第26話 関係の進展とオムライス
夕方にさしかかったころ。
だいぶ、皆のリズムが揃ってきた。
「今日はここまでにしようか」
奏が言うと、少女たちは揃って頷いた。。
「あれ、もう?」
綺音が無邪気に問う。
少女たちは呆れた。
「疲れてないの、綺音?」
しかし、彼女は夕食のことを考えていた。晶人に手料理を食べてもらえる。それも、それを彼が望んでいる。
歓びがわきあがり、疲労を消し去る。
「全然」
「……さすがコンクール連続優勝者。練習量が違うのね」
真理絵が呟く。
「いやぁ、それほどでもぉ」
「照れんでよろしい」
「うはっ」
「……じゃあ、そろそろ切りあげようか」
晶人の言葉に、全員が頷いた。
「あ~、腕が痛いー」
「私は腕がだるいな」
「手のひらが痛いわ」
口々に疲労を訴える。
あはは、と綺音は笑った。
「お疲れさま。どうする? お茶でも飲んでく?」
そう言いながらも、綺音は正直、はやくみんな帰らないかな、と思っていた。そろそろ調理に入りたい。
それが通じたのか。
「ありがと。でも、もうそろそろ帰らなきゃ」
「そうだね。明日は学校だし」
「じゃあ、今日は解散ってことで」
部長宣言。
椅子を片づけると、綺音は皆を玄関まで見送りに出た。
「あれ? 晶人くんは帰らないの?」
靴を履かない晶人に、美月が声をかける。
「ああ。僕は、まだ約束があるから」
えっ、と皆は目を見開く。
「そう。約束があって」
にっこりと笑む綺音に、誰も何も言えなかった。
奏は顔の筋肉が強ばるのを感じたが、どうすることもできない。
いや、落ちつけ、と、彼は思った。
綺音のことだ。
まだ、練習したいと言い張ったのかもしれない。
そうすると、晶人はここで夕食を摂るのだろう。いつも、奏だけが享受してきた幸福を、彼も受ける。
胸が痛んだ。
しかし、綺音は無邪気に、
「わたしのオムライスを食べてもらうんだ」
衝撃が、皆のあいだを走った。
「……いつのまに、そんなに仲良くなったの」
咲子が小さく問う。
綺音は首を傾げた。
「そりゃ、一緒に演奏してれば仲良くなるよ? ね、晶人くん」
「そうだね」
やわらかな微笑をたたえて晶人が答える。
奏の胸の痛みは、表情を歪ませそうなほどになった。
「皆にも今度、御馳走してあげる。けど、いくらなんでも全員分をつくるのは、ちょっと大変すぎて無理だから、順番にね」
奏の心痛にはまったく気づくことなく、綺音は朗らかにそう言った。
「うわ、楽しみ」
美月も無邪気だ。
真理絵と咲子は顔を見合わせた。ふたりは奏の気持ちを察し、なにも言えないでいる。
「……じゃあ、失礼しようか、皆」
なんとか奏はそう言った。
「う、うん」
「そだね」
「うん。邪魔しちゃ悪いしね」
美月の言葉が奏の胸に突き刺さる。
──美月ちゃぁん。容赦ない……!
咲子などはそう思って身震いしたが、やはり口に出しては言えなかった。
そうして4人が帰っていくと、綺音はキッチンにひとりでこもり、晶人は結架と美弦とともにトランプに興じた。
結架は手伝おうかと申し出たのだが、綺音が気位たかく拒んだのだ。すべて自分1人で作りあげてみせる、と。
ババ抜き、7ならべ、豚のしっぽ、神経衰弱、とゲームが進んでいく。そして、もう一度ババ抜きをしようと美弦が言ったとき。綺音が居間にやってきた。
「できたわよ」
得意げに宣言する。
食堂に行くと、オムライス、エビとアボカドのサラダ、野菜たっぷりミネストローネが並んでいた。
オムライスは、薄焼き卵でチキンライスを綺麗につつんだタイプのものだ。
思ったよりも、仕上がりが美しいのに、晶人が感嘆の息をもらす。
「すごい。本当にひとりで作ったんだよね」
えっへん、と言いたげに、綺音は背を反らした。
「もちろん」
ケチャップで全員のオムライスにハートを描いてある。
そのハートの意味に気がついた結架は微笑んだ。しかし、口に出しては何も言わない。かわりに言ったのは、
「随分、頑張ったわね、綺音。この短時間で、これだけ仕上げるのは、大変だったでしょう?」
綺音は得意げな声で「そうでもないわ、マンマ」と答えた。
「美味しそうだね」
「そうだね」
美弦と晶人がテーブルに近づく。
結架もそのあとにつづいた。
「ごはんはマンマが炊いておいてくれたから、そんなに待たせなくてすんだわ。ありがとう、マンマ」
「あら、いいのよ。そのくらい」
母娘は微笑み合う。
美弦がさっそく席について、ナプキンを膝に広げた。
「じゃあ、あたたかいうちにいただこうよ」
三人は美弦に同意し、席に着いた。
「いただきます」
「いただきます」
「いただきまぁす」
4人は食卓を囲んで、スプーンを手にした。
一口、頬張って、
「美味しい」
「ほんと!?」
晶人の一言に、綺音の両眼が輝く。その光は彗星よりも強かった。
「本当に美味しいよ」
頬を染めて、綺音は微笑う。
その笑顔を見て、結架も美弦も微笑んだ。
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