前日談―Before tale―

黒蛸―pride―

 天上を見て、私は今日もまた変わらぬ今日である事を悟る。

 元は青色であったそれは私が戯れに破壊した。否、真実を探求する僅かながら芽生えた好奇心に踊らされたのは言うまでもない。私は、どうにも初めて何かしらを会得すると、実行したくなる衝動に侵されるのだ。

 これも、変わらぬ日々に耽溺した結果であろう。青空――この国を覆う虚色のドームを破壊したのは、その先にある色を求めての行動だ。結論を語るならば、大して面白くもない灰色の空であった。あれでは、偽物であろうとも青い空の方が気分が良い。遺伝子ジーンもそう語りかけてくる。

 我が本質、我が肉体の核、我が精神の根である遺伝子は、かつては海と呼ばれる水に覆われた世界で生きていた、タコと呼ばれる生物であった。心底どうでもいい事である。何せ、私はその遺伝子から生まれたがゆえに、それへの好奇心を有さない――はずであった。


「変わったのは、私か」


 こう、独り言を話すようになったのも変化ゆえか。まともに話す相手がいないのがどうにも拍車をかけているようだ。眷属なる存在さえいるが、あやつらの世界は……えーと、確か二百年前の世界だから、あれだ。ジェネレーションギャップ? 現在を生きていないせいで、どうにも話が合わんのだ。

 たまに、水質調査と言ってやってくる眷属もいるが、あれはどうにも知性的だがやはり時代が違いすぎる。水など、もはや純粋に私が支配したのだ。今更調べても、あれを栄養分として飲んでいる奴らには水にしか見えないだろう。

 同じ時を回転し続ける眷属への興味はもうない。しかし、それでは面白くない。


「そうだ、思い返すのもまた一考か」


 向こうが同じ時を回転するのであれば、私もまたその原初に想いを馳せるのも悪くはない。自分に興味がないという前言は撤回だ。興味ありありだ。見方を変えればいいのだ。眷属達と同じように。

 では始めよう。そうだな……生まれた時の事など覚えてはいない。なので、単純に明確な意識を得た時の記憶をイメージしよう。私は水の中にいた。真っ暗な、それこそ光無き水中。自我を会得した私は、想う。暗い、と。


「……暗いのだから仕方がないじゃないか」


 そりゃ、その空間で生まれたんだから闇の中でもある程度の状況は理解できた。だが、我が本能に埋め込まれた遺伝子は、光と言う概念を会得していたせいで、私もそれを欲したのだ。

 なので、私は空を目指した。どうにも、上に出口があるらしく、そこを目指したのだな。そしてそこを出ると――この国に出たのだ。ちょうど、水質調査をしている眷属が言うところの源流、だな。

 そして私は人間に邂逅した。この時点での私は、人間よりも小さな姿を有していたはずだ。しかし、人間は私に恐怖した。道理だろう。彼奴らからすれば、人外が飲み水から現れたのだ。恐れ慄き、私はそれを悦楽と認識したのだ。

 ただ、この時点ではどうにもならないため、私はしばらく、水の中で逃げ隠れる事にした。すると、どうだろうか。私は見る見るうちに大きくなってきたのだ。こりゃ隠れられんぞ、と自分の急成長に焦る中で見たのは自分と同じ姿になった人間共であった。


「ほっほー……」


 どうにも……私と言う個体は、己が分身を作り上げられる才を有しているらしい。これらが無意識の内に水を伝い、人間の内部に侵入。中から何もかもを変えていったらしい。私は本能でそれが、寄生、という行為だと認識していた。しかし、これはタコの特性ではない。不思議なものだが、もっと何か別の生物の特性だった気がするが――もはやその記憶はないのだ。

 おかげで国は大パニックだ。その混乱に乗じて、私は野心を抱いたに違いない。この国を、自分の物にしてやろうとな。残念ながら、もはやその野心すら曖昧である。長生きはするものではない。

 無自覚な寄生を自覚ある侵略に変えて、私は国を制圧した。寄生と言う行為は、眷属となった人間を意のままに操れる。私は、この国の王になる以上、眷属は必須だと考えた。その考えはどこから来たかは解らない。だが、王には民が必要だと知っていた。なので、眷属には幻の過去を見せ続けたのだ。あれだ。過去の楽しかった光景を見続ければ、あやつらも不満ではないだろう。

 私は王としてこの国を見やる。それが……もう二百年だ。飽きてきた。だが、この国に根を張った以上、ここを離れる勇気はなかった。その必要性も感じない。


「こんちには」

「こんにちは」


 今日も今日とて奴が来る。水質調査と言うよく解らない行為を繰り返す眷属だ。元々は頭が良かったのだろう。こいつの懲りずも来る行動力と好奇心は、嫌いではない。

 下手な言葉遣いは、あまり好きではないが。


「今日も、もももも、スイーシツちょーさに、きまんした」

「うむ。頼んだよ」


 そう言うと、あやつは行くのだ。源流へ。こればかりは私の放任主義だからな。それに、私に水はもはや必要はない。この住まう場所で十分だ。

 源流で何があろうが、この二百年、何も変わらなかったのだ。私は安心しきっている。これを慢心と呼ぶのか? それとも高慢と呼ぶのか?

 さて……もはや、私の疑問に答えられる生物はいない。いるとすれば……私と同じような進化を辿った同胞であろう。そんな存在が、いるとは思えんが。

 今日も、今日とて、今日が終わる。終わらない今日は、明日も今日なのだ。

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