『黒髪の旅人』
事の経緯は、およそ数十分前――僕が
……かつての記録を則るならば、それはおよそ鳥と呼ばれた存在だ。空を飛ぶ生物。かつては世界中のどこにでも存在しており、青色の空を自由に横切っていたそうな。
だが、そのような生物が途絶えて久しい我が国の戦士は、それを
結果を語るならば、その赤き怪鳥は緋蝗を蹂躙し、挙句の果てには中から人が出てきて怒られたらしい。
「……なるほどね。道理で父さんの横に、ふんぞり返る知らない人がいるんだ」
「ライト、お前、冷静だな」
「前例あるしね」
二週間前に立ち去った旅人へ思いを馳せながらも、不機嫌そうな父の隣の人を見やる。黒い髪をオールバックにしている僕よりも年が上であろう男性だ。その顔立ちや、先程から滲み出ている苛立ちからして、野性味溢れるタイプだと判断できる。右脚をがくがくと震わせて、ゆすっている様を見るに、我が国の戦士が大変な粗相をしたらしい。
その後ろで堂々としている、赤毛の少女が今にでも拳を出してきそうな青年の代わりに声を上げる。
「突然の来訪失礼しました。私達は旅人。一応、敵意はありません」
「旅人? 最近は世界的にブームなのか……?」
父が白髪の彼を思い出してそう呟くが、赤毛の少女は不思議そうに首を傾げるだけだ。父の気持ちも解らないわけでは無い。これまで現れなかった存在が、こうも立て続けに現れると困惑するだろう。
話が進まないので父の代わりに、僕が言葉を繋げる。
「あなた方は、なぜこの国へ?」
「俺達は国を求めて来たにすぎねぇ。んだというのに、てめぇらの国は――」
「それについては詫びます。ただ、こちらも他人との交流はあまり得意ではないので、許してくださると嬉しいです」
「許すだぁ? こっちはなぁ、殺され――」
「リューク。怒るなら後にして」
ぴしゃりとリュークと呼ばれる青年に言い放った少女は、冷静にこちらを見つめてくる。誰かに似た雰囲気こそ持っているが、それとも違う感覚を覚える。似ているような、しかし決定的に何かが違う、そんな感じ。ここまで理性的じゃなかった気がする。
「確かに、こちらの不手際は申し訳なかった。できるだけ、あなた方のご要望に応えられるように努力しよう」
やっと吐き出した父の言葉に、怒りを隠しきれていなかった青年の表情が若干和らいだ。最初からそれを言えよ、と言わんばかりの表情だが、こればかりはこちらの慣れの問題だろう。外交問題なぞ、むしろなぜ僕達が対応しているのかが解らないぐらいだ。
さて、ここからやっと自己紹介だ。
「僕の名前はライト・アルトと言います。どうぞ、よろしくお願いします」
「……リュークだ。俺達に襲いかかってきたあのヘンテコなやつは許さねぇが、どうにもお前は憎めないな。そこにいる奴よりももっと深く物を考えてやがる」
「え、そう……なんですかね?」
父が微妙な顔を見せるのが解ったが、あえて何も言わないでおこう。リュークから見れば、父よりも僕の態度が気に入ったらしい。リシティに慣れていてよかったと心底思う。
男に続けて、黄色い瞳をこちらに向けた少女は、背中に生えた人外なる翼を折り畳みながら小さく笑みを浮かべた。
「私の名はイビル。彼と、あの赤き鳥――
「朱鳳、ですか」
朱鳳と呼ばれている赤色の異形のMHMは、二週間前に別の旅人が使っていた格納庫に納まる事となる。一度の前例で問題は起こらなかったのだ。今回も起こらないと信じるしかない。
「とりあえず、衣食住はこちらで揃えます」
「気前がいいんだな」
「まぁ……少なくとも、僕にとってそれは無駄な行為じゃないので」
リュークは僕の言葉に首を捻ったが、それでいい。
僕は僅かに、彼らへの好奇心を持ち始めていたのだ。リシティとはまた違う、どこか人間的で、旅人としては未熟そうなこの二人は、なんなのだろうと。
父や母には申し訳ないが、僕は僕の夢のために彼らを招く。彼らはそういう意味では先輩だ。貴重な情報を、リシティよりも持っているかもしれない。
「母さんにまた怒られるな……」
「その時は、父さんにも頭下げてもらうから」
いつにもまして積極的な僕に、父は苦笑していた。僕は怖いもの知らずと思っているのかもしれない。事故とは言え緋蝗を数機倒した実力の持ち主だ。どうなるかは解らない。
「来てください。まずはお茶でもしながら、お話をしましょう」
一度あった旅人との来訪を経た僕は、彼らをリードして話を進めていく。まずは家に連れて行って、そしてそこから彼らの目的を聞く事にする。国を去るのかは、それからだろう。
それに――母に怒られるのは覚悟しといたほうがいいかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます