始まりの国―Replica City―
出会―Reunion―
私という存在に何かしらの定義があるのだろうか。その思考こそが、私という存在の欠陥であり過剰なプログラムであった。
自身が何かしらの異常を抱えているのは承知している。認識もしている。これが認識できないのであれば幾分か救われたのかもしれないが、残念ながら私はそれに気づいている。ゆえに、他の完璧なる存在に多少の嫉妬や競争観念を覚えるので、また不必要なプログラムがインストールされてしまう。
『RC.640。
「了解」
アナウンスがかかり、私は白髪の下に繋がっている神経接続のコードを引き抜いた。一体化していた金属の鎧から解き放たれて、感じていた重量が無くなる。
本日も骨人に乗って演習に出た。結果は全勝。欠陥品であっても、ハンドレッドナンバーである事が強さに現れている。経験の差。サウザンドナンバーに劣るほど、弱くはない。
「…………」
「今日も全勝ですか。やはりハンドレッドは強いですね」
骨人から乗り降りると、そのような声が聞こえてきた。あれは自分に言っているのではない。嫌味だ。力を有しているのに、中々出荷されない自分への。
だから欠陥を有している脳にダメージを負わせるために、あのような事を言いのける。製造者は罪がある。心など、機械においては不要な一番のパーツではないか。心に判断を委ねれば、統率などなく、完全な行動になる事はない。
……そのような思考こそが自身の欠陥である事を認識している。彼らは心を有していても、拙い部分がある。私は人間と呼ばれる存在を知っているわけでは無いが、彼らの初期にある心と呼ばれるプログラムが遠く及ばない事はよく解るのだ。なぜそう思うのかは解らないが……。
「午後は無し。スリープに入るには早い」
さて、どうしたものか――と、ふと左の影を見る。人工建築物の塊であるこの国の施設の影に、ましてや私のようなRCタイプ以外の存在がいないこの国に、それはいたのだ。
小さな姿をしている。それはいい。RCタイプの中には最低で六歳の姿をした個体もいる。私は十四歳の個体だが。
緑色の瞳を持っている。それもいい。たまにそのタイプが生まれる事を知っている。先程、嫌味を言い放った奴も緑眼であった。
緑色の髪を持っている。それはおかしい。RCタイプは一律、白髪だ。そのような突然変異も聞いた事が無い。
「そこの君。どうかしましたか?」
「ッ!?」
私の呼びかけに、ビクンと飛び跳ねたその少女は、一目散に逃げ出す。困った。これは大変に。国の事もあるが、何よりも話しかけた女の子に逃げ出されるのは心に来る。
なので――私は逃げ出す彼女を追いかける事にする。幸い、運動プログラムは並以上を記録しているので女の子程度に負ける事は――
「予想よりも早いですね」
一直線の道を走って追いかけているが、中々追いつく事ができない。うむ。辛い。一応、それなりに走れるつもりだったのにあんな、十歳ぐらいの少女に負けるのは非常に辛い。
だが、彼女の走っている様子は、どこか消耗をしているように思える。おかしい。我々ならば走る程度、疲れなど覚えやしないが。そうとなると、やはり、あの子は――
「はぁッ……はぁっ――ッ!!」
「跳んだ」
人間かと思ったのも束の間、緑色の巨大な何かが見えると、その目の前にある階段を、少女は一気に跳び越したのだ。驚いた。人間でも、三十段飛ばしを上方に向けてやるなんて事はないだろう。彼女の跳躍力は、人間のそれを超えていた。
私は行動ルーチンに則って一段ずつ登っていく。仕方がない。トントントントン、と階段の音が小気味よく聞こえてくる。
登りきると、明らかに疲れたのか荒い息を吐く少女が床に蹲っていたが、こちらに気が付いて咄嗟に逃げ出そうと緑色の機械の元へ走り寄る。その機械は、形容するならば狼のような姿をしていた。
機人獣、と呼ばれる姿だ。MHMは元来、この狼のような姿の方が本来の意味にあっている。しかし面白いのは、その狼が二本足で立っているのだ。その胸部は開かれており、まるで骨人のコックピットに似ている。
「タァーッ!!」
「ッ!?」
その胸部に向けて彼女は跳んだ。まともな助走もなしに。手すりを使って跳んだのだ――だが、
「――へっ?」
「足が!」
足がうまく手すりに引っかからなかった。するっと滑って彼女は前方へ進もうとしたエネルギーが空回りして、少女は困惑と絶望の表情を浮かべながら手をバタつかせながら落ちようとする。
それはとてもいけない事だ。見ず知らず、しかも我らが同胞ではないのは確かだが、それでもその光景を黙って見ていられるほど、私は壊れていない。
「手を伸ばせッ! そして掴んで!」
「ッ!!」
落ち行く彼女に手を伸ばす。緑髪の少女はそれに気づいてか、必死に私の伸ばした右腕に手を伸ばした。
体重が右腕にかかる。だが、それは骨人を身に纏うよりも軽い。少女はあまりにも軽い。右上にだけかかる体重を以てしても、骨人で覚える重量以下だ。
だからこそ引っ張り上げる事は容易であった。しっかりと掴んで彼女を階段先の床まで戻すと、少女はペタンと脱力したようで、離された左手をじいっと見ているようだった。嫌だったのだろうか。
「君、RCタイプではないね?」
「……うん」
やはりか、と溜め息を吐いてしまう。彼女が何者かが解らないが、少なくとも本部に突き出す必要性が出てくる。この国は、機械の国だ。彼女が造り上げられた存在かは解らないが、異常な存在であるのは間違いない。
「わたし、エメ、といいます」
「エメ……?」
「うん」
ますます、この子はこの国の人ではない。この国に住まう人は、全て数字が割り振られている。その中で名前を付ける輩もいるが、エメと言うのは数字に当てはめるのは難しいだろう。
「あなたは、だぁれ?」
「……RCタイプ、ナンバー640です」
彼女の問いかけに、私は真面目に答えるが少女は不服そうであった。どうにも、この子のペースは掴めそうにない。言葉がふわふわしているし、酷く拙い。幼い、の方が合っているだろうが、同胞で彼女よりも幼い姿をしている物でも、もっとマシな言葉を吐ける。
……ますます謎だ。
「むずかしい」
「そうですか?」
「うん……なまえ、つけていい?」
「……どうぞ」
彼女がそう言うので、特に支障を感じない私はそう返すしかない。彼女のペースに乗るのは癪だが、逆に言えば彼女を嫌う必要もない。むしろ私からすれば彼女は好みの対象だ。何せ、自身に続く陰鬱とした繰り返す日常の変化なのだから。
「……りしてぃ」
「え?」
「リシティ!
それは……思いの外に、彼女にしては考えられた名前に思えた。六花のりに、四のし、そして英語で十の位をさす、てぃの組み合わせと来たらしい。
これは、一本取られたか。あまり興味がない物とは言え、こう自分には考えつかなかった名前を言われると、感心してしまい感慨深くそうか、と呟いてしまう。
「……どう?」
おずおずと、先程とは違い期待に満ち溢れた視線を向けてくる。悪くない。むしろ良い。名前という物を重きに感じたことはないが、なるほど、付けられると少しは愛おしく感じてしまう。
「えぇ。中々、いい名前ですね」
「やった! じゃあ、リシティはリシティね!」
その名前が、どのような偶然の結果は解らない。運命かもしれない。どちらにせよリシティという名前は、必然的に僕の名前になっていたのだろう。
エメという少女に出会ったリシティという少年は、この出会いをキッカケに運命に挑む事になる。それはかつてそこにいた男の執着と、そこにいるべきであった女の愛による果てしない運命。
今はまだ、その運命は訪れない。ただ、差し伸べた右手に残る彼女の温度は、確かにそこにあった。
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