欠陥―Perfect―

 スリープモードが解除される。頭の中があまり整理できていない。調子が悪いのか、それとも、僕の欠陥部分が酷くなっているのか……。思えば、エメとの出会いによって、私は僕になったし、人間である彼女と話し合う内に彼女のような話し方になった気がする。

 それでも、結局は機械なのだ。なぜ、オリジナルは機械の姿を選んだのだろう。無い物ねだり、なのかもしれないけど、機械の僕達からすれば人間の方がこの世界に合っているような気がする。

 いや、それが当然である。かつての支配者は人間であり、機械が支配権を奪っても、機械は人間が生み出した物なのだから。根源が人間である限り、僕達は永遠に世界に馴染む事はない。


「……エメ」


 彼女が見ている世界は、果たして人間の物なのか、それとも僕達と同じ機械の物なのか。彼女は自分を人間ではないという。でもそれは機械である、というわけではない。彼女はあの狼のMエムHエチMエムの中で生まれたとハンナは語った。それを信じるならば、彼女は機械から生まれたのだから機械なのだろう。彼女の言葉に偽りはない。

 だが、同じ機械であっても僕と彼女の温度は違う。彼女の肌はとても柔らかくて、声はいつも弾んでいて、その笑みには彼女の心が見える。僕には、ない。肌を触っても、声を出しても、笑みを浮かべても……彼女に勝る日は来ない。


「そうだ………エメだ。エメはどうなったんだ!?」


 自室にかけられてある時計は、スリープをしてからおよそ四時間後を指していた。長くても二時間ほどでスリープが解除されるはずだったのに、二時間もオーバーしてしまっている。


「こんなこと、一度もなかったのに!」


 僕はそう悪態を吐きながらも急いでエメの元へ走る。確かに、無理に長時間の起動をしていたせいなのは解る。でも、エメの異常がどうなるかの時なんだ。

 焦る気持ちが進める足を速めていく。早く彼女に会いたいという心に支配されていく。過ぎ去っていく同胞の視線を掻い潜り、彼女がいるであろう碧狼ヘキロウの元へ。


「エメッ! エメーッ!」


 緑色の狼の下で、僕は彼女の名前を呼ぶ。何度も、何度も。いつもはそうすると、彼女が胸部のコックピットからひょこっと顔を出すのだ。もしくは僕の呼びかけよりも先に、こちらの名前を呼ぶ。

 だからこそ、空しく響く僕の声がとても切なく思えるのだ。同時に、彼女がもうここにはいない、という事を嫌というほど思い知らされる。

 あのハンナという女性人格の問題が、まだ解決していないのかもしれない。いても経ってもいられなくなった僕は、その足で計画の主導者、管理者アドミニスターの元へ向かう。根拠もない、嫌な予感がしたのだ。



――――――――Next――――――――



「管理者! エメはどうなっている」


 管理室の戸を勢いよく開けた僕を、あの機械のマスクを被ったオリジナルが赤いモノアイを向けて睨みつけていた。点滅するモノアイの光に、僕は意味を見出す事はできない。


『順調だ。彼女の一件に一切の不安は抱かなくてもいい』

「……できれば、その作業をこの目で見たい」

『無理だ』

「頼みます!」


 管理者に喰い付くと、管理者はしばしの間、そのモノアイの点滅を止めた。


『驚いたな……欠陥と聞いてはいたが、ここまで狂っているとは思わなんだ』

「なにを……」

『誇るがいい。君はどうしようもなく人間よりらしい』


 そう言って、管理者はパチンと右手の薬指と親指を弾く。管理室に響いたその音に呼応するように、床に敷き詰められたモニターが点灯する。

 怪訝な表情を浮かべてしまうながらも、僕は踏みしめるモニターの様子を見つめるしかない。


「これは……MHM……?」

『人型MHM――マザーハーロットモンスター。真なるハンナの器だ』

「ハンナの……? エメを助けるんじゃないんですか!?」


 エメの肉体にいるハンナという人格を滅するのが今回の目的のはずだ。だというのに、準備されたのは女性人型のMHM。しかも、これにはハンナを乗せるというのだから、エメがどうなっているのかは知りたかった。

 僕の嘆きに応えるように、ゆっくりとモニターのカメラが下にズームする。女性で言う、下腹部にあたるそこへ焦点は当てられて、ゆっくりとカメラが近づいていった。


「……エメ……ッ」

『エメはよくやってくれたよ。無事にハンナの自意識の覚醒を促してくれた。あとはマザーハーロットに乗り込んで、永遠の大聖母となってもらおう』

「大聖母ッ!?」

『そうだ。そのためにはエメの肉体が必要となる。マザーハーロットもまた機人獣きじんじゅう。エメと言う機人獣と人の遺伝子を組み合わせて生まれた、母となるべき存在は必ず必要だ』


 管理者の言葉に僕の目は確実に大きく開き、稼働してから一度も見せた事のない怒りに塗れたかのよう鬼の形相を浮かべてしまいながらも、僕は座っている管理者の首を掴んで持ち上げる。

 しかし――


「なっ……」


 ぽろっと落ちた赤いモノアイの仮面と頭に、僕の思考はほんの少しだけ真白になってしまう。

 決して人を殺すぐらいの力を使ったわけでもない。あまりにも簡単に、それは取れた。


『そこにあるのはダミーだ。私の本体は、最初からそこにあるわけじゃない』

「……まさか、エメと一緒に――」


 どこからか聞こえてくる管理者の抑揚のない声に、僕は警戒心を強めながら脱力した、ダミーの身体をどこかに投げ捨てる。

 その僕の言葉を聞き入れたのか、カメラは女性型の胸部に目をやる。そこには、碧狼と似たようなコックピットシステムであり、そこには大きな試験管が鎮座していた。古びて、人が入るのがやっとのその中に、大きな影があるのが見えた。

 幾つかのパーツは機械で補強されているが、総じて年老いた人間の姿をしている。その頭部には、自身の肉体的特徴である白髪が残っており、どこか哀愁を感じさせる。


「……管理者の、肉体」

『そうだ。あれこそが我が真の肉体。君にとっては真なるオリジナルと言える』

「あなたは、何がしたいんだ? エメを連れて、ハンナと言う女性について訊き、そして隠れるように僕の目の前で肉体を捨てた……僕には理解できない」

『理解する必要はない――だが、どうにも君の欠陥は面白いな。私のレプリカで、記憶など受け継いでいないはずなのに、人並みに疑いと思考能力を会得している……なるほど、機械としては欠陥か』

「……?」


 確かに僕は欠陥を抱いている。満足に人間への粛清も行えない。しかし、今はそんな話、関係がないはずだ。

 エメを救わなければならない。味方だと思っていた管理者は、その実、ハンナ側の存在であった。このままいけば、エメはハンナに食いつぶされてしまうだろう。だけど、モニターに映るあれがどこにあるかが見当がつかない。


「あなたは今、どこにいるんだ?」

『私は、ここにいるよ。私もハンナと似たようなものでね。今からマザーハーロットにある肉体に戻り、エメの人格と不必要な遺伝子を組み替える。マザーハーロットには人間としての遺伝子が組み込まれているからね。それで……ハンナは完全に復活する!』


 部屋に響く男の声は、とても楽しそうに弾んで聞こえた。ハンナと同じく、管理者もまた電子生命ともいえる存在に成り果てていたのだろう。人間が機械になるのだから、あり得ない話じゃない。

 彼が何を考えてエメを利用しているかは解らない。ハンナと言う存在が、彼にとってどのように重要かは知らない。だけど、今すべき事は――彼女を助ける事だ。


「――ッ!」


 とにかく、ここにいても話は進まない。どうにかしてあの人型のMHMに干渉しなければならない。

 ギリリっと口が鳴り、僕は管理室を後にする。その最中に聞こえてきた、男の最後の言葉は僕の耳に確実にこびり付いた。


『だが忘れてもらっては困る。私はこの国の王だ。王に刃向うのだから――覚悟しろよ?』


 瞬間、僕の耳には聞きなれた銃弾が放たれる音に包まれた。

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