前日談―Before tale―

茶蛇―Gluttony―

 それがどういう経緯でそう生まれたのかは誰にも解らない。本人にもその生まれた理由は闇夜に消えうせている。本能の赴くままに暴食をかざす茶色の機械の蛇は、そう自分の中に定義していた。決してそれは理性的な意思を持っていたというわけではない。所謂、赤ん坊が母の乳を欲するように、本能に根付く定義。

 茶色の蛇を、茶蛇サジャとここでは呼ぶとしよう。名も無き彼は、突然に放り出された灰色の荒野に辟易としていた。ここには何も無い。生物はおらず、いるのは単純にして無感動な髑髏のみ。それが騎士のような姿をして闊歩しているのだから、あれは仲間ではないと認識する。

 彼が生まれた当初は五メートルも満たない。最後の姿が十八メートルもあったと考えると、それ相応の成長をしていたのが伺える。だが、本能に根ざした彼にとってそんなことはどうだっていい。


 ――おなかがすいた


 たとえその身が機械だとしても、たとえその姿が生物を模した物であったとしても、その本能は生きていた。遺伝子ジーンによる誘導は、灰色の荒野に生きる彼を旅へと誘う。

 とはいえ、五メートルも満たさず、ましてや九メートル強の骸骨騎士と戦う術を持たない彼にとって、この世界は非常に生き辛い世界だ。だからこそ彼は求めた。自分よりも弱い生物を。

 それは――言うまでもなく生存競争の在り方だ。自分より弱者である存在を喰らい、自己の生存へと繋げる。機械の蛇は、生存本能に揺り動かされて、曇天の空を蛇行していく。


 ――みつけた


 途方も無い旅路。機械の身体ゆえに死ぬ事は許されず、だからといって腹に渦巻く飢餓感は癒されずに続いた旅路は、自分の遺伝子には無い弱者を見出した時点で決定的となった。

 薄汚れた姿をしている。自分とはまったく違う姿で、頭は小さく、そこから肉が四方に伸びている。何より、見たことが無いほど安定した体温を有していた。

 人間だった。


 ――もりもり むしゃむしゃ


 追放者アウトキャスト無法者アウトローという身分に位置する、国の外で生ける屍達を喰らう。これまでの不味そうな骸骨騎士達とは違い、そこには確かな旨みがあり、何よりもそれは自分よりも小さかった。

 MエムHエチMエムにおいて五メートルは小さいが、人間にとってその高さは自分の背丈の二倍以上ある。ましてや国の外で生きているのでさえ奇跡的な彼らは抵抗の手段を有さず、ただ自分の人生とは何であったのかと思い死んでいった。


 ――おいしい もっとたべたい


 人間の味を覚えた人食い蛇は、更なる標的を探しに、それだけを求めて鋼の荒野を彷徨う。

 見つけては喰い、見つけては喰い……反転した生存競争の構図に従い、彼は様々な遺伝子を身に取り込んでいく。いつしかその姿はより洗練された蛇となり、その図体の大きさが骸骨騎士達を超えていた。

 しかし、ただでさえ国の中で生きている人間が外に出ていることは稀である。彼は数年の空白を覚えながら、人を求めて旅をしていたのは言うまでも無い。

 そして発達し始めた僅かな知能は、それが獲物が集まる場所だと認識した。


 ――いっぱいいる いっぱいいる


 彼においてその壁は無意味であった。蛇の生態を模しているがゆえにある、温度を感知する能力は壁の先にいる人間を捉える。なんて数だろう。これまで一匹、二匹、多くても四匹であったそれが無数にいるではないか。

 迷うわけがなかった。迷う必要など無かった。この邪魔な障害を越えて、早くあの甘味に包まれたかった。それが多幸感と知らず、茶蛇はその大きくなった身体を使い壁を破壊。そして餌の多いスポットに入り込んで、いっぱい、いっぱい食べた。

 あぁ、何たる感動か。そう心の中が幸福に包まれた瞬間、その食べ物とは違う温度を持った何かが空から現れる。蛇の本能が告げる。あれは鳥だ。自分達を喰らう悪魔だ、と。

 だが――


 ――おいしそう


 とっくの前にその生存競争の構図が逆転してしまっている彼にとって、それは珍味でしかなかった。空を飛んでいるのが厄介だが、それ相応の価値があるだろうと確信していた。

 人は有限であり、生きた人を喰らい尽くした後に現れたそれは最高のデザートに見えたのだろう。彼の目には、それが自分と同じ機械で構成されている事なんて解らなかったのである。

 結果、その珍味は結局喰らう事はできず、壁の上へと逃げたので蛇は仕方なく門を突き破って国の外へ出たのである。彼にとって国はケージと同じ狭い場所であり、とりあえずの目標を味わえたのだからこれ以上の追求は止めたのである。

 だが、その後悔は本能に根付いた。あの鳥を食べたくて食べたくて、彼は何度もあの国に入れば逃げられるのを繰り返したのである。

 それを何度も繰り返したある日、彼はその国の中にもう一つ、似たような温度を持つ何かがいた事に気づく。それらは何やら争っているようだったが飢えた蛇には関係の無いことであった。餌が更に増えたのだ。それに今度のは人間と同じ、地を這う。


 ――あじをたしかめてみよう


 意気揚々と彼はそう思い、国から漂う焦がれた匂いにおびき寄せられる。

 その果てが破滅であると知らず。いや、それは本能に根付いてしまった、人間という弱者を喰らう悦楽によって生み出された過剰なる自信――慢心である事に気がつかずに。

 彼は、ただ本能の赴くままに生まれ喰らい、そして死んだに過ぎない。

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