後日談―After tale―

守人―lead―

 少年と少女が去り、新たな文筆家が移住を決めてからおよそ20年。

 岩の大国——ビッグオーガンは今日もまた快晴の空の下でその文明の発展に努めている。

 特に、その中で最も有意義な発見があるとすれば——外の世界の脅威は思いの外にも高くない事実であった。何百年ぶりかに見せた真っ青な空と共に、大国は積極的に外への関わりを求めた。

 姉妹国として制定された隣国を始めとして、細々とだが外国との交流が再開された。

 しかし、長年培われてきた外への恐怖心は、未だどの国にも残っている。かつての旅人のように、道を切り拓ける者は必ずしも多くはない。

 だがそれも時間の問題だろう——と、この国で本を出した物書きの旅人は希望を語る。世界は、そこまで人に冷たくなどない、と。


「……ヒマ、ダ」

「そんなこと言わないの!」


 そして——この国特有の変化があるとすれば、突然変異によって生まれたMHMエムエチエム鬼岩オーガンが知性を持って会話をするようになった事だった。

 鉱山産業が主となる本国は、岩を装甲に転用する技術に長けており、黄岩というMHMを量産していた。本来はいずれ外へ進出するために——管理者が操る骨人への対抗策であったが、現在は人々の生活を支える重機の役目を担っている。

 そんな国産MHMがある時、自我に目覚めた。当時、この国に立ち寄っていた旅人はそれを赤ん坊だと称したと言う。

 無機物が有機物になった——かは、技術レベル的にも解析不能だが、少なくとも、その巨大な子供を御するのは一人の女であった。


「もう……そのぐうたらなのは誰に似たのか」

「……イムカ?」

「私はそんな怠惰ではない」


 国の壁の外。灰色の荒野の代わりに広がる砂の平原で、退屈そうに空を見上げ座る巨人が一体。

 その隣には、呆れた面持ちで同じく空を見上げ立つ女の姿があった。


「第一、暇なのは良いことだ。争いがない事だからね」

「ムゥ……ソウナノカ?」


 ウェーブのかかった長髪は、砂混じる風に当てられてふわりと舞う。40代を過ぎたこともあり、貫禄と凛々しさが際立っている女性であった。

 名はイムカ。ビッグオーガンの代表であり、象徴的人物の一人だ。

 対し、拙いながらも会話をするのは、岩の肉体を持つ一つ目の巨人であった。名は鬼岩オーガン。イムカの操縦するMHMであり、この国の戦力の象徴であり――イムカの子のような存在である。


「そうだよ。骨人がいなくなったとしても、操人機MHMはれっきとした戦力だ。しかし、それを振るっていちゃ何も進まない。外の世界に、我々と同じ人間がいるからね」


 かつてこの国の代表をしていた男から意志を受け継いだ女は、あくまで力ではない方法で人々との関係を繋ごうと考えていた。


「ム……シカシ、暴レタイ」

「……話、聞いてた?」

「ウン」

「はぁ……」


 しかし、本来は弱肉強食の生物としての一面と、何かを圧倒する兵器としての一面を併せ持つ鬼岩にとっては、この平穏は煩わしい日々に感じられていた。

 戦うことが本質ともいえる者に、この時代はあまりにも辛い。


「……まぁ、少なくとも争いはいずれ起こる。何年後になるかは定かじゃないが……、人間は数が多くなるほどに摩擦も増えるものだから」


 慰めでもなく、真剣な表情で。国の代表者となった女は、今後の人間を憂う。

 あの日。ある旅人に出会ってから20年。確かに世界は広がって良い方向に向かってはいるが、その先は決して明るくはないと予測できた。


「ソノ時ハ、オレトイムカノ出番ダ」

「ははは……その時に私達の席があればだけどね」


 時代は変革する。かつてはMHMを操れる者が国をまとめ上げるに足りたが、そんな時代は終わりを告げていた。

 これからは政治家の時代。イムカは、国の中で大きくなっている声を思い出し、嬉しいような悲しいような、複雑な笑みをこぼす。


「ドウシタ……?」

「いいや。最後まで務めは果たすさ。レイグさんに申し訳が立たないし……リシティに救われた命の使い道は、まだあるからね」


 亡くなった恩師と、あれから一度も会えていない恩人の名を口にする。彼女にしては珍しい弱音であった。


「武器を握る時代が終わっても、それでその人が終わりってわけじゃない。あなたが良い例よ」

「ン……ソレハ褒メテル?」

「褒めてるさ。MHMは他者を傷つけるだけじゃない。他者を救うことだってできる……人間も同じだから」


 鬼岩の手に狙撃銃はない。それが本来の人間の姿だ。あんな危険な物が無くとも、人は人と触れ合うだけで手を取り合える力を持っている。

 ——架け橋ぐらいにはなってみせるさ。

 ——ま、そう意気込んでる時点で、私は何かに挑むのが好きな女らしい。


「さて、休憩終わり! 鉱山発掘へ戻るよ、鬼岩」

「ン……乗レ」

「はいはい!」


 鬼岩のゴツゴツとした手に乗せてもらい、イムカは胸部のコックピットへと向かう。

 最中——もう一度風が吹く。彼女の柔らかな髪は宙を舞い、国の中では感じられなかった世界の繋がりに想いを馳せる。


「解り合えるさ……この子とだって、ここまで来れたんだから」


 かつて旅人に誓った言葉を胸に、女は愛おしき我が子の如き相棒に乗る。

 空は快晴。天に昇る太陽が大地を照らす。風はいつもより穏やかで、ザラついた砂もまた乾いている。それがこの世界の一つの光景であった。

 岩の大国——ビッグオーガン。いつしか機械国と呼ばれるまでに発展するこの国を作り上げたのは、そんな解り合えた二人であった。



――――――――End――――――――



 イムカ。享年44歳。

 相棒の鬼岩と共に、鉱山の崩落事故により行方不明。

 鉱山発掘チームの救出のために活動していた中の最期であった。

 死亡者は、彼女達以外はいないとされる。

 銃を握り国を守ろうとした女は、代わりに操人機の力を持って誰かを守ろうとした。

 それが——二人の物語。その最期。


「後悔は、してない……さ。そう、だろう? 鬼岩?」

「……ン。眠レ、イムカ。オレガ、守ルカラ」

「ははっ……やっぱり、あなたは、私によく似て——」

「……オヤスミ」


 岩に囲われた暗闇の中。

 母の如き女を抱き、意志を持った機械は静かに目を瞑った。

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