『MHM』

 湯気の立つコーヒーを口に含み、満足げに微笑むリシティはどこか優美な雰囲気を纏わせていた。その横で、カップを両手で持ってごくごくとミルクを飲むエメとは大違いだ。今更ながらアンバランスな二人だ。


「もう一つの内的要因の話、どうする?」

「……聞きます。僕は、知りたいです」


 先程の話を聞いて、僕は恐怖と一緒に興味を持ってしまったらしい。怖いもの見たさ、なのだろう。不謹慎だけども、救いは無いかもしれないけど、聞き届けないといけない。そんな気がして。

 眼鏡越しに見えた白髪の下の表情は、どこか優しさを覚える笑みだったと思う。


「とはいえ、この話はあまり多くは話せない。謎な事が多くてね。そうだ、これを君に渡しておこうか」


 と言ってリシティは、その羽織っている茶色いローブに手を突っ込んで何かを取り出した。酷くボロボロな、本状の物だ。紙質が図書館に保管されている本よりも酷い。

 手に取り、慎重にページをめくっていくが、書いてあるのはよく解らない文字の並びだ。


「これって?」

「その国に残された記録……とまでは言わないけど、大事な誰かの証だ」

「中の文字……なんか変ですよ?」

「うん。それは、君が翻訳してみたらいい。恐らく、昔の言葉だよ」


 そう言われると何だか試されているようであった。過去の資料を漁ればどうにかできそうだけど、どうだろうか……僕だってがり勉とは言われているけど、さして聡明ではないし。


「勿体ぶる事なんですか?」

「端的に言えば、最悪な国だよ。国自体は豊かであったのに、ちょっとした事で崩壊した」

「……人が、殺し合ったとか?」

「いいや。それより酷い。人の尊厳を無下にした、機械の反乱だ」


 人型の機械が人に氾濫する小説を読んだ事がある。それに似たような事なのだろうか。

 僕達の思い浮かべる機械はMエムHエチMエムなわけだけど、あれが反乱を起こすとなると恐ろしい物がある。人にとって、機械は、自分達で生み出してしまった人以上の圧力を持つ兵器だ。機械に意識はないという考えがあるから脅威ではないと思うけど、リシティが言ったような機人獣きじんじゅうの考えだと納得してしまう。


「あれが最たる酷い例だった。国を喰らいつくすのではなく、掌握するとはね。正直、あの機人獣が外へ出るなんて考えていたら、どうしようもなかったのだろうね」

「その言い回し……リシティさんは、その機械と戦ったんですか!?」

「ん、そうだけど?」


 さも当然にそう言う。いや、確かに旅をするのだから、戦力はあると思っていた。それこそあの狼男型のMHMを使って戦闘をするのならイメージしやすい。

 いや、それでも恐ろしい事だ。我が国のMHM、緋蝗ヒコウは生産こそできているが、骨人コツジンと戦えるのかと言えばそうではない。実戦能力は未知数であり、果たして骨人と渡り合えるのかが解らないのだ。国民を犠牲にしかねないからだ。


「リシティさん。良ければうちのMHMを見てくれませんか? 色んなMHMを見てきた人の意見が知りたいんです!」

「……ライト君って、どこか積極的だね。顔に似合わず」

「え、そうですか?」

「うん。微笑ましいよ。その好奇心は大事だ」


 その言葉は、とても嬉しい。嬉しくて、思わず礼をしてしまう。そんな様子をミルクを飲み終えたエメが、不思議そうに見つめていた。そう言えば、この子はどういう子なのだろうか。

 この疑問はこの時には語られない。それは至極当然であり、いずれその理由を知った僕は、同時に彼との出会いに感謝した。それは、また別のお話。



――――――――Next――――――――



 MHMの生産は、一つのフレームを中心にして装甲を張り巡らせていく感じだ。緋蝗はサーペントフレームと呼べる球体を幾つにも繋げたフレームをベースに造られている。脚だけは特別な使用で、逆関節を採用しているためフレームは使われていない。

 その現場を見てリシティは、なるほど、と呟いた。


「場所によって造り方や形状に違いは出る物だね」

「どこか別の国で、MHMの生産をしている国があったのですか?」

「うん。この国の次くらいに栄えている国だ。そこでは、ここのように細いMHMじゃなくて、太いMHMを造っていた。山があったからね。資源は大量にあったのだろう」


 山という物をこの目で見た事はないがイメージはできる。そこではMHMの製作や日用品の材料を採る事ができるらしい。我が国では大地の下へ掘り進めて得ているので、凄い事だ。

 しかし、リシティはその国よりも、我が国の方が栄えていると言ったので、少しだけ誇らしくなる。


「おう、ライト」

「父さん」


 そこに声をかけてくるのは、MHMの生産場を取り仕切る父の姿であった。藍色の作業服に身を包んだ父は、どこか油臭い臭いを漂わせている。作業をしてきたのだろう。

 そんな父に、リシティは冷静な声で問う。


「なぜ、MHMの生産を?」

「それは、外の世界にいる骨人を打尽するためですよ。同じ大きさの機械を奴ら以上に数を揃えて使えば、どうにかなる寸法だ。大量生産すれば、あいつらもぶっ殺せるからな」

「ふむ……そうですか」


 父の過激的な発言を涼しく流す赤目の少年は、怯えて腕に抱き着いているエメの頭を撫でた。帽子越しだが、その撫で方は優しい。リシティの目は笑っていなかった。その様子は、僕以外の誰もが気が付いていないように思える。

 彼にとってMHMの生産は想うところがあるのだろうか。確かに、先程の考えを想うと、危険極まりない行動ではあるのだが、自衛戦力を用意するのは間違いじゃないはずだ。


「んじゃ、仕事があるんで戻ります。ライト、気を付けてな」

「うん」


 父が残した作業の元へ戻る。流石は僕の父、勤勉だ。

 リシティはそんな後ろ姿を見つめ続けて、僅かながら手を振っていた。


「MHM、嫌なんですか?」


 僕の唐突な問いに、リシティは一度驚いた様子だったが、小さく咳払いをして先程の笑顔に近しい笑みをを浮かべる。


「いや。ただ、これを使って管理者アドミニスターと戦おうとする人もいるんだね」

「あー、はい。正直、どうかと思いますけど」


 正気の沙汰じゃない。戦争なんてなってみたら、この国はどうなるか。これまで安定した環境であったこの国は崩壊する未来しか見えない。それこそが、リシティの危惧する停滞ゆえの破滅なのだろうか。


「そうだね。どうかと思うよ」

「これ、なんだかへんー」


 リシティは短く切り上げて、飛び跳ねてるエメの頭をなでる。かっこいいから興奮しているのか、それとも変だから興奮しているのか。答えは彼女の言葉の中にあるだろう。

 ただ言えるのは、リシティ・アートにとってMHMは特別な物であり、思うところがあるのだろう。次に行こうと、これまで僕に言われるがまま動いていた彼が、唯一僕に言わせた言葉であった。

 日は沈み、その日の散策はそれで終わる。旅人の二人とは別々の部屋になった僕は、ただ明日の散策を心から待ち遠しくなっていた。彼の話は新鮮で刺激になる。メモ帳に今日知った事実をメモしていく。翻訳も進めないといけないが、この興奮した思考ではまともな翻訳にはならないと思って諦める。

 まだ、僕は旅を漠然としか理解していなかった。彼らが歩いてきたあの灰色の大地は、いったい誰の物だったのか、知らなかったからだ。知っているのはかつてを語る図書館の本と、別の部屋で眠っているであろうリシティだけであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る