離別―Bereavement―
ツクヨミと別れて数分が経ち、リュークは相棒を暗闇の中で見つけた。長く腰まで落ちる赤毛のそれは、背中から開かれる彼女の翼と同じ色であった。鮮やかな赤。天井に見える黄昏色の如き、揺るがない彼女の色。
ツクヨミはミレイナを好きと言っていた。それはリュークも同じだ。リュークもまたイビルが好きだ。だが、自分一人では旅をする事はできない。だからこそツクヨミを尊敬するし、何よりも彼が選ばない選択肢を選ぶ。
「イビルッ!!」
「リューク!」
自分よりも背丈が低い彼女が抱き着いてくる。これほど愛らしいものはない。そう想えたのはかつての故郷を失ったからか。それとも旅をして、彼女が自分にとっては必要な大事な人だと思えたからか。
その答えは、未だ見つからない。だが、オールバックな黒髪の青年は彼女に告げる。
「地震の原因は昨日倒したあの骸骨だ。今、ツクヨミが囮になってくれている」
「……なら、行かないとね」
共に戦ってくれ――その意味の言葉を彼女はすぐに飲み込んだ。彼女は自分よりも頭がよく、そして察しが良い。だが、動き出すのはリュークの意志があってこそだ。二人の意志が揃った瞬間、
リュークの視線の先には、赤い瞳を持った少女がいた。ツクヨミと同じような顔立ちをしていながらも、その白髪は長く、それでいて少し大人びている。ミレイナ。ツクヨミが自身の命を懸けてでも護りたいと願う、彼の想い人。
「ミレイナ。コーヒー、四人分を作っておいてくれ」
「……ツクヨミは死にに行ったのでしょうか?」
それはたぶん、ミレイナにとっても同じことだ。彼らはお互いを想い、お互いを必要としている。だからこそツクヨミの行動を見たリュークに問う。ツクヨミを救えるのか、と。
その答えを、何よりもツクヨミの行動の意志を知るリュークは微笑んで見せた。
「生きるためだろ。大丈夫、コーヒーの代金分は戦うさ」
その言葉を言いきると、リュークとイビルは朱鳳の元へ走る。時間はあまりない。ツクヨミがいかに人間離れした存在でも、姿形は人間そのもの。
イビルが背中の翼を使って胸部まで飛び、そしてリュークは装甲を伝って下腹部の操縦席に至る。慣れ親しんだ操縦席に座り込み、リュークは小さな安心感を覚える。
消えているモニターは、目覚めを待つ雛鳥のようであった。何も映らない。ただ静寂にして夜中。幻の世界に揺蕩う、機械の心象――否、
さぁ、喚起の時間だ。
「ただいま、だ。朱鳳。さぁ、目覚めろ」
そのリュークの言葉に、消えていたモニターが点滅する。夢見る機械の微睡みは終わりだ。人の姿をした鳥は、その瞳を黄色に輝かせ、
「キュォォォォオオオオオオンッ!!」
と目覚めの産声をあげる。この曇天にして灰色の世界に響き渡る、赤き歓喜は逃げ惑うツクヨミの耳にも届く。背後から迫る、四脚四腕の元相棒である異形なる骸骨の先に、自分達を救ってくれたあの赤色の翼が目覚めた事が、彼にとっての希望となる。
何度もこける。砕かれた瓦礫を必死に歩む。何度も転んだっていい。それでも、歩みを止めない。
それがどんなキッカケかは解らない。それが何の奇蹟かなんて知らない。それが何故起こったのかなんて気づかない。だけど、確かに胸で感じた心を、ツクヨミは知っている。それは人が言う恋であり、人が持ちえる愛なのだから。
だから――施設から遠ざかるように逃げる。愛する人を巻き込みたくはない。元相棒の骸骨騎士が何ゆえに復活したのか、それは解らない。だがそれは災厄をもたらす物だ。戦う力、ではない。自分達にはもはや不要な器なのだから。
『こっちを向けえェッ!!』
可能性を託した男の声が反響して聞こえる。白髪を波立てながら、少年は後ろへ振り返った。四脚の骸骨騎士も同じ方向を見ていた。叫びの向こう。赤き鳥が飛翔する。炎を吐きながら。
ツクヨミの焦燥とした表情が落ちていく。それは確かに、彼の瞳に映る。赤、橙、黄――曰く、暖色に構成された機人獣が灰色を侵そうと攻撃する。
『くそッ!』
だが、口ばしから放たれる炎の弾丸は、灰色の鎧を超える事はない。ツクヨミは知っている。人が最初に再現した自然現象こそが炎。ゆえに、対人兵器である
化け物と化した相棒は、両右腕に持つマシンガンで
『なら――』
今度は少女の声であった。イビルが歯を食いしばるような声を出しながら、朱鳳に働きかける。人型の姿をしていたフェニックスは、突如として上半身を前に折れた。同時に顔は前方を向く。腕に相当する部分は、翼の裏に隠れる。
まるで、獲物を欲するために足を伸ばす猛禽類であった。態勢が低くなった朱鳳はマシンガンの引き金が引かれようとした瞬間、口ばしを金色に輝かせて、開かれた翼にあるスラスターから大量の炎を噴出しながら突っ込んだ。大地に残った足が、引き摺られて大地の瓦礫を吹き飛ばす。
『食らえよォッ!!』
青年の雄叫びに応じてなのか、骸骨騎士の開けた間合いをそれは突き進んでいく。四脚に支えられた金属の肢体が勢いで浮き上がる。人が乗る機械の獣が、人を失い求めた獣を押し飛ばしていく。
その光景をツクヨミは見た。自分達には選べなかった選択を。受け入れられなかった存在を駆る、若き旅人達の姿を。だからこそ――必然に彼は左手を伸ばす。
『ツクヨミィッ!』
共に趣味を語り合った友が手を伸ばす。朱鳳の翼に隠れた左手がこちらに伸ばされる。勢いは死んでいない。行くなら今。共に、彼らに引導を渡すのは――今。
「――僕はッ」
その行動に大きな意味はない。このまま行けば、二人が髑髏を倒すのは必定。邪魔なる障害は排除されるだろう。だが、その場に居合わせなければならない。そう思ったのだから、彼は急速に進む左手に飛び乗る。それこそが、ツクヨミという存在の行動と信じて。
『タァッ!!』
瓦礫を押しのけながら進む脚を錨として、速度を抑えた朱鳳。その反動で吹き飛ばされる骨人を余所に、白髪の少年を乗せた左手はリュークのいる操縦席へ導かれる。
コックピットを守っているシャッターが開き、心配そうな表情で迎えるリュークをツクヨミは不敵に笑いながら、その薄い緑色の瞳で彼を見つめる。
「悪いけど、同乗させてもらうよ」
「あぁ。こっちも悪いが、あいつを倒す手立てが解んねぇ」
「そうか……なら、行こうか」
リュークがツクヨミを引っ張り上げて、彼を操縦席の座席にしがみ付かせるようにさせる。一人乗り用なので、ギリギリである。ツクヨミがミレイナ程の大きさであったら、入りきらなかっただろうと言えるぐらいには余裕がない。
どうにか操縦席のシャッターを締め切ったら、モニターには朱鳳とイビルが見ているのであろう異形の骨の集合体の姿が映った。無理矢理な融合であったのか、最初こそ安定していたように見えるその姿は、大きな攻撃を受けただけで崩壊を始めていた。
その姿を見て、ツクヨミは自分と愛する人を縛っていたそれが哀れに見えたのだ。あれは、たぶん、自分達を求めていたのだ。最初に追われていたのも、捨てた自分達を追って来たに違いない。自らの半壊した半身を、彼女の骨人と重ね合わせて、あれは訪れた。
「骨人は……あの、骨人は、胸を攻撃すればいい」
「胸か。イビル、胸を狙うぞ!」
「うん」
過去の残影であるそれは、同時に自身の残滓であった。ツクヨミは震える左手を押さえる。
もう終わりにしよう――心の中でそう呟く。あれは、生まれ落ちてから共に生きた友であった。だけど、もう終わりにする。
人として生きる事を決めた少年は、ただ――友の弔いを友に託した。
「さぁ、終幕だ!」
「意を決した者は」
「友のために灼熱となる!」
「そして赤き鳥は」
「今ここに、灼熱の怪鳥となるッ!」
リュークとイビルの声が朱鳳を焔に染める。開かれた翼は黄金に光り輝き、口ばしもまた光を発する。
さながら亡者に手向ける鳩か。否、太陽の化身か。
ならば、せめて彼を楽にしてくれと、白髪の少年はそう願う。業火に包まれた清浄なる鳥は、動きを止めた骨の魔人へと突き進む。
操縦席にしがみ付く中、ツクヨミは小さき過去の砂粒を想う――骨の姿をしたそれは、
「――さようなら」
もう一人の、自分だったのだから。
少年の呟きは砂粒になって消える。貫いた赤き鳥は、翼から白煙を巻き散らしながら崩れ去る骸骨を見やる。腹だけではなく、胸すら貫かれたそれは、腐りゆく人体に思える。
少年は目を伏せた。弔いは終わった。機械の命は燃えやしない。だからせめて、その魂が天へ昇る事を祈り、ツクヨミは目を伏せた。
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