故郷―Setting off―
「ふぃー……」
赤き鳥人型
黒い髪をオールバックにした十代後半の青年であった。荒っぽい口使いとは対照的に、その佇まいは気品が漂っており、羽織っている黒のスーツも彼の真面目さが窺える。中身は裸であるが。
鷹のように鋭い目つきの青年、リューク・クレジットは自分の愛機を見上げて相棒の名を呼んだ。
「イビルー!」
「はいはーい」
彼女は背中の翼を上手く使い、降下して真下のリュークの元へ舞い降りた。その服装はフリフリの桃と白のドレスであり、リュークから見ればカボチャパンツが見えてしまうため赤面してしまう。風貌から歳もあまり離れていないようで、リュークからすると少し年下の女の子のパンツを見てしまうのだから仕方がない。
「お前なぁ……」
「その苦労、僕もよく解るよ」
突然聞こえてきた、先程までさんざん罵倒してきた男の肉声が耳に届き、リュークの相棒をしたためる優しい表情をなりを潜めた。信頼しているが警戒心だけは殺せない。
国と命を賭けた一大作戦が終了し、
少なくとも即興とはいえ、共に仇を殺した仲間なのでどういう態度を示すべきかと悩んだリュークであったが、降りて直接会おうという意外な言葉に考えもせずに頷いてしまったのだ。相手がどういう奴かも判らないまま、朱鳳から降りて彼を見てみると――
「お前……」
「ん? ……なんだい」
「あー、いや、すまん」
リュークはその白髪の少年の顔立ちや背丈から、確実に自分より年下である事を見抜いて驚きと怒りを覚えていたのだ。彼の国では年功序列が厳しく、年上には敬うようにという規則があったので、どうにもその癖が出かける。
勿論、そんな年功序列、今や意味はない。それを思い出し、小さな溜め息を吐きながら呆れを込めて呟く。
「お前、俺より年下だったんだな?」
「そのようですね。背丈はそっちの方が大きい」
「はぁ……いや、すまん。年下の男に色々言われていたと思うと、な」
「経験の差ですよ。人生において先輩でも、生きる上での先輩ではありませんから」
こいつ……、と右手が拳を作り上げる。お国柄はすぐには抜けてくれなさそうだ、とリュークは自分の悪癖を棚に上げようとする。
怒りのゲージがどんどん溜まってくる中、リシティは彼の駆る
「エメ。安心して降りてきていいよ」
「はーい!」
リュークへの警戒心が無くなったリシティは、碧狼の胸部で待機している彼女の名前を呼んだ。
瞬間、胸部が勢いよく開き、その僅かな隙間から何かがクルクルと回転をしながら宙へ落下する。派手な回転であるが意味はない。ずっとコックピットで身体を持て余していたので、思う存分に身体を動かせるので動かしたに過ぎない。
「エメ……お前なぁ」
「ハハッ。そういう事かよ」
彼の先程の発言の意味がよく解った。少年も少年なりに相棒に手を焼いているらしい。そう思うと、少し生意気で苦労人な年下に見えてくるから、リュークは単純だなと自嘲する。
その相棒は藍色の深い帽子を被っており、額や後頭部からは深緑の髪が流れていた。服装はダボダボの黄緑色のティーシャツにヒラヒラの水色のスカート。素足で無事に着地しているのだから、彼女の足裏はとても厚いのだろう。その尻からは、髪と同じ色の尻尾が生えていた。
「こりゃまた……うちの相棒と似たような奴がいるなんてな」
「それはこちらのセリフだよ。まぁ、逆に言えば彼女がオンリーワンではない事に少し安心しているけど」
「なんでだよ?」
「そりゃ、世界で一人、人と違う特徴を有するなんて嫌でしょ?」
彼の言う違いは、個性や感覚の違いではなく、他者との決定的な違いの事を指していた。人であるリュークは思う。今でこそイビルという奇妙奇天烈な少女を信じているが、確かに出会った時は彼女を化け物と認識していた。自分が見ていた劇作の化け物に似ているような気がしたからだ。
だが国の人はそんな彼女を認めたから、自ずとリュークも彼女を認めて、その人との違いをあまり認識しなくなっていたが――リシティの言葉に、小さな拒絶の意味が込められている事に気が付いて、神妙な面持ちになってしまう。
「イビルと、お前のその子は変わっている。だけど、俺と同じ人間だ」
「その通り。君は粗暴な雰囲気を感じるけど、根は優しいんだね」
「そう言うお前は、ハッキリと嫌な事は言ってくれるが良い奴っぽいな」
少なくとも、彼との対談で銃でも向けられるかもしれないと覚悟していたリュークからすると、脅しもかけられていないので安心した。
国が滅びてから初めて外を見た彼にとって、リシティは未知の相手。そんな彼を信じるのは難しい。たとえ共に戦ったとしても。幸運だ。彼は最初の余所者が彼であった事に感謝する。
「これからはどうするんです?」
「そういえば、お前達は何者なんだ? あの危険な外を歩いてきたのか?」
リシティの問いかけに質問で返す。リシティはそんな彼にムッと来たが、ここで変な事を言うよりも冷静に答えたほうがいいと経験が囁いたので、いつも用意している常套句を語る。
「僕達は
「旅人……」
「まぁ、この世の中、こんな奇特な事をしているのは僕達だけでしょうけど」
自嘲気味に笑う少年を余所に、リュークはその鈍い黄色の瞳がぐるぐると揺れていた。旅人……旅人……それは言うまでもなく、彼が見てきた劇作の主人公の行く末の姿であった。
目の色が変わる。とんでもない奴に出会ってしまったのだ。
「なぁ、それって俺達もなれっかな?」
「は?」
「いやぁ、実は食糧庫も限界が見えてきてさ。もうそろそろ死ぬ覚悟だったんだよ。んで、その国にいる、どうしても倒したい敵を倒しちまったから、俺達も旅に出ようかなぁっと――」
リシティが明らかに嫌そうな表情を浮かべる。明らかに青年を馬鹿にしている表情でもあったが、それ以上に面倒臭い思いがあったのは言うまでもない。
「ついてくる、なんて言わないでくださいよ」
「……だめ?」
「駄目」
「マジかぁ……」
ガックしと、オーバーなリアクションをするリュークを冷めた目で見るエメとリシティ。拒んだ理由は簡単だ。こういうやつは面倒くさい、それだけである。
だが、このまま捨て置けないのもまた事実……。自分の良心の呵責を恨みつつ、リシティは項垂れるリュークの肩を軽く叩き、視線を向けさせる。
「でも、このままじゃ生けませんから……仕方なく、あなたに旅の仕方ぐらいは教えますよ」
「本当か!? マジなんだよな!」
「仕方なく、です。はぁ……その代わり、ちゃんと頭で記憶するように!」
リシティの嫌そうな表情とは裏腹に、リュークは相手が年下だと言うのに先生に教えを乞うように瞳を輝かせていた。その瞳の眩しさが面倒である事を彼は知らない。
かくして、数日を用いて、リシティ・アートによる渋々な旅人講座が始まったのである。
―――――――End of Stranger―――――――
倒壊し、焼き焦げた故郷を見て、青年はかつてあった光景を思い出す。
裕福ではなかった。食文化だけは発達していたが、それ以外はぎりぎりの自足で、家に残ったフィルムも腹の足しにもならない物だった。
だがそれは、普通の人間の考え。リューク・クレジットの人生観を変えるには十分で、彼にとっては充足感を得られる夢想の世界であった。
その物語は悲劇であり、大切な妻を失った主人公は妻を殺した相手に復讐をし、旅人となってその国から去った。失うだけの人生。復讐をしたところで何も変わらない。それはもう解っていた。
だからこそ、その物語に刺激を受けたリュークは、国を滅ぼした化け物に固執した。倒したところで、死んだ人も国は生き返らない。それを知っていながら、かつて見た劇の主人公のように――
「だが、それも終わりだ」
復讐は遂げられた。共に戦った生意気な仲間は先にこの国を出ていった。教える事だけ教えて、何もないこの国を去って行った。
彼にとって、この国に価値はない。終わってしまった国に価値なんてあるわけがない。でも、リュークにとってこの国は自分の生まれ育った国だ。
だからこそ、彼は惜しくなる。結局、この国に対して何もやってられなかった。その後悔をそっと胸に仕舞い込み、彼はレバーを強く握った。
「――もういいの?」
「あぁ。もう何度も想った。想い尽くした。だからこそ、俺は行く。一緒に来てくれるか?」
「――うん!」
何も失ったばかりじゃない。復讐劇を終えた主人公は、一人で全てを行った。だが青年は違う。青年の側には彼女がいる。そして青年に力を貸してくれた仲間がいた。
得られた物があるならば――青年にとって、復讐劇は喜劇で終わる。
「さぁ、行こうか」
「うん。行こう!」
曇天の空を赤き鳥が飛ぶ。機械の姿をしたそれは、二人の人を乗せて、この灰色の世界を彩るだろう。
それは復讐劇にはない結末――モノクロのフィルムにはない、朱い
―――――――Next Destination―――――――
「透き通るような水……あぁ、なんて綺麗な」
「わたしは……わたしは……わたしわたしわたし」
「水……水……ぁぁ……」
「死にたく、ないよぉ……」
汚れた国―Parasite Octopus―
「もう、この国はダメだ」
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