後日談―After tale―

骨人―Consideration―

「――思えば、僕達と彼らの関係は、へその緒に繋がれた関係だったんじゃないかって思うんだ」


 少年が、ソファに座りながら相対する少女に語りかけていた。


「へその緒? って、確か、赤ちゃんが生まれる時にへそに繋がっている物……?」

「そう、それ。母胎に繋がれていたのは、僕達なのか、それとも彼らだったのか。その答えは出そうにないだろうけど、僕は、そう想いたいんだ」


 少年は、彼ら・・の話を楽しそうに話す。少女はそんな彼の雰囲気が微笑ましく感じられたのか、彼の語る彼ら・・の話を真面目に考える。


「……私は、彼らがお母さんかなって思うの。私達は、彼らの下腹部の操縦席でずっといたんだもの」

「確かに。そうかもしれないな。人間が子を産む時、下腹部に子を宿す。そう言う意味では、僕達は彼らの子でもあるのかもしれない」

「そうかも。人間が人間の子を産むんですもの」


 少女の笑みは、少なくとも悲しみも混じっていた。少年はそれを察してこそいるが、あえてそれを口にしない。もう、何度も考えたことだ。そして変えられない事。


「そう考えると、僕達は自立したという事なのかな?」

「もしかしたら、迷ったと思ったから追ってきただけかも」

「あぁ、それならとても自然だ。幼少期の子供はとても好奇心が旺盛だから、すぐにどこかへ行ってしまうらしい。それがあの時の自分達……か。確かに、外に出る自由、君と愛し合える自由を手に入れたんだ。どこかへ行っちゃうよ」


 少年はあの日の出来事を想起する。彼ら・・から逃げ出して、近くにあった研究施設に入り込んだこと。最初こそ、何もないからと言ってすぐに出ていくつもりだったのに、なぜかあったコーヒーメーカーを気まぐれで修理してみると、とんでもないロストテクノロジーだという事が判明したのだ。

 少年達はそこに使命を見出した。この技術が、人間の手に渡らないように、という。それは、時代から外れた彼らだからこそできる、人間の時代の存続を願う行動。


「……今思えば、僕らは彼らに悪い事をしてしまった。ここまで、一緒に、大事に、育ててくれたのに……親不孝者って言うんだろうね」

「お墓参り……いく?」


 少女の提案に少年は俯きながら頷いた。もし、そこに涙と言う行動が起こせるだけの仕様であれば、一滴だけ、それは床に落ちた。



――――――――Next――――――――



 そこには残骸の山があった。かつてそれは周りの背景に溶け込むようにあったが、今やその灰色は目立つようになってしまった。僅かにこびり付く苔、それを住処にしている小動物がちょろちょろと動き回っている。

 少年と少女の手には白い花が握られていた。それらをその山の前に添える。


「長い刻が過ぎた……やっと、君達の目を見つめる事ができた」


 少年は碧色の瞳を、その残骸における顔と思える空洞に向ける。もはや人の顔の輪郭などなかったが、それでもそれが顔だと認識できた。


「君達が本当に何者なのか、終ぞ解らなかったけど……それでも、僕達にとっては関係がないで済ませられないと思う。君達は、一体なんだったのだろう?」


 応える者はいない。鋼の山は自然に溶け、もはや物を言わない遺跡になっている。いや、機械は何も言わない。何も言う意志など無い。

 それでも、確かに彼の目は見たのだ。あれらが意志を持って動いた様を、その果てを。


「骨の姿をした――人を似せて作ったその骨組みの巨人達。僕は君達のおかげでここにいる。彼女と一緒に、ここにいる」


 砕け散った骨の残骸は動かない。飛んできた青い鳥が俯く少年を見つめて、またどこかへ飛んで行ってしまった。

 そんな彼の詰まる言葉を代弁するように、少女は手を重ねて祈る。


「だから、安らかに、眠ってください……私達は、ここで生きて・・・います……ありがとう」

「ありがとう、僕達の巨人」


 物を言わない骨の山は、結局動きやしない。少女の祈りも、願いも、届く事はない。

 朽ちた機械は動き出す事はない。ましてやそれが奇蹟を起こしたとしても、それが彼らの知る骨の巨人とは限らない。祈りは空に溶け、願いは風に消え、赤き瞳は碧目の彼の右手を握る。


「たとえこの言葉が届かなくても、私達の懺悔には意味があると思う。そう、思いたいの」

「……そうだね」


 それは、たとえ勝手な思い込みだとしても。そう思う事は罪じゃないと信じて。

 墓参りを終えて、少年と少女は手を繋いで彼らのいるべき場所へ帰る。

 彼らは知らない。紫色の瞳を。それが、灰色の鋼の山からにじみ出るように天へ昇る様を。

 機械に心が宿るのか。機械は夢を見るのか。機械に魂は宿るのか。その答えは、機械であってさえも解らない。けど――


「帰ろう、ミレイナ。明日がまだ続いている」

「うん、ツクヨミ。まだ明日が見える限り、一緒に」


 かつてRC2943とRC3017と呼ばれていた二人のアンドロイドは、人として自然豊かな大地を歩く。土は茶色、山には緑が生い茂り、風は健やかに涼やかだ。

 空は、青い。どこまでも澄み渡る。世界は終わったのだ。それは、彼らも一緒。

 機械として生まれた人形は、人として世界に在る。それが二人の生きる、という事であった。

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