レプリカ―Real―

 暗闇は晴れ、僕の瞳には碧狼ヘキロウの見ている世界が映る。神経接続によってこのMエムHエチMエムの動かすための動作は理解した。先程のあれが幻なのか、それとも本当にいたのかは解らない。でも、あの声は確かに意志を感じた。

 以前なら思う事も無かったが、今なら信じられる。碧狼には意志がある。そして彼女は、僕を選んだ。僕を認めてくれた。


「――エメ、行くよ」


 碧狼と完全に一体化を果たした僕は、四足歩行の狼を二足歩行の狼男へとシフトさせる。後ろ脚二つで肉体を支えられるのは待機状態の時で判っている。

 問題は――


「ッ――きたか!」


 碧狼との語らいで時間を消費した事もあり、応援が来るのは必定だ。骨人コツジンよりも敏感な五感と直結しているからか、数秒ほどのこのエリアに直結する通路からMHMがやってくる音が察する事が出来る。

 厄介なのは、この二足歩行形態で戦闘ができるのかという点だ。


「戦闘記録なし……武装は、熱量をそのままに光を硬質化させる、光の爪――か。遠距離武装はあるにはあるけど……」


 骨人のマシンガンほど対応できる武器じゃない。チャージにも時間がかかるし、威力こそ絶大のようだがあくまで理論だ。この技術を応用した攻撃は思いつくが――今はそんな事を考えている暇はない。

 ほんの少しだけ懸念があると言えば……たとえ仲がよくはなかったとはいえ、やはり同胞。加えてそれは、自分と同じオリジナルの遺伝子を受け継いだ存在――兄妹みたいなものだ。そこに倫理的問題はあるし、胸にチクリと刺す痛みはある。


「――いいや、覚悟を決めろ。僕は、エメだけの味方だ」


 自分に言い聞かせるために口で言い表す。何もかもを殺す。やっと得た人間的感情の中の一部を凍結させる。非情に。冷徹に。人間が機械を真似るように。

 両手で握っているレバーにぐっと力を込める。肉体は精神が碧狼と同化しても動かせることは可能らしい。むしろそうじゃないと武器は使えないんだから仕方は無い。


「CW-07……碧狼。僕はお前だ。そしてお前は僕だ。我らは一心同体。求めるは、愛しきエメ。彼女の、一秒先の未来」


 自身はこれから一匹の獣となる。機械が人と獣の間の子を産むから、機人獣と名付けられた。だけど、今は違う。人を真似た機械を乗せる獣――だからこそ機人獣だ。

 すぅーっと息を吸う。記憶を得たから人間的動作もしっくりくる。それが、とても嬉しかった。


「始めるよ、エメ。僕達の生存闘争をッ!!」


 その宣言を皮切りに、僕は碧狼となりやってくるであろう骨人へと襲い掛かる。



――――――――Next――――――――



 鉄の軋む音ばかりが響いた。もしくは金属が熱に融かされる耳障りな音がそれに混じり、MHM同士の生々しい戦闘をしている事を意識する。

 襲い掛かってくる骨人を逆に襲い掛かり数十分。僅かに揺れる良心を殺して、コックピットを光の爪で焼く作業を繰り返している。骨人の動きを理解している事と、碧狼の戦闘態勢が前傾姿勢である事、そしてこの機体が機動力特化型なのも手伝って、無傷で戦線を駆け抜ける事に成功した。

 施設内に転がる機械の死体を一瞥し、僕は碧狼の目を介してエメがいる場所を模索する。


「碧狼の中のデータならここのはずだ……でも」


 碧狼と一体化する事によって得た、エメの生態情報。そこにはハンナの遺伝子が混入しており、その彼女の精神が何度も行き来していた情報を手掛かりとして、そのポイントまでやって来た。だが、そこには何も建てられているわけでもない空き地。地面は鉄のプレートで埋め込まれており、MHMの姿も無く、見上げる空は曇天に塗れてい味気ない。

 ハンナのデータ自体が偽物で、嵌められた可能性を考慮し始める最中、小さな疑問が浮かび上がる。この空き地は、機械の国では珍しい空を見上げられる場所である。施設が生活スペースである国の性質上、ここは外の世界に安心して順応できる場所。同時に、ここでなら骨人で一斉射撃も行える場所だ。

 なのに、一機もいないというのはどういう事か。厳戒態勢を敷かれている現状、骨人はどこにでもいると考えてもいいはずなのに……。


「ここで合ってる……なら、あるとすれば――ッ」


 天に無いのであれば、地であるか。かつて人間は天の先へ住まう事と並行して、その地の下へ向かおうとしていたとオリジナルの記憶は訴える。人にとって天は容易に見つめられるが、地の下は想像が難しい。人は階級などの上下を気にする難儀な部分があるから、上ばかりを求めたと考えられなくもない。

 地下。この国にそんな物があるかまでは解らないけど――やるしかない。


「光の爪、起動」


 レバーに付属するボタンを押して、碧狼の両腕に装備されている三つのトンファーから光が漏れ出す。それは熱量を有した高圧縮の光。圧縮されたそれは、気体化した特殊金属を混ぜ込んで爪を形成する。

 両腕に野性を取り戻した碧狼は、僕の意志を乗せて大地へそれを穿ちぶつける。ジジジッと音を鳴らすそれは、確かに鉄のプレートの先があるような反応に思えた。切込みを何度も入れて、鉄のプレートの強度を落としていく。


「せーのッ!」


 そして切込みを入れた大地を、光の爪を展開しながら思い切り拳で叩きつけた。ヒビの入った岩が脆いように、鉄のプレートもまた鋼鉄の拳によって崩れ、僕の足場ごと崩壊した。


「えッ!?」


 そこまでは考えてなかった。考えてみれば軽量化している骨人と違い、今の自分は碧狼だ。鉄のプレートの足場を壊す要因になってもおかしくはない。

 崩壊したプレートの先は研究施設を思わせるアンダーグラウンドであった。機械の国と似たような様相。それでありながら、更に無機質な印象を受ける。そして何よりも――


「女性……巨像」


 そこには黒い髪を垂らした巨大な女性がいた。まるで施設の壁を背に、足をだらんと伸ばしている気だるげな人形のようだ。腕も同じく脱力しており、MHMのような生きている印象を受けない。

 その体躯はMHMよりも更に巨大だ。碧狼は十メートルほどあるが、あれはその数倍。目視だけでも、伸ばしている胴から足までを含めて、およそ百メートル……十倍。


『……きたか、レプリカよ』

「ッ――管理者オリジナル!」


 百メートルほどのフリーフォールの中、こちらに気づいた管理者の声が聞こえてくる。その声に抑揚はあり、まるでこれから起こる事に期待している子供のように弾んでいた。

 このままでは着地が危険である事を悟り、全身のスラスターを目下へ放ち下降速度を軽減。管理者の待ち望むかのような高笑いの中、碧色の狼はその機械に塗れた大地に立った。スラスターによって高まった熱量を水蒸気として吐き出す。白煙が視界を包み込む中、管理者は言葉を紡ぐ。


『驚いた。欠陥である事が、ここまでの結果を生むとは。エメと情を育み、まさか私に反逆を見せるとはな』

「あなたの記憶は見せてもらった。あなたがなぜ、ハンナと言う女性を求めているのかも」

『そうか。ならば解るだろう! お前もまた、私の心を受け継いでいる。排除した記憶も取り戻した。なれば、我が理想、我が恋慕、我が執着を! ……お前も、我が手となれ』


 狂乱だ。この男は、理想を、恋慕を、執着を理解している。それゆえに、自身のコピーとも言える僕に同意を求めている。

 確かに彼の言う通り、記憶を取り戻した僕に襲いかかってきたのはハンナと言う女性への異常な感情だ。心を受け継いだ僕が、エメにその感情を向けたのは偶然ではない。全ては繋がっていた。想いは、無知を超えて運命に沿って心に呼びかけていた。


「……彼女は?」

『このMHM――マザー獣をハーロット従えしモンスター大聖母の胎内にいる。何、直に目覚める。心配する事はない。子宮で生み出した、健全なるハンナの肉体にハンナの人格を移し替える!』


 あの女型のMHMは、碧狼のような機人獣の親玉ともいうべき存在か。彼の記憶に基づいた推測だが、残りの全てのハンナの遺伝子を使って作り上げた彼女の母なのだ。エメという存在で無理矢理に喚起させられたハンナの意識を、そこから生み出された純度百パーセントのハンナの肉体に移す。

 なるほど……吐き気を覚える独善だ。


「……彼女は?」

『……先程も説明した。それともなんだ。精神以外にも、欠陥を抱いていたか?』

「彼女は?」

『……何を怒っている?』

「エメの事を聞いているんだ!」


 それに、僕が聞いたのは決してハンナの事ではない。緑髪で、幼さを残す、僕を僕らしくあってほしいと願った彼女の事だ。


『……お前、まさか、我が思考に反すると?』

「当然だ。機械になって、愛を忘れた人間など、誰がついて行くもんか!」

『何ッ?』


 彼の声に怒気が含まれる。あぁ、そうだ。これが僕の中で生まれた感情に基づく答えだ。


『私はハンナの想いを捨ててなどいない! 溜まりゆく記憶の中、他の記憶を消していく中、その記憶と想いだけは残し続けたッ! それこそが我が理想。尊くも遥か過去へ消えた彼女への憧憬! ゆえに、復活を願うのだ……これを愛と呼ばずして何と呼ぶッ!』

「……あなたは、彼女との出会いを覚えているか?」

『……何?』


 これは、記憶を見た自分が考える、彼と言う存在の歪みを指摘する事だ。

 彼と同じ心を持つ自分にとっても、いずれくるであろう絶望を、この口で語る。


「記憶の閲覧の中で、僕は不自然に思った。彼女との出会いで始まった記憶だが、その出会いの記憶は無かった。彼女と言う存在への憧れ……それが最初だった」

『記憶とはそういうものだ』

「いいや。それでもおかしい。あそこまで憧れを抱くキッカケが解らない」


 そうだ。恋という感情は、絶対に始まりがある。運命の出会いや、一目惚れだとしても、二人が向き合わないと始まる事も始まらない。

 それが、彼にはない。


「……残したとしても、記憶は摩耗する。いくら機械になったとしても、映像が劣化していくように、歪曲していくように……あなたは、その始まりを失ったんだ」

『――ッ』

「だから、残されたハンナへの想いが義務となった。自身の在り方が、それである事を張り続けた」

『――違う』

「いいや、違わない。なぜなら、あなたのレプリカである僕が、そう感じているんだから……ッ!」


 僕の言葉に、管理者は言葉を失う。なまじ、オリジナルとレプリカという関係。僕はオリジナルを基にしたクローン。その事実が、聡明であった彼の認識も合わさって言葉に説得性を持たせる。

 ハンナという名前が人類の記録に残されていなかったのも、彼がその名を見て苛立ちを覚えたからだろう。彼には自由が無かった。基盤となる恋を忘れた彼に、その愛は鎖であったのだ。

 けど、僕には――いずれ忘れてしまうかもしれない――その始まりの想いがある。


「エメを返してもらうぞ、リシティ・アートオリジナル

『……なぜ、あのハンナの仮初の人格を擁護する! あれは所詮、器にもなりえん獣の人格でしかない! ハンナと言う、人間の人格ですらないッ!』

「悪いけど――いや、もはや機械のあなたには届かないかもしれないけど、僕は知ってしまったからね。あなたが忘れてしまった事を」


 その感情に気づいたのは、記憶を閲覧し終えてから。ハンナという存在を知り、エメと言う存在を噛み締めたあの一瞬。

 ヘキローは自分を人間と呼んだが、あれこそが僕の人間としての産声だったのだろう。そう、僕が彼女に抱いた、その感情の名は――



「僕は、エメを愛しているんだからッ!!」



 白き煙が晴れ、その姿を見上げた。黒髪を垂らした人形。あれを破壊し、彼女を取り戻す。

 リシティ・アートレプリカではなく、彼女を愛するリシティ・アートとして――

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