『安寧を求める者』

 一度受け入れた、という前例は人の選択肢を狭める。まさかこうも続けて旅人との遭遇をするとは考えていなかったけれど、国の考えとしては旅人はアルト家が預かる事になってしまった。勿論、そこに僕の好奇心も内在はするが――結果を書くならば、この二人は前回の旅人はまた違った目的を有していた。


「国への永住を望みだと?」

「あぁ。結果を言えばそれだ。過程は今から言う」


 父がリュークの目的に驚きを覚えて神妙な目をする。隣に座っていた母も訝しむような表情だ。客人対して失礼な態度だなぁ、と四人用のテーブルの外で座りながら思う。イビルとリュークに、自身の席は譲った。

 リシティ一行とはまた違うアプローチであった。ファーストコンタクトからして違う。リシティ達は、緋蝗ヒコウとの戦闘でも攻撃するのではなく、回避してから、武器だけを破壊して無力化を図ったらしい。対してこの二人は、思い切りにこちらのMエムHエチMエムの顔を毟り取るわ、腕を引きちぎるわで、野性的な戦闘を披露してくれた。

 目的も、リシティ達は何も語らずに去って行ったに対して、こちらはこの国への移住を所望と言う。それは相反している目的だ。


「俺達はここから二つほど先の国の生まれだ。その国が異形のMHMにやられてな。俺達は幸運か不幸か、生き残っちまった」

「異形の?」

「俺達の乗っているあれよりも異常な奴だ。そういうやつもある・・・・・・・・・、と思ってくれ」


 リュークが説明をしたがらないような素振りをする。興味の抱く話題でこそあるが、故郷を滅ぼされた話を嬉々として語る気はないのだろう。至極真っ当な話だし、何よりもリシティはあまり語らなかった外の世界の話を、彼らは僕以外にも教えているのだ。

 ぼかした言い方に混じる恐怖を理解した両親は、言葉を飲む。自分達の知らない外の世界を知るこの男を、彼らは未知なる異人ではなく、英知を有する偉人に見えてしまうのも仕方がない。僕があの白髪の少年にそう思ったように。


「だが、運が良くて、俺達はMHMを有していた。あれに乗って、あの何もない荒野を旅していたというわけだ」

「二人で、ですか?」

「あぁ。二人だけ、生き残っちまったからな」


 それを聞き、僕は赤目の彼が語っていた、外的要因で滅んだ国を思い出していた。二人だけの生き残りがいた、と言っていたはずだ。もしかしたら、彼らはその二人なのかもしれない。


「リシティさんが言っていた、蛇に食われた国の生き残りって……」

「ん? おい、待て。リシティの事知ってんのか?」

「えぇ、まぁ……二週間前に去りましたけど」

「あー……そうか」


 どうにも、この二人はリシティを知っているようであった。横にちょこんと座っていたイビルも、そう、と納得した様子である。

 碧狼ヘキロウが国を去った後に、二人が追いかけて旅をし始めたと考えると、時系列的にはスッキリする。何よりも、生き残った二人がここまで生きて来たんだ。


「それで、人がいる国を探していた。俺達は旅人と名乗っているが、あのどこまでも行きそうな旅人と違って、俺達は安定を求めている。どうにか、掛け合ってくれないか?」

「いや、しかし……移住、というのだな? 国は外の受付をどう思うか……」


 父の不安は真っ当だ。この異常事態、加えて国は自分達の存続を図るために自己の発展をしている。嗜好品を作る余裕も、MHM生産の余裕も出来た。しかし、人が新たに国へ入るとなれば多少の抵抗があるだろう。

 そんなお断りに近い言い回しをした父であったが、リュークは特に怒った様子ではない。短絡的な性格だと思っていたので小さく驚きを覚える。


「それに関してはご安心を。私達を受け入れると、三点ほど特典があります」


 ここで話を進めたのは、先程まで短い言葉で頷いていたイビルであった。先程までわしゃわしゃにされていた翼を引っさげた少女は、リュークに目配せをし、彼はにっと笑う。

 というより、この始め方……図書館にあった、誰にでもできる、営業マニュアル! というつまらない本に載ってなかったっけ?


「一つは、私達は全てではないですが外を知っています。MHMの開発をしているほどの国なのですから、外への進出の際には重要な情報となるはずです」

「いや、現状の国の意向的には外への進出はまだ――」

「いずれ、しますよ。先に言っておきますが、国で教えられていたよりも脅威は少なかったです。骨人コツジンはたまにいますが……MHMがあるのですから、どうにかなるでしょう」


 イビルはその鈍く輝く黄色い瞳で、両親に微笑んで見せる。いや、待て。あれは鷹の目だ。獲物を標的として認めて、狙いを澄ましている獰猛な瞳だ。生物図鑑で見た。翼が生えているから、なんだか変な繋がりがあるし、きっとそうだ。


「しかし……我が国のMHM、緋蝗は戦闘能力が未知数。骨人に確実に勝てる保証など、どこにも――」

「なるほど。そうですね……私達にも負けるぐらいですから。確かに現状では無理でしょうね」

「うぐっ」

「ですが、今後があります。ここからが二つ目の良い点です」


 自慢のMHMが負けたという事実をぶつけられて、狼狽える父にイビルはその黄色の瞳を覗かせながら笑みを強める。怖い。なんかすっごく怖い。横にいるリュークはうんうんと頷くだけだし。


「私達は骨人との戦闘経験があり、勝利しています。その私達を戦力と数えてもらえれば良いでしょう」

「むぅ……確かに、それなら――」

「それに、乗り手の技量を上げるには格上の相手が必要と進言します。実戦経験豊富な私達が指導に当たれば、乗り手の技術の向上にも繋がって、生存率も軒並みに上がるでしょう」

「確かに……操縦技術のノウハウはほとんどない……」

「そうでしょう?」


 今思い出した。これはセールスだ。相手に如何に自身の良さを語り、売り込む行為だ。この赤毛の少女、幼気を残してお淑やかさがあるなぁ、と思っていたけど、その実、その中身は獰猛な肉食の鳥であった。横にいるリュークは、さしづめ喧嘩になった際の暴力担当と言ったところか。

 酷いぞ、これ。


「そして第三の利点。私達の乗ってきたMHM、朱鳳シュホウのデータをそちらに提供します」


 それは――正直、驚いた。あの碧狼と同じ、鳥と言う獣の姿をしたMHMのデータをもらえるのだ。図書館には載っていない、貴重な外部からの新情報。これには母も、まぁ、と口に出す。

 それに、父のようなMHM技術技師にとっては願ったり叶ったりの話でもある。緋蝗は確かに自慢の一作だが、その戦闘力の低さは先の戦いで解っている。しかし、その敵であったMHMから情報を得られるんだから、強化という面ではこれほど素晴らしい特典はあるまい。


「……正直、データの提供は不安はあります。私にとって、あれは姉妹と思えるほど愛着があります」

「姉妹、ですか? 姉と妹の? 兵器にですか?」

「物という物に想いを抱くのは、そこまで間違っていないでしょう。お気に入りのカップ、お気に入りの指輪とか。それがMHMに抱いているのですよ」


 横にいるリュークが父を睨んだ気がしたが、その横でイビルは少し目を伏せて、影を作りながら呟く。彼女達にとってもデメリットがある、という証明だ。それ相応の対価は払っている、という意味合いも含んでいる。

 上目使いでイビルは、少し潤っている瞳を両親に向ける。落としにかかった。個人的には二人を応援している僕は何も言いやしないが、確実にあれは泣き落としだ。


「お願いします! 私達を、この国に住まわせてください!」


 そう言って、立ち上がって盛大に大きく礼をする。綺麗な姿勢だった。それほどの誠意を感じるし、何よりも彼女達の一生懸命さも感じる。

 横で座っていたリュークもまた立ち上がり、憐れむかのような目線を向けている両親に本音を零す。


「俺達は、安寧を求める。国を失って、愛した相手だけになってしまったが、それでも失わないでいられた、こいつと共に生きたいんだ。頼む、この国を第二の故郷にさせてくれ」


 最初の苛立ちを見せていた相手とは思えないほど、大真面目に、イビルと一緒にお辞儀をするリュークに、両親は印象とは真逆のギャップを覚えているに違いない。母は感情移入したのか、エプロンで瞳から漏れ出した涙を拭き始めて、父もそうか、とコーヒーを飲む。

 外から見れば、綺麗なセールストークの流れだったわけだが、それでも想いは間違いなかった。良心を試されているのだ。


「解った。掛け合ってみよう」


 父から、その言葉が出るのは当然だったのかもしれない。僕の父なのだから、このような二人を放っておけるわけがないのだ。

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