外人―Weirdo Android―

空旅―Hunger―

「お、お腹が……お腹がァ……」

「くぅ……くぅ……へにょーん」

「コケー」


 純色たる曇天の空を赤き鳥が飛ぶ。その光景は、かつての人々が見れば奇蹟と呼ぶだろう。それは、伝説上の生き物、鳳凰、朱雀、不死鳥、フェニックスと形容できるほどに美しく、何よりも煌びやかであった。

 が、それは生物と言うにはあまりにも人工的であり、しかし機械と言うにはあまりにも有機的な存在である。MエムHエチMエム――マシンヒューマンモンスター。新たな時代を象徴する巨鳥は、中で操縦する操縦主マスター達と共に情けない声を上げていた。


「あー、朱鳳シュホウって食べられるかぁ?」

「……残念だけど、むりかなー」

「キュキュッ!?」

「冗談だって」

「えッ?」

「え?」


 中にいる黒髪をオールバックに纏めた青年の食い意地の張る言葉に、彼とは別の操縦席にいる少女の声が否定する。彼らを乗せている朱鳳からすれば聞き捨てならないために、反論を意味する鳴き声を曇天に反響させる。

 赤く長い髪を持つ少女は冗談だと笑うが、青年の何を言っているのだ俺は食べるぞ俺は、という反応に思わず素で返してしまう。二人を運んでいる朱鳳からすれば堪ったものではない。


「リュークー……」

「冗談だって。お腹空いてんだから、冗談の一つぐらい言わせてくれ」


 がるるる、と唸る赤髪少女に、リュークは笑いながら苦しい愚痴を吐き出す。

 自分達の滅んだ国から出て数週間。ある白髪の少年から旅をする術を教えてもらい、彼らと同じ方向に飛翔して進んでいたのだが……見事に何もなく、何の収穫もなく、ただ食糧を消費するだけであった。

 旅人の話を聞いていたのは基本的にリュークの幼馴染である少女、さっきの冗談にプンスカと頬を膨らませている赤髪の少女、イビルである。旅のために、お互いに国に残っている全ての食糧を朱鳳に詰め込んで旅に出たのだが……。


「はぁ……食糧って、食えなくなるんだな」

「ねぇー」


 なまじ、冷蔵技術が発展していた国であり、リュークもイビルも料理などした事がなかったので、その手の分野には疎かったのだ。朱鳳にはそのような冷蔵施設などないし、道具も無い。知識がない二人は特に何も思わずに、食料を袋の中に入れて持ってきてしまったのだ。

 おかげで腐った。ぐちゅぐちゅに。ぷすぷすと。尋常じゃないほどの臭いが広がり、リュークとイビルはその酷い匂いの塊を朱鳳に食べさせたのだ。なので、朱鳳は上機嫌なのである。


「はぁ……次の国はどこだー?」

「前の国は何もなかったからねー」


 狼に乗る旅人は、生きている国もあると語っていたが、彼らが飛翔して進んでいく間に見たある国は完全に滅んでいた。水が噴き出していた国であったが、何やら黒い何かが蠢いていたので入る勇気も無かった。

 朱鳳は炎を吐き出せる能力を有するが、相手が水を扱うとすれば敵としては厄介だ。それに、国の内景を見て、とてもじゃないが何か食糧があるとは思えなかったのだ。

 なので、それを飛ばして空を飛んでいるが……それ以降、まったくもって音沙汰なしである。見えても見えても鋼の荒野。国の中にあった木々すらも無い。


「確かに、これは酷い世界だな」


 リュークは操縦席にもたれ掛かって、旅の感想を漏らす。

 国が亡び、壁の上にいた頃も世界の外を見ていた事はあった。しかし、いざその外へ飛び出てみると、感じていた以上にモノクロの世界で味気なく感じるのだ。

 赤い瞳の少年は、この世界の旅を勧めはしなかった。むしろ最初は反対していたぐらいだ。それの理由がよく解った。この世界は、何もない。かつて映画で見た自然に溢れた世界は昔の世界であったのだ。だからこそ、酷い世界だ。


「でも、綺麗だと感じるよ」

「そうか?」

「うん。だって――あっ」

「なんだ?」

「下、見て」


 イビルの示した方向がリュークの眼前のモニターに映る。

 鮮明なモニターには二機の骸骨騎士型のMHMが何かを追っているような図であった。飛翔している間によく見る光景だ。灰色の装甲に不気味な顔をしている趣味の悪いMHMだ。少なくとも、朱鳳には似ても似つかないあ。

 と、リュークが興味なさげな様子でいると察したのか、イビルは違う違う、と言って更にモニターの画像を絞り込む。

 そこには、追われている二人の人間が瓦礫の荒野を走っていた。


「おいおい……人間がいるなんて聞いてないぞ?」

追放者アウトキャスト、だっけ?」

無法者アウトローかもな」


 ボサボサの髪の少年は、外に人がいるのであればそういう人間もいると言っていた。大抵は厄介な輩とか、有益のないのだから関わるなと言われていたが――リュークとイビルはリシティではない。


「どうする?」

「仕方ねぇ。おい、朱鳳! お前、お腹いっぱいだろ? ちょっとばかし食後の運動しようぜ」

「キュォォォォオオオオンッ!!」


 リュークの嫌味に朱鳳は歓喜の声で返した。どうにも嫌味が通じていないようで、眼下の敵に興奮しているようである。

 リュークとイビルにはまったく利益のない戦いだ。だが……リュークは人間だ。それに命を失う事には敏感になっている。無意識でも救いたくなる……それはイビルも同じだ。彼女もまた故郷を失った、命に敏感な少女なのだから。


「CP-74 朱鳳。操縦主マスター、リューク・クレジットに引き金いのちを託します」

「俺の世界」

「私の願い」

「「その指標は同じ――心から出ずる誓願、理不尽を越えた未来」」


 意識は戦闘へと移っていく。ただそこに怒りはなく、引き金には命が籠っている。

 操縦席にある二つのレバーをリュークが握る。それを握った瞬間から、彼は朱鳳の一部であり、朱鳳の攻撃の意志を司る。


「始めるぞ」

「私達の」

「「救出劇をッ!」」


 降下を始める朱鳳の口ばしが開く。そこに形成されるのは炎を弾丸であった。

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