第24話 意外なエピソード
結架お手製のラザーニャは、とても美味しかった。
ジューシーなミートソースに、コクのあるホワイトソース。柔らかく、しかし絶妙な歯ごたえを残したパスタ。
「美味しいです」
連発する晶人に、結架の微笑みが柔らかく向けられる。
美弦の作ったサラダも、姉弟が言っていたとおり、さっくりとしたロマネスコがいい歯ごたえで、オリーブオイルと塩だけの味つけながら、生ハムとブラックオリーブのコクが効いていて、とても美味しかった。
綺音が手伝ったという枝豆の冷製ポタージュも、上品な味つけで、豆が苦手な晶人にも、意外なほどに美味しい。
晶人は見ていて気持ちがいいほど、ぺろりとたいらげた。
「……皆さん、料理上手なんですね」
「家族共通の趣味みたいなものよね。綺音も美弦もよく手伝ってくれて、助かるわ」
結架がミネラルウォーターを口にしながら、微笑む。
この家では、食事時、必ずミネラルウォーターを飲む。料理の味を楽しむためだ。そして、食後は集一と美弦の希望で紅茶を飲むのである。和食のときは集一のこだわりの日本茶のときもあるが。
「綺音なんて、ストレスがたまると魚をさばきたがるよね」
何気ない美弦の言葉に、綺音は慌てふためいた。思わず声が揺れてしまう。
「みっ、美弦! それ、セグレート!」
「あ、ごめん。内緒だった?」
猟奇的な話じゃん、と、綺音は泣きたくなった。
ストレスを魚にぶつけるみたいで、印象が悪い。
しかし、晶人が小さな声を立てて笑ったので、頬を赤らめながらも、綺音はそれ以上、美弦に何も言わなかった。
「意外ですね。綺音さんが魚をさばくなんて」
結架が手を組んで、
「そう? 私のほうが苦手なのよ。綺音は上手に三枚おろしもこなすわ。本当に助かるの」
「うちでは、切り身で買ったことないよね。全部、綺音が綺麗におろしてくれるから」
「大きな魚以外はね」
「鱗をとるのも苦手ね」
「苦手っていうより、短気だからね。面倒なんでしょう? いつも、僕がやってるもん」
「美弦ぅ。それも、セグレートぉ」
──晶人くんの前で、マイナス要素の話はしないでよう。
しかし、晶人は楽しげにしている。
綺音は複雑な気分を抱えて、水をぐびぐびと飲んだ。
「マンマが仕事でいないときは、相馬の小母さんが料理してくれていたんですけど、綺音もときどき、オムライスを作ってくれましたね」
遠い目をして、美弦が水に口をつける。
オムライス。
それは、小さいころから綺音の大好物であり、得意料理でもあった。
相馬の小母さんに教えてもらった、料理。
「そうね。オムライスだけは、私のものより綺音のものを美弦も好きだったわね」
ふふふ、と結架が笑う。それは嬉しそうに。
綺音は首を傾げて言った。
「オムライスだけはねぇ。食べなれちゃったのかな?」
「綺音が作ってくれるときは、いつもオムライスだったね」
姉弟が思い出に浸る。
晶人は、つい、言葉を漏らしていた。
「いつか、僕にも食べさせてほしいです」
綺音が目を見開く。
かあっと、その頬が紅潮した。
「あら、じゃあ、今晩、いかが? ね、綺音」
おおらかに結架が言う。
「えっ、えっ?」
くすくすと美弦が笑いだした。
「僕も久しぶりに食べたいな。綺音、どう?」
滅多にない綺音のもじもじしたところを見られて、結架も美弦も忍び笑いをこぼす。
「ええと……い、いいよ?」
「じゃあ、帰りは、相馬さんに送ってもらいましょうね。遅くなってしまうから」
「すみません。よろしくお願いします」
妙に遠慮をしない晶人は、するりするりと懐に入りこむ。
綺音は頬をあおいだ。
──料理を食べさせてくれだなんて、まるで……。
プロポーズみたい。
にへらっと綺音は笑む。
それを見た美弦が、声を出さずに笑った。
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