『旅 ―機械と人―』より

「汚れた国 パラシテオクトプス」



 ある友人に近づいてはいけない国を紹介された事がある。

 なぜ、と問うと、彼は毒のある国は面白くないだろう、と真顔で答えた。曰く、あの国は汚れた国だと。

 詳細に関しては、渡されたとある日記帳と彼の言葉でしか解らないが、それでも大体は察しが付く。ゆえに、私はMエムHエチMエム――原動機付二輪車――でこの国に訪れていない。残念ながら、日記帳に書かれた化け物を倒せるほどの実力はない。

 だが、ただ危険だと記述するのも面白みがないので、日記帳を解読しようと思う。私も執筆家の端くれだ。まずは日記帳の中身を書き写すとする。


(中略)


 読んでいただいたように、至極真っ当な人間が狂っていく様は圧巻である。だが、その真実は最初から化け物であったという悲しいものだ。であれば、このトルス・ノウという人格が書き残した日記は異常性が見えてくるのだ。

 今回は、その解説をしてみようと思う。とはいえ、あくまで私の主観によるそれだ。もしかしたら間違っているだろうし、知識不足もある。国の紹介の中にある、作者の戯言だと受け取ってほしい。


 さて、ではまずは繰り返される「晴天」という単語について。私がこれを書いている時代は、残念ながら空は白か灰、もしくは黒色のものでしかない。そのため青空と言う物を知らないのだが、かつてあったという記録はある。トルスがそれを見たのか――となれば嘘にはなるだろう。友人曰く、国の天井には青いドーム状のガラスが張ってあったらしい。それが、白を基調とした空を青に見せていたのだろう。

 そのため、この国の水の源は地下水であった。私の出身国では雨から得られる水を再利用していたのだが、ドームのそれが邪魔をしていたらしい。今時珍しい地下水があったからこそできた、かつての人類の在り方であったのだろう。


 日記の最初の方に、旅人がいたような記述がある。旅をしながら本を書いている私が言うのもなんだが、この時代に旅人なんてそうはいない。ここからトルスという人間が生きていたのは、旅をして国との交流がまだあった時代ではないかと推測できる。


 また国民が長寿だと書かれているが、これはおかしい。水を飲んでいるだけで百歳を超えられるなど、ありえやしないのだ……と、最初を見ればそうなるが、結果を見れば納得は行く。何の間違いも無い。彼らは水と言う食事も兼ねた栄養素を補給し、肉体を次々に機械に変えていったのだ。機械であれば百年越えてもどうにかなるだろう。それこそ、風邪をひくこわれるばけものもいたり、かんせつが折れる事が起こらない限りは死なないのだ。

 なので、トルスが行った行動は、水だけではなく食事も制限した事になる。彼らからすれば堪ったものではないだろう。


 プー・ソークトは言うまでもない。僕が知るタコと呼ばれる生物の別名、オクトパスのもじりだ。全長がトルスの二倍であるのも恐ろしい異常だ。それに、トルスへの記憶改竄はあまりにも滑らかであり、唯一おかしかったのは話し言葉であろう。これは……トルスがおかしいのか、相手がおかしいのか、解らない。


 トルスがなぜ異常に気付いたのか。瓶の中の寄生体に気づいたかは、彼が居眠りをしてしまい水分を補給していなかったであろう。寄生体に幻覚作用があるのであれば自然だ。幸せな夢を見る薬の接種を止めると、人の多幸感は味気のない現実に絶望するように。彼は、現実を見たのだ。


 二ページ目に入ってから、国民の言動はおかしくなっていく。それはトルスも同じだ。トルスはおかしくなったお婆さんを殺そうと考えてしまっている。恐怖からの感覚のマヒも考えられるが、一番は醒め始めた人間の本能だろう。目の前でタコの化け物がいるのだ。恐怖の中に殺意を抱いてもおかしくはない。


 三ページ目に入ってから急に国民が増えたように感じるが、これはこれまでのトルスの定められた時間計画に異常がきたしたからだ。元来ならお婆さんとプーにしか出会わない彼の世界は、他者の異常に介入されて形となった。

 ゾンビのような男に対して、力無き脚と喩えていたが、この時点で真実に近づいていた事が解る。

 またお婆さんであった物の戯言だが、意味のない言葉を一字一句覚えているわけがないのだ。これは、何度も聴いてきたから、と考えるのが妥当か。内容に関しては……よく解らない。天竺峠、ナイル川、利根川なんて聞いた事がない。だが、友人は柔軟に、そう呼ぶ場所もあったのだろうと言っていた。もしかしたら、遥か昔にはそう言う場所もあったのかもしれない。

 ただ、その内容はおよそ、黒き蛸を意味するのだろう。広がる脚はまさにその図だ。


 黒い吐瀉物は、一見、これまで溜め込んできたトルスの中の寄生体のように見えるが、タコの生態的に、もしかしたら墨かもしれない。あくまで妄想であるが、そう思うのであれば彼の身体は、自分でも認識できるぐらいに異常は表立つようになっているのだ。


 黒蛸コクショウが突然話した、HarrowはHelloのスペル違いに見えるが、HArrow自体には精神を苦しめるという意味を持つ。なんというか、すごく嫌な奴である。

 人間は愚かだと語る化け物の王に同情する心はない。


 以上が私の考える汚れた国の考察だ。

 悲しい話であるが、あの国はもうダメであり、トルスという愚か者が引き起こした結果は最悪を呼んだ。友人は彼を勇者と語ったが、私にはそうは思えなかった。彼が何もしなかったら、彼がうたた寝などしなかったら、彼らは今でも虚飾の楽園で永遠の今日を享受できたはずなのだから。

 私は、この国を避けてMHMを走らせる。ゆえに、私はこの国については解らない。



(追記)

 書き忘れていたのでここに書く。

 最初に解読、と書いたように日記帳に書かれた文字は人の文字ではない。今回記述した内容は、私と友人が解読した物である。聡明な友人を持てて感謝である。



『旅 ―機械と人―』

       著 ライト・アルト

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