の時間をわかちあうのもいいかなと思いはじめています。
声をかけてくださった部長の日比野さんには、この場を借りて、感謝の言葉を。ありがとうございました」
晶人が美月のほうを見て、頭を下げる。美月も慌てて、頭を下げた。驚きとともに、喜びがわき上がる。その表情を見た綺音は、胸にちりちりと火傷のような痛みが走るのを感じて、首を微かに傾かせた。
──なに、これ。
それが解る前に、晶人がつづきを語りだす。
「そして、一緒に最高の音楽を奏でてくださったヴァイオリニスト、榊原さんにも、心からの感謝を。どうもありがとう」
さしだされた手に、綺音の胸が跳ねる。
「えっ、こちらこそ」
綺麗な微笑に酔ってしまう。
うっとりと、綺音は手を出した。
想像したよりもかたい手が、綺音の手を握る。それはあたたかく、力強かった。
「……次の曲は、きっと盛りあがります。皆さんも、どうか一緒に盛り上げてください」
晶人の一礼に、再び拍手がおくられる。
満足そうな美月が進み出た。
晶人が、彼女にマイクを返す。
「では、お聴きいただきましょう。途中から、部員が手拍子をします。どうか、ご一緒に。
『チャールダーシュ』!!」
晶人がピアノの前に座り、綺音はヴァイオリンを構える。ふたりの視線が絡んだ。
輝く分散和音。
たゆたうような導入。
ゆったり、もったりと、ムードたっぷりにヴァイオリンが歌う。
ときに軽やかに、ときに重々しく。
薄暗がりのバーのボックス席。グラスの中に輝く、琥珀色のライ・ウイスキー。カラン、と氷の溶ける音。
教師の何人かは、そんなイメージを持った。
そして、一瞬の停止。
手拍子が始まった。
最初は小さく部員だけが叩いたが、だんだん会場全体に広がっていく。
盛りあがりきったところで、速度が緩やかになる。手拍子も速度を落とした。
高く澄んだフラジオレットが、口笛のように鳴る。
そして、手拍子の速度が速く戻った。
盛りあがりきり、興奮が高まり、その頂点で振りきれるように止まった。
「ブラボォオー!!」
「ブラボーッ」
晶人が立ち上がり、部員一同、お辞儀する。
「いいぞ、綺音―っ、最高だ、晶人―!」
藤田らしき声。
その声が、予定調和の言葉を発する。
「アンコール! アンコール!」
ほんとに言った、と綺音はふきだす。
美月が背を反らした。
進行係が時計を見ながら、顔をしかめる。
しかし、演奏を求める声は、いまや会場中に広がっていた。
「アンコール!! アンコール!!」
しぶしぶ、進行係が美月に合図をよこす。
──はやく
美月はウインクとともに応えた。
──リョーカイ☆
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