『世界を彩る者』

 旅人の二人は、なぜ旅をしているのだろうか。それが次に芽生えた疑問であった。

 住んでいた国が滅んだから、仕方がなく旅をしているのだろうか。それならば、例の豊かな国に住まう手段もあったはずだ。彼がどれほどの国を巡ってきたかは解らないが、その国じゃないにせよ住まう選択肢はあったはず。

 もしくは、外の世界に何かしらの価値を見出しているのだろうか。かつての風景画にある、美しき風景を探しているのかもしれない。そうであれば、彼は自分と同じ好奇心の虜だ。

 ここまで考えると妄想を形にしたくなるから、僕ってあれだなぁ、と思う。どうしようもなく妄想癖が爆発するタイプらしい。ただ、旅の話を聞くと想像するのだ。彼らがどのようにして、どのような国々を回って来たのか……。


「ふふふ……」


 こういう時間が至福の時だ。文字を連ねるというのは、頭の中で溜まりに溜まった妄想を吐き出す行為だと昔は思っていたけど、今は現実に起こしだす行為だと思っている。自身の中で生まれ落ちた子を形にする行為と同じだ。


「んー……うんうん」

「――っ……」


 何度も思考錯誤して、頭の中で思い浮かべた形を文字で表現する。これらは全て、あの図書館で知った小説の真似事だ。かつての賢人は、思い思いの物事を言葉を連ねて物語に仕立て上げていた。幼少期に絵本を筆頭にそれらに手を出した僕の想像力は、遂にその他人が書いた世界を逸脱したのだ。


「むふー……」

「…………」


 これが僕が物語を書くキッカケとなっている。それがかつての人の真似事であったとしても、それが何も生まない行為だとしても、僕はこの活動に誇りを持っている。

 というわけで進めよう。今日は創作が捗るぞ~。っと、その前にお茶休け――


「……あー」

「――えっ……あっ……そ、その――」


 開けた扉を閉めながら、白髪の少年は非常に気まずそうな笑みを浮かべていた。当然だ。机に向かって何か熱意を込めて独り言を漏らしていたのだから、それを誰かに見られたらこんな感じに苦笑するしかないのだ。

 頭の中が真っ白である。口をパクパクとする事しかできない。


「うん。君のような年代ではよくある事だ。大丈夫、安心して。君のそれは正常だ。恥ずかしいと感じているのなら尚更ね」

「そのフォローしているようでしてない感じ、止めてくださいよ!」


 かくして、リシティに僕の趣味はバレてしまったのである。



――――――――Next――――――――



「飲み物を持ってきただけだったんだけどね」

「せめてノックはしてくださいよ……」


 すまないね、と言いながらも、その赤い瞳は僕の書いていた物語を見つめていた。リシティが母に言われて持ってきてくれたお茶を口に含んで、どうにかクールダウンする。

 バレたことを良い事に、折角なので読んでもらっているのが事の次第だ。とはいえ、読んでもらっているのは先程まで思いついていた旅人の妄想ではなく、以前に書いていた、頭の良い少年と彼に寄り添う少女の小話だ。思いついた経緯は、図書館にあった灰色の紙に書いてあった記述が興味を惹いたので、参考にして書いたのだ。


「変な……趣味ですかね?」

「いいや……これは、この話は、どうやって思いついたの?」

「図書館にあった資料を見てから、ですね。いやぁ、こういうのが書かれている紙を探すのに苦労しました。探せばこの話の元となった話の資料が見つかる物ですから」


 僕の興味が更に増したのはその連続性であった。一年をかけて探し終えた資料を纏めて形にした時は、我ながら素晴らしい作品ができたと感じた物だ。

 ……所詮は記述を盗んでいるんだけど。


「結末がいいね」

「え、そうですか? いやぁ、元となった話なんですけど、一部欠けてたりしたので、僕が妄想で埋めちゃいましたけど……嬉しいなぁ」

「うん。良い結末だ。本当に、こういうハッピーエンドが、僕は好きだな」


 そう言ってリシティは僕に物語を返してくれる。ハッピーエンドは僕も好きだ。図書館の小説の中には、苦い終わり方だったり、もしくは本当に救いのない終わり方もあるけれど――それらも悪い作品じゃないけれど――やはり僕は、幸せな終わりを迎えてあげたい。

 その始まりが別の、それこそ過去のあるお話を元にしたとしても、僕が文字に起こした瞬間からは、僕も無関係じゃない。だからこそ、幸せを描く。自分が導く世界の果てが、哀しみに包まれないように。


「ただ――もう少し勉強をした方がいいかな。言えた事じゃないけれど、誤った字も多かったし」

「え、そうですか!?」

「うん。でも、いいお話だった」


 夕焼けの太陽のような瞳は、どこか虚空を見つめているように感じられた。まるで僕の描いた世界の幸せに意識を寄り添わせているみたいに。喜ぶ半面、そこまで感情が移入できる作品だったのだろうか、とも思う。

 頭の良い少年が、ある時、とある大発明をする。それは元々、身体の弱い少女のために造ったもので、それを上手く使えば少女の体調も回復できる品物であった。しかし、それを悪用する者が現れて少女も連れ攫われてしまう――ここまでが僕の集めきれた資料だった。その大発明はどうにも僕達の使っている言葉とは違うようで解らなかったが、僕はこのストーリーにヒーロー性を見出したんだ。

 僕はその大発明をMエムHエチMエムに置き換えて、少女を守る兵器という事にした。そして少女と一緒にそのMHMは奪われてしまうけれど、少年は残っていたパーツでもう一機を造って、それで少女を取り戻しに行く――という感じに纏めたのだ。我ながら冒険小説を好んで読んでいた時期もあったからか、こういう作風に落ち着いたけど楽しく書けたと思う。文字が滑らかに進んだのだから。

 最後は悪役との決闘の果てに少女を取り戻してハッピーエンド。ちょっと陳腐かな、と思ったけどシンプルに幸せにさせてあげたかった。なぜなら、これが僕の最初の作品だから。


「かつて、世界を彩る者がいた。それを人々は芸術家、と言ってたかな」

「アーティスト、ですか? 絵を描いたりしている」

「そう。絵、音楽、映画、文学……それは必ず必要な物ではないけれど、確かに人々の生活に色を生み出していたんだ」


 図書館の中にあった色を持った絵、生きる文字たちを思い出す。思えば、あれもまた芸術の一旦だったのかもしれない。僕は気づかずに、あれらを見ていたのだ。

 リシティの言った通り、決して彼らは必要な存在ではない。非生産的であり、生きる上で行う活動とは違う活動をしているのだ。だけども、かつての世界にはそのような人がたくさんいた。


「何かを描くという事は、絵にその時を残す事に等しい。筆は描き手の感情を示し、絵の具はその心に従って無地のスケッチに形作る。描かれたその一瞬は、その一瞬のままで在り続ける」


 絵には意味があると思う。誰かの怒り、悲しみ、喜びに嘆き、もしかしたら驚きもあるかもしれない。だが、そこには描き手の感情が内在している。そしてそれが形となって、その一瞬を作り上げるのだ。


「何かを奏でるという事は、音に心を伝える事に等しい。風は歌い手のメッセージを受けて、メロディはそこに意味を込めて、音符を形成する。何かを受け止められる者に、自身の想いを伝えられる」


 音楽――母がかつてしてくれた子守唄を思い出す。あれも、安らぎを示す意味があったはずだ。音は、人々の想いを伝播させる芸術。僕には出来ないけど、それはとても尊い事のはずだ。


「何かを書くという事は、字に意志を乗せる事に等しい。手は書き手の想いに従い、紙はそれらを写す媒体だ。君がやっている事と同じ、何かを残す事。想いを、一瞬を、メッセージを――」


 リシティはそう言って、虚空を見つめているような瞳に光が戻る。何か、酔っているように感じられた。僕も言えた事じゃないけれど、どこか、そう……彼にしてはあまりにも流暢な一人語りだった。

 ボサボサの白髪が、僕の瞳を見る。その目は先程と違って、どこか綺麗だった。


「君みたいな人が、これからの世界を彩るのかもしれないね」


 僕はまだ、その言葉の意味が解らなかった。確かに外の灰色は、キャンパスとしては絶好の場であるのかもしれないけど、それは抽象的なお話であって。それに僕は描き手じゃなくて、書き手だ。灰色の上に、黒い文字を写す事しかできない。

 ただ――


「僕も、その彩りを生み出せますかね?」


 彼の言葉を聞いて、少なからずとも影響を受けた。僕もまた、かつてこの世界に色を振りまいた存在になりたいと思ったのだ。小さな夢だった。親に言ったら怒られそうで、友人に言ったら正気を疑われそうな。でも、誰もが抱けない夢だった。

 リシティは小さく頷いた。


「世界は終わったけど、それでも世界は続いている。君が何かを成すならば、世界を知るべきだ」

「旅人……ですか?」

「……オススメはしないけどね。選択肢は君に託す。この国でも、物語は書けるしね。でも――」


 それはたぶん、今の僕を形成する言葉なのだろう。


「誰もが知らない世界を創る事が、物語になるんじゃないかな?」


 かつての賢人が、未来に想いを馳せてSFを書いた。現実にはない世界を追い求めてファンタジーを書いた。あり得ないと思える謎を見せるためにミステリーを書いた。自分には味わえない人生を知るためにドラマを書いた。

 誰もが、自分が知らない世界を創っていた。今のこの世界はとても狭くて、誰もが知っている世界だ。それらを目指すなら、僕は知るべきなのだろう――外の世界を。



――――――――Next――――――――



 白髪の旅人から教えてもらった、外の世界の情報を纏める。あの後に教えてもらった事を文字に起こす。忘れないために。いつか叶える夢のために。

 それは果てしなく途方のない夢だ。まだ親には言っていない。たぶん、いや絶対に反対される。親不孝者と罵られるのは確実だろう。それは自分でも重々に承知だし、今の自分は親不孝者なのだろう。

 彼らが国を去り、国はまた静かになった。図書館にはあの後、数回しか行っていない。今はそれよりもこれからの事を考えるべきだ。原動モーター機付ホイール二輪車マシンの性能を上げるために父に内緒で改造していっている。ご飯の蓄えも密かに溜めている。缶詰なら長く保つし、水もいつでも持ち出せるように毎日入れ替えている。

 旅に出たい。それが僕の夢だ。もっと先になるだろうし、もしかしたらできないかもしれないけど――それは途方のない、果てしない夢だけども。

 だから――


「――MHM?」


 その出会いは必然だったのだと思う。

 赤き姿をした、鳥と人の姿を併せ持つ機械。二人組目の旅人との出会いは。

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