同居―Newlywed―
「――僕達は人間ではない。所謂、アンドロイドというべき存在なんだ」
弔いを終えたリューク達は、ミレイナの待つ施設に戻り、再びテーブルを囲んでミレイナのコーヒーを待っていた。その中でツクヨミはその淡い緑色の瞳に影を落としながら、自嘲気味にそう呟いた。
イビルは開けた瞳を鋭くする。リュークもまた口を閉じた。彼の独白に、リューク達の陽気な空気は必要ないと察したのだ。
「アンドロイド……SF系の映画で見た事があるな。人の形をした機械……って事でいいんだよな?」
「あぁ。概ねその通り。僕達はある人物をモデルに形作られた、人工的な生命体――君達が乗る、
機械の姿をした人間という獣であれば、アンドロイドもまたそれと同義である。それこそ、
「だが、機械にしてはお前とミレイナは人間みたいに考えを持っている。そりゃ、
「リュークが見たのは、自意識を有さないロボットの映画なんだろうな」
「あぁ。ついでに、とてもじゃないが人には見えなかった」
リュークは巨大ロボット系の作品が好きである。彼から自慢げにそれらの話をされていたな、とイビルはおぼろげな記憶を辿る。その中で銀色の人型で同等身のロボットが出ていたはずだ。残念ながら、お掃除ロボットだから手は箒とモップだったが。
映画馬鹿では話が脱線しそうなので、イビルはわざとらしく咳払いをした。
「それで、どうしてあなた達はあなた達となれたの?」
「人格は最初からあった。自由こそないが、僕達は同胞と会話をしていたし、ミレイナに僅かな好意を抱いていたのは事実だ……けど、自由がなかった」
「自由? 人に使役されたと言うことか?」
「いいや。確かに使役していた存在はいた。僕達は、彼によって人としてではなく、道具のような生活を送っていた」
機械なのだから、道具のように扱われるのは仕方がない、とリュークの耳には彼の言葉がそう聞こえた。それは諦めなのか。それともそういうような固定された思考を持たされていたのか……少なくとも、人間であるリュークには解らない。
だが、イビルはそんな彼の独白に小さな疑問を抱く。
「その使役していた存在……乗っていた機体……ハッキリと聞くけど、あなた達の使役していた存在って――」
「その通り、
イビルはやっぱりと言った様子で目を細めたが、リュークは言葉を失ったように目を見開いていた。その名は、決して頭の良いとは言えないリュークでも知っている。国の外の知識を有していない彼でも、その名前は幼少期から聞かされていた。
管理者。世界を管理する者。人を管理する者。かつての世界を滅ぼした者。人を国に押し込めた者。鋼の荒野の主。
「待てよ……それじゃ、お前達は知っているのか、そいつを?」
「……ここで頷けたら、僕は君達の御礼をしてあげられるんだけどね……残念だけど、僕達は知らない。僕達は、組織的には下っ端だったからね」
その言葉を聞いて、リュークは興奮した心が冷えていくのを感じた。失望とかではない。燃え上がる好奇心が、ありふれた現実で消化されたにすぎない。それを聞いてどうするわけでもないし、重要なのはそこではない。
「話を戻すと、僕とミレイナは骨人を使って、この付近の散策をしていた。任務は、国の外に出た人間の始末。リュークも知っているんだろう? 管理者の眷属の事」
「否が応でもな。親が、友達の親が、先生が、爺さんが、皆してあれは危険だと言っていた。あれは人間の敵だって……そういう意味だったんだな」
イビルもそれについては知っていた。国の中で伝わる外の情報は、一面が瓦礫の荒野である事と、骸骨の騎士のようなMHMが徘徊している事。そして、管理者なる者が世界を支配しており、あれらはその手足であるという事だ。
だから旅をするなんて馬鹿げた人がいるとは思ってもいなかったし、人は国の外に出る事は無かった。出されるとしても犯罪を犯した人だけで、それも稀だ。思えば、自分達が平和な毎日を過ごしていたのは、それのおかげなのかもしれない。
「僕達はいもしない大地を歩き回った。自由は無かった。モニターのおかげで、ミレイナの顔も知っているし通信はできたから、孤独感は無かったけど……外に出る事など無かった――でも、ある時にそれが出来た」
頭に圧し掛かる鎖が千切れたようだ、と彼はその感覚を喩えた。管理者からの束縛が何故か消えて、できないと思っていた骨人からの離脱ができたらしい。
それはミレイナも同じだった。二人は見えもしない月夜の下でお互いを抱き合った。それこそが自由の象徴であった。その行動こそが、彼らが今後どうあるかを決める道標であった。
「――僕達は、人間でありたいと思ったんだ」
ツクヨミがそう小さく言う。テーブルに湯気の出ているコーヒーが置かれて、ミレイナは小さな彼を慈しむように腕を絡ませながら隣に座る。
人間であるリュークからしたら、そこに何の違和感もない。恋する乙女であるイビルからすれば、むしろ自分よりも素直に愛情表現ができている彼女の方が人間らしいと感じた。
「どうぞ。コーヒーは大好物なのですよ」
「ありがとう、ミレイナ。このコーヒーと言う文化は、恐らくオリジナルと同じ好物なんだろうけども、それはそれだ。僕とミレイナは、これからを人間として生きていくことにした」
「なるほど……大体理解した。なんでコーヒーメーカーを最初に起動させたのか、とかな」
ご飯が必要ないから、舌に残る味覚を求めてコーヒーメーカーに出会った。彼らにはそれさえあれば良かったのだ。それ以外を触って、変に今の環境が壊れない事を想って、増幅する好奇心を抑え込んで、ただ古びた機械に囲まれて幸せに暮らす……。形こそ歪だけど、そこに幸せは確実にあった。
だからこそ気がかりなのは、なぜ追われていたか、である。
「では、なぜ骨人に追われてたの? 骨人から降りたのだから……」
「うん。その後、この施設を見つけて暮らし始めた――けど、大きな作業をするなら骨人を使うと言う考えを思いついたんだ。だから置き去りにした二機の元へ二人して向かうと……」
「動き出したんだな。乗ってもいないのに」
「うん」
そこへ朱鳳が現れて撃退した。それからはリューク達も知っている。
なぜ骨人が動き出したのかは解らない。だけど結果的にそれらは完全に沈黙した。この一件によって、二人の施設生活は安泰となった。
それは喜ばしい事だ。リュークはそう想うと、豪快に笑いだした。突然の相棒の大口の笑いに、イビルは目を疑う。
「ハッハッハッ! いやぁ……良かった。これにて、一件落着だな。ハッピーエンドだ」
リュークの中に燻っていた、自分は果たして正しい事をしているのかという疑問。彼らは本当に味方なのか。あの動き出した骨人を倒して良かったのか。感情豊かであり、思い詰める性格であるリュークは、考えもせずに彼らを助け出すと言う行動に僅かな失念を抱いていた。
それが、イビルの安全に繋がるのは言うまでもない。勿論、自身の命も。それが、見事に救い出した二人のこれからを繋げたと思うと、笑いたくなる。
「……なぜ、笑う?」
「あぁ笑うさ。ツクヨミ、お前達は俺達以上に人間だ。だって、大事な人がいて、構える住居もあって、語り合える――国の中の人間と同じだ。終わりよければ全て良し。俺は、お前達を助けられて良かったと思うから」
その言葉にイビルは僅かに目を伏せる。小さな。本当に小さな一言だけど、まるで自分達が人間じゃないような言い方が、どこか心苦しかった。
――――――――Next――――――――
「それじゃ、私達はここで生きていきますので」
ミレイナが晴れやかな笑顔を向ける。ツクヨミも同じく、向き合う朱鳳の顔を見つめながら笑った。
「リューク、イビル。僕達は君達のおかげで人間として胸が張れる。終わりよければ全て良し……終わりも人間らしくあってみるさ」
機械に終わりはない。だけども、ツクヨミはそう宣言する。その思考こそが人間だ。いつか来る終わりを想い、大事な人とその日を迎えるまで、大事な思い出を残す。
操縦席の中にいたリュークは口角を上げた。操縦席の中にある缶詰――施設の中にあった缶詰の自動販売機から出てきた――を見て笑ったわけではない。彼らの新婚生活を祝福して。
朱鳳は甲高い声を上げて翼を羽ばたかせる。高くなる赤き鳥に、白髪の二人組は手を振る。その振らない手を繋いで。彼らが肉眼で視認できるまで――
「ねえ、リューク」
灰色の空に戻ってきたリュークに、イビルの弱々しい声が聞こえた。お腹いっぱいに缶詰を施設の中で頬張ったので上機嫌のはずだ、と彼は考えていたのだが、イビルの不安げな声は明らかにそれではない。
「どうした? お腹痛いのか?」
「違うよ! ……さっき、私達は人間じゃない、みたいな言い方をしたよね?」
「ん? ……あぁ」
何を言い出すのか、と思ったが、リュークは忘れていた。彼女が自分の姿に多少なりともコンプレックスを持っていた事を。自分は他の人と違うから、と彼女は思い詰めていた時期があった。
鳥の特長を有する彼女は、確かに人間と言えないかもしれない。リュークだって、最初は驚いた。だけど、リュークからすればイビルはイビルであるし、人間かどうかの問題じゃないと思っている。
「俺達は旅人だ」
「え?」
「あいつらみたいに、どこかで住んでるわけじゃないしな。俺からすれば、今の俺達は人間とは呼べねぇんだよ。
精神的な話だ。そうイビルが気づいたのは、彼が次の言葉を言うか否かのタイミングだった。
「だから、二人でどこか、ゆっくりと永住できる国を探さないとな。それまでは旅人だ」
「え……あっ……ふぇッ」
立て続けにくる衝撃に、イビルの頭はパンク寸前であった。
彼が鳥人の自分は旅人であり、彼含めて二人は旅人という種であると言うのは理解した。
だから、あそこで暮らす二人は人間であると言う意味も解った。
だから、だから――その後の言葉が、頭の中に染み込むと、彼女の肌色の顔は髪と同じ真っ赤に染まる。
「……きゅぅ」
「ん……おい、イビル? どうした? 返事しろよ、おいッ!」
唐突な告白――意味を深く考えれば、だが――にイビルはミレイナの瞳以上に耳が赤に染まる。
それをリュークは解らない。何せ、彼からすればそれは当然の目標である。それがこれからも一緒に生きていこうという、聞き方次第では愛の誓いになる事に気が付いていない。
「あほー。あほー」
ただ一匹、朱鳳だけがそれに気が付いており、騒がしくも愛らしい主達を、呆れも込めてそう鳴き世界に響く。リュークは焦りから、イビルはショートしているからか、そんな鳴き声に気づかない。
翼の生やした赤き旅人は灰色の空を行く。赤い光の軌跡は、僅かにも灰色を赤色に染め上げたような気がした。
―――――――Next Destination―――――――
「大量生産すれば、あいつらもぶっ殺せるからな」
「これ、なんだかへんー」
「変な……趣味ですかね?」
「君みたいな人が、これからの世界を彩るのかもしれないね」
輝きし国―Create Human―
「これは、僕が、
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