第25話 合流

 午後1時。


 デザートに桃と薔薇のゼリーを食べ、4人が食後のお茶とお喋りを楽しんでいると、チャイムが鳴った。


 奏、美月、咲子、真理絵がやってきたのだった。


「いらっしゃい」

「お邪魔します」

「おじゃましまぁす」

「お邪魔しますー」


 3人は靴を脱ぐと、丁寧にそろえた。その様子を見て、ちらりと綺音は笑う。

 全員、なんだかんだいって真面目なのだ。


 美月が綺音を一目見るなり、にやりと笑った。

「おめかししたねぇ、綺音」

「えっ。そんなこと……ないよ?」

「いや、可愛いわよ。似合ってる」

「そう? ありがと」


 にやにや~っとした笑みを浮かべたまま、

「そう。晶人くんと並んで、新婚夫婦みたいに出迎えてくれちゃって」

「へっ!?」

 綺音の頬が、一気に紅潮した。かあっと音が聴こえそうなほど、見事な変化だった。


 うろたえて、二の句がつげない。

「あまり、からかわないでくれよ」

 苦笑とともに晶人が言う。

 否定はしないんだな、と、美月は思った。


 午前中の練習で、どこまで距離を縮めたのだろう。


 咲子が不安げに奏を見たが、彼は表情を硬くしていた。


 ──ああぁ、美月ちゃん。奏くんのことも気遣ってあげてぇ。


 心の中で悲鳴を上げて、咲子はこっそり身もだえする。


「──タンバリンとカスタネット、持って来たよ」

 奏が持っている箱をもちあげて言った。

 綺音はにっこりする。


「ありがと。じゃあ、ピアノ室に行こ」

 ぞろぞろと、ピアノ室へと入っていった。


「練習、どうだったの?」

 真理絵の質問に、綺音は軽い足どりで歩きながら、

「すごい充実。晶人くん、合わせやすいから。とりあえず『チャールダーシュ』と『ワルツ』は1週間くらいで完璧に仕上がると思う。『メン春』と『カルメン』はこれからだけどね。でも、まだ今日も入れて9日あるでしょ。よゆーよゆー」


 くすっと真理絵は笑いで応える。

「すごいね。ふたりとも、レベルが違う」

「レベル?」

「綺音も晶人くんも、コンクール優勝の常連だもんね。曲への順応力が高いのよ、とても」

「う~ん。でも、曲への解釈や知識はまだまだよ。それを明日から、西澤先生に補ってもらおうと思って」


 壁の収納庫から椅子をとりだしながら、綺音はそれを皆に渡していく。

 それぞれが受けとり、ピアノの前に半円を描くように配置した。しかし、晶人以外は座らない。


 奏と咲子がタンバリン、美月と真理絵がカスタネットを担当する。生徒たちの手拍子は、カスタネットを合図にしてもらう予定だ。


 シャン、シャシャシャン、シャンシャンシャン、と、タンバリンのリズムをとる奏のお手本に合わせて、咲子が苦戦しながらも同じようにリズムをとる。午前中、このリズム隊も、奏の家で、コンパクトディスクの音楽に合わせて練習していたはずだ。


「わたし、上手く出来るかなぁ?」


 咲子が涙目で言うと、奏は優しい声で励ました。

「ヴァイオリンが入ったら、たまに混乱すると思う。でも、リズムを体にたたきこんで、集中すれば大丈夫」

「だーいじょうぶよ、咲子。カスタネットと手拍子に比べたら、タンバリンは二人しか鳴らさないんだから、ミスっても聞こえないわよ」

 からからと音がしそうなほど軽い美月の言葉。


 しかし、咲子の涙目は乾かなかった。

「そ、そうだよね……そうだろうけど……」

 そのぶん、責任重大だ。


「迷ったら、止めればいいよ。ぼくが鳴らしつづけるから」

 奏が、きっぱりとフォローする。

「うん、ありがとう」

 咲子はすこし、ほっとしたようだった。


 綺音も微笑む。華奢な咲子の肩に、ぽんと手をのせた。

「そうそう。奏ちゃんに任せておけばいいのよ。咲子ちゃんは咲子ちゃんのペースで。気にしないで、楽しんで」


「うん、ありがとう、綺音ちゃん」


 強ばっていた表情に笑みが浮かぶ。それを見て、綺音は頷くと、ヴァイオリンと楽弓を手にした。


 椅子の上で姿勢を整える晶人と視線で確認し合うと、もういちど、音を合わせる。音程は、正しいままだった。

「いつでもいいわ」


 綺音が言うと、晶人が、

「わかった。じゃあ、いくよ」

「了解」

「うん」

「オッケー」

「はい」


 奏は耳を澄まし、晶人の呼吸を聞く。

 かすかな吸気。

 指が鍵盤を叩こうとする。その瞬間に合わせた。


 ダン、ダダダン、ダン、ダン、ダン。ダン、ダダダン、ダン、ダン、ダン。ダン、ダダダン、ダン、ダン、ダン。、ダン、ダダダン、ダンダンダンダン!


 ピアノの強い和音。

 そこに重ねて、タンバリンを振る。

 そして、カスタネットが入る。3拍子の2拍目と3拍目を叩く。


 ヴァイオリンが流麗に入ってきた。


 すこし昏い音色。

 しかし、やがて明るく冴えわたる。

 リズム隊の刻む音に乗って、遠くまで響きわたるヴァイオリン。

 しかし、やがてリズムが乱れてきた。


「ストーップ」


 奏がたまらず、声を上げる。

「ごめんなさい」

 咲子と美月が同時に言った。

 ふたりは楽譜が読めない。休符を数えるのも、慣れていない。


「いや。午前中はだいぶ仕上がったんだけどね」

 奏が困った表情を浮かべる。


「いいじゃん。何度でも、繰りかえせば」

 綺音が言ったが、小節を数えるのにも苦戦している2人には、「じゃあ、35小節目からね」という一言さえ、厳しい。


「……大きい区切りでA、B、C……って、あらかじめ区切って決めておこう。それで、Aの区画、Bの区画、と練習を区切ろう」

 晶人が楽譜を手にして言った提案に、皆は目を丸くした。


「──それ、名案だわ」


 美月が呟く。


「じゃあ、分けるよ」

 全員が楽譜と赤ペンを手にした。

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