第7話 甘い夜

 結局、綺音が宿題を終えたのは、11時をまわったころだった。


 綺音のすぐ後に美弦が、その後に奏が入浴し、出てきたときも、まだ綺音は頑張っていた。そこに、結架が美弦と2人を呼びに来た。


「少し、休んだら? ソルベの準備が出来ているの。いらっしゃい」


 優しく誘う母親に、涙目の綺音は頷いた。


 広々とした食堂に戻ると、結架がキッチンに行って、既に盛りつけされたソルベを手押し車ワゴンに乗せて運んできた。まっ白なプレートに、鮮やかな真紅と黄緑の氷菓が映える。丸くすくわれたそれらには、ホワイトチョコレートとラングドシャー・クッキーが添えられ、生のブルーベリーとラズベリー、スペアミントの葉が綺麗に飾られていた。


「うわあ、レストランみたいですね」

 感動した奏が歓声を上げると、結架と美弦は嬉しげに、そして誇らしげに微笑んだ。


「紅茶はケニルワースだよ」


 ポットを手にした美弦が明るい声で言った。弾んでいる。彼は紅茶のことを語るときには、興奮するのだ。


 揃いのティーカップに、美弦が紅茶を注いでいった。


 華やかな紅茶の香りが漂う。奏は疲れが癒えるのを感じて、幸福な気持ちになった。隣に座る綺音の笑顔が眩しい。


「さあ、召し上がれ」


 結架の言葉に、3人は「いただきます」と、スプーンを握った。

「お美味しいぃ」


 一口ほおばって、綺音がうっとりと頬に手を当てる。


 奏も結架と美弦に向かって、

「すごく美味しい」

 同じ顔をした母子は、にっこりした。


 口の中が冷えてしまうと、ラングドシャー・クッキーの出番だ。これは、結架が昔から好きな近所の洋菓子店の品で、この家では常備されているものである。綺音も奏も美弦も、小さいころから食べなれてきた。


「パティスリー・ブランローズのラングドシャーは、毎日食べても飽きないわ。マンマ、まだある?」


 にこにこと結架はティーカップを下ろした。

「あるわよ。バニラとレモンとチョコレートが。綺音の好きな、薔薇のマカロンもよ。美弦にはオランジュ・ギモーヴがあるわ。たしか奏くんは抹茶のマカロンが好きだったわね」


 立ち上がり、キッチンへと消えていく。


「あ、わたし、まずいこと言ったかも」


 もごもごと綺音が呟く。

 美弦が、そんな姉を一瞥して頷く。

「うん」


「え? いや、まさか」


 奏はスプーンを持ったまま、止まった。


「お待たせ」


 戻ってきた結架は、洋菓子がたくさん盛られたトレイを抱えていた。


「ラングドシャーと、マカロンと、ギモーヴよ。沢山あるから、欲しいだけお食べなさいね」


 ──甘い。


 こんなに甘やかされていいのか。


 奏は唖然とした。


 綺音が、しまったという表情をしている。しかし、おっとりしている結架は気づかない。にこにこと、菓子をテーブルに並べていった。


「マンマ。ぼく、もう、眠たいから」


 既に皿が空になっていた美弦は、すかさず席を立った。


「あら、そう? じゃあ、歯を磨いて、おやすみなさい」


「おやすみなさい。綺音、奏、おやすみ」

「あ、えっと、おやすみ」

「おやすみ」


 しかし、綺音と奏の皿には、まだ果実とチョコレートが残っている。


 逃げそびれてしまった。


 結局、また満腹になるまで、菓子を頬張ることになったのである。


 食べ終わった綺音と奏は、歯を磨いてから楽譜庫に戻った。そして、睡魔と闘いながら問題を解いていったのである。

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