復讐劇―Happy end―
「――頼むぜ!」
「そっちこそ」
作戦会議もそこそこに、眼下の
飛翔は終わり、残るは堕落。しかしそれは目的のある堕落だ。
先に降下した碧狼を朱鳳がその肩を掴んで落下を抑制。グライダーのように滑空する二機の機人獣は、視覚がないのか、まだこちらに意識を向けていない蛇を見つめながらタイミングを見計らっていた。
「手短に頼むぜ?」
「了解。そっちこそ、早くやられないでね」
「当然だ。あいつを倒すまで死ねるかよ」
リュークの決意の深さは筋金入りらしい事をリシティは理解していた。彼の生身を見たわけではない。だから声音でしかその容姿も意志も判断はできないが、彼がこの国の事を想っている事は理解できる。
当然であるが、彼の方が想いは大きい。リシティはこの国へ辿り着いてから一日も経っていない。何より彼は、兼ねてから自分の実力を考えずにだが作戦を考えていたのだ。
一つは開いてしまっている門を完全に締め切って幽閉する方法。リシティ達が入ったあの門は、元々は蛇が国から出ていく時に強引に開けた物らしい。あれを機人獣の力で閉めなおそうとしていたらしい。
その作品を聞いたリシティは耳を疑ったものだ。
「押し開いた門が、正常に戻るでしょうか?」
「えっ? あぁ……ないな。その作戦はなしだ」
馬鹿だ、と完全に理解してしまった。協力する事になったが、今後が不安になる始まりであった。
だが、二つ目の作戦は意外にもまとも……もとい、リシティからしてもなるほど、と思える作戦であったのだから、ただの馬鹿ではない証明であった。
もう一つ、この国には門がある。朱鳳のせいで国の壁と同色の煤色になっているそれは、未だ固く閉ざされていた。それを抉じ開けるという物だ。
逃げ場所を作る愚策と言いかけたが、その後の秘策にリシティは納得してしまったのだ。
「馬鹿は馬鹿でも、天才寄りの馬鹿かな」
「アァン? なんか言ったか?」
「いいや。さっ――やろうか」
高度は十分に落ちた。お喋りも、作戦会議の反芻も終わり。今から最後の本番が始まる。
その閉じられた門の上空にまで接近した朱鳳は、掴んでいた碧狼を放した。リリースされたかつての獲物は、巨鳥の託した作戦のために二十メートルほどの高さを有する黒の門の前へ降り立つ。
リシティは巧みに足を動かせて、足元のペダルを踏みしめながら相棒に指示を送る。
「エメッ! 着地は任せる」
「わかった!」
碧の装甲の隙間から噴き出す赤き炎。脚部を中心にバーナーの様にそれは一方的に放出され、碧狼の落下の速度を軽減させ――無事に着地する。
だが、同時にその肉体に多量の熱が篭り始め――
「シャアアアァァァァァァァァッ!!」
背中の方から響く蛇の叫び。思った通りか、とリシティは自分の賭けが始まった事を認識する。
リシティ・アートは蛇の生態の全てを知っているわけではない。だが蛇が気温への耐性を有している事は頭の中に残っていた。それが本作戦においての賭けである部分。果たしてそれが、蛇としての生態を残しているか、という不安点。
だが、それは動き出した。リシティは苦笑を浮かべる。どこまで行っても、機人獣はかつての生物を模しているらしい。
――お前がかつての生命を模しているというならばッ!
「碧狼、冷却ッ!」
――碧狼が負ける道理なんてないッ!
レバーとはまた違う場所にある青色のスイッチを押しながら、リシティは碧狼の意志に呼びかける。
「ファイヤァッ!!」
その瞬間、降りてきた朱鳳が茶蛇に対して火炎弾を放ち始める。温度差は歴然。上空を飛び回り炎を放つ火の鳥と、身体を冷やした眼前の狼。視界を有さず、蛇の本能に則られた機械が襲うのは言うまでもなく――
「おらおらァッ! こっちを見やがれッ」
「シャァァァァアアアアアアアアアアアアッ!!」
高い温度を有する鳥に決まっている。眼前で息を潜めた狼など目に暮れず、巨大な蛇は鳥の方へ顔を翻した。
蛇は哺乳類と比べて視界が弱いかわりに、赤外線感知器官が発達している。かつての人なら、そう、サーモグラフィというべきものだろう。温度の変化を視覚化し、背景と獲物を判断する本能。それこそが蛇に定められた
「さぁ、始めようか――」
「うん、跳躍はいつでも」
エメの言葉を聞き届けたリシティは、レバーに付属している両側三つずつのスイッチを全て押す。
碧狼の両腕にある三つのトンファーから光が漏れ出し、それは爪の形をして硬質化する。単純に光の爪と呼称される碧狼特有の武装。金属など容易く溶かす熱量を有する鋭利なエネルギーの塊。
リシティはそのスイッチをもう一度、同時に押した。すると、光エネルギーが再びトンファーに送り込まれて更なる光が硬質化した爪を覆う。出力は増加され、それは爪ではない別の
「光の
碧狼の金属の手の上にその鋭利な刃はあった。それは爪であった物。それが更に引き伸ばされ一つになった物。人はそれを、剣というのだろう。
誰かを傷つけるために生み出された人の業を、人を支配する
碧狼はその自慢の脚力で跳躍する。黒の門に接近し、そしてその縁に光の剣を突き刺して、重力に任せて斬り下ろしていく。壁が老朽化していた事もあり、門も老朽化していたのであろう。熱量の刃を受けてそれはスポンジを斬るように簡単に切り裂かれていく。
「くそッ! こいつ、やっぱりしつけぇッ!」
「シャシャシャシャァッ!」
一つ目の切込みを入れた時に聞こえる男の声に、リシティは安心を覚える。後方を見る余裕はないが、声が聞こえる限り戦えている証拠だ。たとえ十メートルの機人獣より巨大とは言え、空を飛んでいる鳥に蛇は決定打を与える事はできない。
「そーれッ!」
エメの掛け声に合わせて再び跳躍する碧狼を使い、門に切り込みを入れていく。固く閉ざされた門を押し出す時間はない。ならば、碧狼の光の刃で切り裂けばいい。
これも賭けに近い物であったが、壁を破壊するエネルギーを茶蛇が有するのであれば、とリシティは危険を承知でこの作戦を立案したのだ。だからこそ、リュークは囮役に頼んでもらっている。
「最後ッ!」
三度目の跳躍で横にも一閃を切り裂いた碧狼は、そのまま門を蹴り押す。壁との繋がりが無くなった門は、碧狼の運動エネルギーを受けて国の外の大地へ門を叩きつけた。
轟音と土砂が舞う。一仕事を終えた碧狼は、ゆっくりと振り返り、未だに悪戦苦闘している朱鳳の元へ――国を蹂躙する茶蛇に光の剣で切りかかる。
「タァァァッ!!」
リシティは白髪を振り回しながらもレバーを操作させて、茶蛇の気を惹かせようとする。火炎弾と同等かそれ以上の熱量を有する光が近づき、茶蛇は鳥よりも大地で攻撃を仕掛けてくる狼へ目を向けた。
リュークはそれにやっと気づいて、ニッと笑みながら思わず言葉を漏らす。
「さぁ、来いよ――犬っころッ!!」
「あぁ、行ってきなよ――鳥頭ッ!!」
お互いの悪口を言いながらも、リシティはニッと笑った。ここから先はリュークの番。選手交代だ。
攻撃を止めて飛翔する朱鳳。熱量を有するがゆえに襲いかかってくる茶蛇の突撃を、後退しながらいなす碧狼。攻撃手段は単純であるが、少しも弱っていないところを見てリシティは目を細めた。
蛇は生きるために熱源の一部を体外に求める。それゆえに高温には強いのだ。朱鳳の火炎弾を受けても効果がないのは、その蛇の特長ゆえ。それは同時に、碧狼の光の爪での攻撃への耐性に繋がる。
「くっ――!?」
光の刃での攻撃は効かず、門と外の境目まで追いやられてしまう。一歩後ろは先程壊した門があり、邪魔で下がれない。しかし、これ以上の脱出を許すわけにはいかない。
「碧狼、排熱だッ!」
「ウォォォォォオオオオオオオンッ!!」
碧狼の咆哮が国と外へ響く中、碧狼はスラスターから籠り始めていた熱を排出させた。それは、蛇にとっては絶好の、絶対にそこに獲物がいる証拠でもあった。
獲物を確実に認識した茶蛇はその巨大な口を開く。その瞬間――それこそをを待っていた。
「耐えろォォッ!!」
開かれた口は碧の狼を捉え、口の中に誘い、そして閉じようとする。リシティはその上顎と、下顎を咄嗟に掴み、碧狼は蛇の顎の力に負けないように腕を振るわせて対抗する。
茶蛇の進行は止まり、国の中でうねる肉体は一直線になっていた。それほど無我夢中で碧狼を喰らおうとしたのだろう。どこまでも、貪欲に自然の生物だ。
――だからこそ、お前は喰われる
「電光エネルギー、腕部集中!」
「いっちゃえーっ!」
碧狼の
どんなに高熱に強くなっていたとしても、電気と呼ぶ生体に響き渡るエネルギーを流し込まれては、流石の巨大な口も噛み砕く力を失ってしまう。ましてや中身に直接流し込まれたのだから、意識が吹き飛ぶほど刺激的であろう。
そして――最後の仕上げのために、空に向かって彼は轟かせる。
「リュークゥゥゥゥッ!!」
彼の声は、確かに青年に聞こえていた。作戦会議の際に伝えた名前を初めて呼んでくれた事に少し感動を覚えてしまう。
空へ。空へ。空へ。飛翔を続ける紅き鳥は、その声に呼応するように壁を乗り越えて大地へ急降下する。モニター越しに、眼前に、眼下に広がるのは灰色の雲に、灰色の大地。国の外なんて、故郷を失ってから何度も見てきたが、今日はどこか色づいているような気がした。
握っていたレバーを改めて握り直す。余所者――いや、国を想って共に戦ってくれた仲間が用意してくれた復讐劇の最終幕。そのラストを飾るのは、怨敵に何度も挑んだ愚かな
――だが、それもこれで終わりだ。
最終幕はキッチリと決めよう。それがリューク・クレジットという男が唯一見た復讐劇のラストであったのだから。
急降下をし、鋼の大地にぶつかる寸前に機首を上げて朱鳳は大地とは水平に、高速で突き進む。効果の速度、翼から放たれるエネルギー、そしてリュークの勢いも重なって、それは弾丸となった。
「復讐劇の終幕だ!」
「国は果て」
「だが、友は来た!」
「そして赤き鳥は」
「今ここに、灼熱の怪鳥となるッ!」
リュークが言葉を放ち、イビルが繋いでリュークがその口上を言い終える。
翼から光が放たれて、それは一筋の刃となる。くちばしは炎を吐き出して、朱鳳はその炎を纏い焔の不死鳥となる。朱鳳の黄色の瞳は捕捉した。門であの憎き蛇を受け止めている仲間の姿を。
武者震いか、それとも緊張ゆえか。レバーを握りしめる手が震える中、彼の相棒は優しく、そして強く彼に囁く。
「
そうだ。この引き金こそが生きるために選んだ道だ。躊躇いも、震える心も、ここには必要はない。
相棒が自分の手を握りしめてくれる錯覚を覚えて、朱鳳に終幕の一撃の言葉を言い渡す。
「
その言葉と同時にリュークは両手にあるレバーの引き金を引いた。光の翼が硬質化し、それは完全なる刃となる。
碧狼の背中が見え、リュークは万感の想いを彼の名で体現する。
「リシティィィィィッ!!」
その声が届いたのか、碧狼は咄嗟に垂直に跳んだ。障害のなくなった朱鳳に待ち構えるのは痺れたのか、口を開き続ける茶蛇。その開かれた体内へ光の翼を広げて、焔の弾丸は飛び込んだ。
「ウォォォォォォオオオオオオッ!!」
「キュォォォォオオオオオオンッ!!」
リュークの雄叫びと朱鳳の咆哮が重なり合う。蛇の体内を、横に広げた翼で切り裂きながら突き進む。幾多もの、幾度も人を喰らったその中身を突き破りながら――
そして数百メートルの長い暗闇の旅路を終え――暗闇が晴れていく中――彼は光を見たのだ。かつて貧しくも輝かしかった日々を。幻視するような、壊れた街々を。
悔しさと、悲しさと、喜びを綯い交ぜにしたグシャグシャの顔を浮かべながら、彼はイビルに最後のブレーキを託した。
「鳥人形態に変形しろッ!」
「イエッサーッ!!」
蛇を切り裂いた朱鳳は門を通り過ぎた瞬間、これまで維持していた鳥の姿を逸脱し、脚部を展開し、翼に隠していた腕を引っ張り出して変形していく。
それをかつての人は異形と呼ぶだろうが、一つだけ形容できる言葉がある。
変形をしつつ生まれ出た脚部を大地に引き摺り降ろし、速度を殺す。ブレーキがかかり、いつしかその加速は終わり、ゆっくりとその赤き鳥人間は振り返った。
復讐劇の終幕。不死鳥に姿を模した鳥モドキは、確かに人を喰らった蛇を喰らいつくしたのだ――
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