旅人―End of―

 こうして、僕らの物語は始まった。

 管理者アドミニスターは死に、RCタイプは解放され各々の選択を迫られている。

 ある者はこの国に残ると語った。彼にとっては、離れることなど考えられないほどの故郷であったのだ。止める者はいない。彼は自由だからだ。

 ある者はMHMエムエチエムで殺してくれと懇願した。彼女は自立の不安に駆られて精神的に病んでしまったらしい。止める者はいない。彼女は自由だからだ。

 ある者はただ立ち尽くしている。彼にとっては、今の状況は想定されていないものであり、機械化された思考回路はショートしてしまったらしい。触れる者はいない。それもまた自由だ。

 そして僕達——リシティとエメは、この国を出ていく事に決めていた。


「でもビックリした」

「何が?」

「外へ出る、なんて考えたことなかったんだもん!」


 管理者の部屋を物色中にエメはそう朗らかに笑った。彼女のこれまでを考えると仕方がないことであった。

 この選択は、あの戦闘の後に見た満点の星空を見た瞬間から決まっていた。

 管理者は世界を見ろと言った。彼の支配する世界は終わりを告げ、次の世界を作っていく。それが人が作るか、別の何かが作るかは予想がつかない。

 それでも、彼の世界は終わる。実際に空は少しずつだが晴れていっている。世界が変わっていってるのだ。


「でも、大丈夫かな……?」

「ご飯とか?」

「ううん。碧狼の中ならご飯もお風呂もいらないから……じゃなくて、その……不安なの」


 なるほど、と頷いてしまう。碧狼と繋がっていない時のエメは幼さが強調され、自身にとっての未知に弱くなるようだ。

 実際、僕だって不安ではある。僕達はこの国で生まれ、この国で育った。

 例えるなら、水槽の中で生まれ育った魚が海に飛び込むような物。そこには、今まであった安全性はない。環境すらが敵だ。


「まぁ、碧狼であの荒野を行くとしても、骨人達は敵だと認識するだろうし……不安要素は多いよね」

「むぅ~」

「だけど、そう言って立ち止まるわけにもいかない」


 管理者への答えを自分達の行動で示す必要がある。

 それを行うのは僕達でなければならない。彼を殺し、彼の遺言を聞いた、彼と彼女の遺伝子を有する僕達が。

 そういう経緯もあって、未練を残さないために管理者の部屋を物色しているのだ。僕達が去った後、この国の行く末は想像がつかない。

 廃墟になるかもしれない。誰かが立ち上がって統治しようとするかもしれない。想像ができてもこれぐらいで、結局、管理者の生きた証は消えてしまうだろう。

 だから、今のうちに探すのだ。


「しかし……全然、何もないなぁ」

「碧狼の中にいたハンナが教えてくれたけど、なんの趣味もない人だったらしいから」

「あぁ……何というか、我が事のように思えて仕方がない」


 僕も趣味と呼べるものはないからなぁ。強いて言えばコーヒーを飲むことぐらいだし、そう思うと今後は新たな趣味を探す必要があるかもしれない。

 そんな、これまでは考えたこともなかった、これからの事に想いを馳せていると軽い音を立てて何かが落ちた音が聞こえた。首を上げると、エメが長方形の黒い小さな箱を持っていた。


「これって……?」

「カセットテープだ。また旧時代の遺物だなぁ」


 とはいえ、やっと出てきた物だ。テープの表面の文字は掠れてしまっているから、先に僕が発見したカセットレコーダーを使って聞いてみるとする。

 カチャッと子気味のいい音が聞こえる。続けて、ノイズ混じりのブーンという空気が変わった事を知らせる。

 そして――


『――人類は一度、その存在証明を失いかけた。

 即ち、その種を根絶しかけたのだ。

 かつて、人の手による環境改変により動物が絶滅したように、人間もまた自分達の手で絶滅を約束されていた。

 しかし、人類はその破滅を回避するために一つの手段を取った。それは、支配権を別種に譲渡する事。無責任な管理の受け渡し。荒廃した地球の回復を信じるため、彼らは王座を譲り渡したのだ――【管理者アドミニスター】に。

 世界は彼らの物となった。支配者の権限を失った人類は、普遍的な存続を手にした。それは同時に、絶対的な不自由を手にした事になる。【管理者】により、人間は生きる場所を限定されて、彼らの管理の下での生活を余儀なくされた』


 しわがれた、疲れたかのような男の声が聞こえた。

 それは死んだ男が遺した、人への希望を宿した演説であった。


「これって……」

「記憶にあった、人類への宣言だ」


 碧狼の中で知った、オリジナルの記憶。その中に確かにあったもの。


『人々は【植民地コロニー】と呼ばれる壁に覆われた区画で生活をしている。各地に点在するそこだけが自治を認められた人類の希望だ。【管理者】はそれ以外の区画を支配し、世界は完全に【管理者】の物となった。

 天候は彼らの思い通りとなり、大地は瓦礫の塊となり、生態系すら彼らの意志に染められた』


 勝利宣言も含めた、人類への挑戦状だ。

 彼はあの時、世界の全てを掌握したことを混乱する人類へ伝え、虚偽も含めた世界の規則を与えた。

 即ち、全ての悪は管理者である。人類を壁で覆われた国の中へ押し込めたのも。国外で闊歩する骨の巨人を生み出したのも。

 空が曇天に覆われたことも、大地が鋼の荒野になったことも、生物や植物が国の中でしか生存できなくなったことも、彼の手で引き起こされた事であると――そう、信じ込ませるために。


『しかし、我らは反旗を翻すのだ。行動せよ。挑戦せよ。かつての愚者の事など捨て、我らは時代を切り開く勇者となり、再びこの世界を取り戻すのだ』


 語り口はあくまで、人類の誰か、だ。人類が、自分たちの手で管理者を打倒することを彼は望んだのだ。何のために? 止まれなくなった自身を、第三者の手で止めてもらうためだ。

 哀れだと思う。だけど、それは見当違いだ。彼は結局、最後まで自分の選択を貫いたから。迷いながらも、最後まで。


『灰色荒野を超え、骸骨の騎士を打ち倒し、そして【管理者】を打ち負かそう。そのために、君たちの力を一つに束ねる必要がある。ゆえに……私は、君たちに期待する』


 音声はそこで切れた。

 隣で、エメが俯いていた。聞かせまいと口を噤んでいるが、それでも嗚咽が漏れている。


「エメ……」

「……ごめんね。ただ、泣きたくて」

「いいよ。僕は泣くことはしないから、代わりに泣いてくれ。それが、彼にとっても良いだろうから」


 涙は見せまいと僕の腕の中で泣くエメを見て、それが正しいと思えた。

 僕は半分は当人のようだから、泣くのは彼女であってほしかったから。

 嗚咽はしばらく続く。夜の訪れと共に、少女の涙は夢へと変わっていった。



――――――――Next――――――――



 空は快晴であった。まるで、この国を中心に開かれていくように空が円を描いている。

 目視できる範囲で曇天の雲は存在するが、碧狼の脚で追い越すには数日もかからないだろう。それなら良い。その方が良い。


「ねぇ、リシティ」

「なんだい、エメ?」


 碧狼の肩で並んで座り世界を見つめていた僕ら。エメはそんな時間の中で、子供らしく自分の中の知識を伝えようと微笑んだ。


「自分の生まれた国を出ていく事を、旅って言うらしいよ?」

「そうだね。そして、それを行うのが旅人だ」

「そっか……もう、クローンとか、機械とか、関係ないね!」

「……そうだね」


 エメの言葉に感謝しないといけない。たぶんそこまで考えてないんだろうけど、彼女の言葉は僕にとってはあまりにも優しい言葉だからだ。

 ――いつかきっと、突きつけられる日は来るけれど。

 それまで、僕が「人」としていられるのであれば、旅人を続けたいと、そう思えた。


「さて、太陽も見えた! 行こうか」

「うん! それじゃ、またね!」


 彼女の言葉を区切りとして、僕は碧狼の腹部へ。エメは胸部へ赴く。

 ここから先の旅は、この身体で直接会う機会は減ってしまう。それは少し残念だけど、碧狼を通じて彼女とは出会うことができる。

 だから、今はそれで我慢だ。


「おはよう、碧狼」


 座席に座り、肘掛けの先のレバーを握りしめながらそう言うと、消えていたモニターの光が灯っていく。

 後部にある神経接続コードをうなじの神経接続口に差し込み、僕の意識は碧狼の中へと移動した。


「リシティ」

「エメ!」


 緑色の狼男の中には、別れた愛しい少女が待っていた。さっきとは違って、ちょっと大人びて見えるのは錯覚じゃない。

 僅かに溜め息を吐く。ここからの旅路。何が起こるか解らない、そんな道の世界へ赴くための最初の宣言をするために。


「僕は君だ」

「私はあなた」


 二人の存在を互いに感じ合う。

 と、宣言の途中でエメが神妙な面持ちになったので続く言葉を止めて、どうしたのと問う。


「うーん……なんかちょっと堅苦しいかなぁって」

「えぇ……ここでそれ言う?」

「戦闘の時ならともかく、折角の第一歩だからね。うん……それじゃ、こうしよ!」


 そう言ってエメは僕の思考へ、考えを伝えてきた。これはたぶん、昨夜から考えてたな。

 むっと僕の思考が筒抜けだったせいで顔をしかめる彼女を横目に、僕は彼女の望んだ旅の始まりの宣言をする。


「僕達は、ここから旅立つ」

「世界が終わっても、私達は前に進んで見せる」

「だから、世界を見よう。終わっていく世界を」

「これから始まる世界も! ――私たちが求める、遥かなる生存へ」


 管理者の世界は終わりを告げる。だから、僕達は彼の世界の最後の旅人だ。

 そして同時に、新たな世界の旅人でもある。機械や人や獣なんて関係のない、新世界を歩む旅機人ストレンジャー

 この空の果て、大地の果てへ。一秒先の未来にある、新たな世界の誕生を祝福して――


「さぁ、始めよう!」

「うん。私達の」

「あぁ。僕達の、物語をッ!」


 飛び跳ねるように碧狼は、灰色のガラクタの大地へ飛び出した。視界には青空と、灰色の雲が見える。太陽は曇天に遮られて僅かだけど、それでも綺麗な暁だ。

 碧狼の肉体が感じる風。エメが感じるワクワク。僕が感じているドキドキを綯い交ぜにして、この生きた世界を歩いていこう。

 僕らは――

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