『夢を求めて』
その後の動きはあまりにもスムーズであった。それこそ、さも当然の如く。というのも、イビルとリュークはがその交渉に直接立ち会ったのが大きかった。おかげで、さして大きな問題も起こらずに済んだ交渉により、元旅人となった二人は、晴れてこの国の一員となったのだ。
一方で、僕の計画も事が進んでいた。
あとは僕の問題だけであった。
「それで、俺に話を聞きに来たという事か」
「えぇ。元旅人であるあなたなら、僕の気持ちも解ると思いまして」
喫茶店で一仕事を終えたリュークと待ち合わせしていた僕は、自分のお金で彼の飲み物を奢り、彼の旅人の話を聞く事にしたのだ。経験談と言うものは、何よりも強い道標となる。それこそ、図書館の本にある以上の情報の信憑性がある。
そんな事を語ると、オールバックの青年は目を細めて微妙な表情を浮かべてコーヒーを一杯飲む。
「若いな。俺には到底思いつかなかった事だ」
「え?」
「俺は自分から旅人になったわけではないからな。察していると思うし、その言い回しだとリシティの野郎から聞いているんだろう? 俺とイビルは、仕方がなく旅人になった」
そう、二人は住む場所を失ったから旅人になった。リシティがなぜ旅をしているのか、そのキッカケが解らないけど、この二人は少なくとも進んでしたわけでは無いのだ。
そう言う意味では、自分から旅人になろうとしている僕は確かに若いのかもしれない。若さは未熟だ。そして無謀だ。僕は、その好奇心の猫を追い掛け回そうとしている愚か者に過ぎない。猫しか見ていないのだから、その先を見ていないのだから。
「別に、お前のその若さは否定するつもりはない。お前のようなやつが出てくるのも、まぁあるだろうしな」
「そうなんでしょうか?」
「人ってのは案外いるもんらしくてな。俺の国はここと比べると小さかったが、それでもまずまずは人がいた。誰もが違う思想を持っていた。俺は映画を享受し、イビルは色々勉強してたしな――ここもそうだ。みんな、違う目をしている」
リュークはその鋭い目で眼鏡越しに僕の瞳を見た。イビルのような、獲物を捕らえる猛禽類のような目ではない。あれは、期待を込めた人の目だ。
「でも、みんな国の発展のために働いています。結局、見つめている者は同じです」
「そうか? お前が早とちりなだけだろう?」
「えっ……」
「そう言う意味でも若いんだよ。何かを成し遂げたい、何か違う事をしたい――当然の思考だ。だが、歳をとるとその気持ちに余裕が生まれる。生きているうちに、それを成し遂げよう、となる」
自分が早とちり、というのはよく解らなかった。だってそうだ。行動をするなら早くした方がいい。誰もがした事のない事を、いち早くする事が大事だ。そうだと思っていた。
リュークは喫茶店のマスターにコーヒーのお替りをもらい、ニッと笑う。
「俺は今、
「先、ですか?」
「そりゃそうだろう。自衛のためだけなら、緋蝗のような機動力優先のMHMよりも防御力のあるMHMを作った方が効率が良い――ってイビルが言ってた。ようはな、この国の人間には、お前のように外に興味や関心を持つ奴がいるという事だ!」
彼が言うには、今ある訓練はいずれ来る外への侵攻のための布石らしい。確かに、それなら夢がある。国の内情の発展の無さに呆れを覚えていた自分からしても、それが真実ならどんなに良い事か。
でも、まだ信じ切られていない。まだたった数日しかこの国にいない彼が、この国の内情を語るのは育った自分からしては許せない事だ。
「信じられません……僕には、そんな夢のある話」
「……お前さんの親父さん。なんでMHMの技術師やってんだろうな? 訓練相手のコネで聞いたが、お前の親父さんはMHM開発の指導者らしいじゃないか」
「それは……知りません。僕の生まれる前の事ですし」
「正直、驚いたんだがな。俺の国にはMHMなんてなかった」
MHMがない――それは僕達の世代では考えられない事だ。生まれた頃から動物の形をした機械は、人の手で操られて動いていたのだから。それが普通だ。僕達にとっては。
でも、リュークさんが言わんとした事も解る。なぜ、僕達の国はMHMの開発をしようとしたのか。
「MHMなんて兵器、必要が無かった。存在は
「それは……」
「骨人からの恐怖でもいい。いつ襲ってくるか解らないからな。だがそれだけか? 実例も、根拠も、空想でしかない不安だけで、国がMHMを造ると思っているか?」
想像力が欠如していたのかもしれない。僕は、外の感心と過去への追及しかしてこなかった。現在を生きるのが怖かったんだ。誰もが知っている、この国の事を知ろうとしてこなかったんだ。
その話を聞き終えると、僕はいてもたってもいられなくなった。僕はまだこの国に向き合っていない。自分の故郷の在り方を知らずに外へ出ようとしている。
リュークに礼をしてすぐさまに家に戻る。帰宅して聞こえるのは母親と父親の声。僕が、当たり前と感じていた帰る場所。
「父さん。教えて。なんでMHMの開発をする事にしたの?」
帰るや否や、早速質問をしてくる息子に父は戸惑いを見せたのは明らかであった。これまで一度たりともした事が無かった事をするんだから、仕方がない。
でも父は、そんな僕に真剣な表情で――瞳の中に煌めく何かを見せて――語る。子供に、自分の中にある信念を語るように。
「……小さな夢があった。漠然としていて、面白みのない、そんな夢だ。現実味も無いしな」
「夢?」
「外を、知りたかったんだ」
それは――まぎれもない、僕の父だった。
「だが外には骨がいるからな。あいつらを倒せるだけの力がないと、外には行けない。だから、まずはそれを揃えるために図書館に入り浸って、あれに対抗できる兵器を探した。んで、見つかったのがMHM。奴らと同じ技術だが、あれが一番効率が良かった」
「だから、開発を?」
「あぁ。苦労したんだぞ? 外へ出たいなんて言えないから、もしもの可能性を手繰り寄せてなぁ。運が良い事に、同志がいたもんで計画は開始された。まぁ、あの旅人が来るまで戦力はガタガタだったからな」
僕の中にあった工具を片手にMHMを触る父の姿の意味が変わる。惰性で行われていたように見えたその姿は、確かに夢の挑む向上心に溢れていたのだ。
一歩は少しずつでも、確かに進んでいる。それが父の見出した、夢への歩み方。
「お父さん、昔はあなたと似て知的な人だったのよ? 図書館でずーっと本と睨めっこしていて、とても可愛らしかった」
「おいおい、やめてくれよ……あの頃と比べちゃ、筋肉は付いたんだぞ?」
「そうなのよねぇ。あんなに可愛らしい年下の男の子だったのに、惹かれるうちに何時の間にかインテリマッスルボーイになってたんだから」
「……今は、嫌?」
「何言ってるのよ。嫌いだったら、息子の前でこんな話しないわ」
話に介入してきた母が父といちゃついている。そんな姿を意識するのは初めてだ。仲はいいとは思ってたけど――父が尻を敷かれていたのはどうかと思うが――ここまで、息子の前で顔を赤らめて笑みを浮かべるだなんて。
そう。僕は二人から生まれたんだ。ある夢を追いかけた男に惹かれた女が、男の夢に寄り添って育んだもう一つの夢。ありふれて、当然のように生きているけれど、それはとても奇蹟的な事で――僕は、その夢から生まれたんだ。
なら、話は簡単だった。僕は父の子だ。母の夢だ。誰もが認める二人の子供だ。だからこそ、僕は夢を追い求める。
「お父さん。お母さん。僕はね――」
旅に出てみたい――そんな夢を語る少年が、そこにいた。
――――――――Next――――――――
「よっ」
「あ」
了承を得て準備をし続ける僕の前に現れたのは、最近髭を伸ばしているリュークであった。絶望的に似合ってない。さぞイビルからは不評を買ってそうだが、彼は気づきもしないだろう。
「その顔じゃ、旅ができそうなんだな」
「はい。ありがとうございます!」
「いいや。俺は何もしてねぇよ。決めたのはお前と、親御さんと、この国だ」
リュークはそう言いながら、僕に何かしらを纏めたメモ帳を渡してきた。中身を覗くと、綺麗な字で書かれていて、内容は旅に関するものであった。
メモ帳は新しいようで、劣化などほとんどない。
「これは?」
「リシティの奴が俺達に言ってきた、旅の仕方をイビルが纏めたやつだ。俺達にはもう必要はない。だが、これのおかげで少しはマシな旅にはなったんでな」
白髪の彼から、黒髪の青年に、そして僕に続いてきたその旅の証を受け止める。こうやって続いていくんだろう。旅人と言うのは。
「旅に出る日、教えてくれや。教えておきたい事が二つある」
「二つ?」
「一つは協力者の事だ。道中に、お前に協力してくれるであろう二人がいるからな。俺達の名前を出せばいい。もう一つは……故郷の事だ」
リシティから端的に聞かされていたその事を、彼は僕に話すという。それは、思い出を僕に吐き出すというのと同じだ。それほど、この国へ生きていく事を決めたのだろう。
「お前、脚本を書くんだってな?」
「小説です! ……なんで知っているんですか?」
「訓練相手からのコネでね」
……コネの正体がイメージできた。なるほど確かに。父がMHM開発の第一人者である事と、僕が執筆活動を知っているのはあの人だけだ。家に帰ったら尻に敷こう。
「俺の国はもうない。だからせめて、お前の創作意欲を刺激するネタにしてくれ」
「それは――」
「託すんだよ。お前に。お前は次の時代を作る男だ。この国ではなし得なかった、外への旅をする。そんなお前に、いずれ出会うであろうその国の過去を託す――頼めるか?」
リュークのその言葉に、小さく頷くしかなかった。リシティにも、リュークにも言われてしまった。
次の時代。外の世界に人が進出する時代。その最初に、僕はなるのか……解らないけれど。託された物を背負って僕は旅に出る。その先は解らない。広がるのは灰色の荒野だ。骨の怪物に出会うかもしれない。もしかしたら死ぬかもしれない。
それでも――僕は、好奇心の猫を追いかけ続ける。
僕は、この国の事を輝きの国と自称しよう。そこには確かに、夢に溢れた輝きがあるのだから。
幼年期は終わった。僕は、この過ぎ去りし日々の光に思いを馳せて、光無き灰色の大地を走る。色は無い。ならば人々の輝きで再び世界にが色づく事を信じて、旅をする。
『旅 ―機械と人―』
著 ライト・アルト
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