怒り―Emotion―
『クソが……こういう時に来やがったッ!』
引き摺り下ろしている焔の鳥から、そんな悪態が聞こえてきた。あの茶色の蛇に何かしらの因縁があるのだろうか。リシティは落ちていく
「あれ、なんです!?」
『アァン? あー……てか、お前、中に人いるのか?』
「えぇッ! そこからッ!?」
粗暴で頭が何か足りなさそうな声音だと、リシティは判断するが一戦力として頭脳があるというならば聞かざるおえない。それほど、あの茶色の鱗の装甲を持つ蛇型の何かは危険に思える。碧狼の警戒心だけではなく、リシティの脳がそう判断するのだ。
エメの精神に指示を出し、地上へ着地をしながら捕まえた巨鳥を抱きかかえつつ地上へ降ろす。
『えッ、あ……すまん』
「いいですよ。どうやら、あれの存在を知っているようですし……」
『あぁ……そういう』
先程までの高揚感は何とやら、裸体にスーツを羽織った青年――リュークは自分が生かされている理由が、あの憎き茶色の長い奴の事を教えるためだと思うと毒気が抜かれる。
「回線……繋ぎ方解ります?」
『カイセン……? イビル、解るか?』
「イビル……」
明らかに
それはなんというか、自分達と似ているようだと感じて。
「私達と同じ……
「エメ……?」
碧狼の胸部で共に操縦する大事な相棒が、珍しく愕然とする声を出すのでリシティは心配になってしまう。基本的に大胆不敵、自由奔放、怖いもの知らずであるエメが初めて見せた動揺。碧狼と繋がっていると多少知的にはなるが、それでも彼女の声が震える様は希少なものだ。
「回線、理解したぜ……んで、これは何なんだ?」
「ある程度離れていても、声が聞こえるようになるんです」
「って事は……、どういうこと?」
「馬鹿なんですね」
碧狼の耳が認識していた声よりもクリアになった男の理解のない声に、思わずリシティは毒の籠めた本音を吐いてしまう。尊敬の無い人にはとことん厳しい少年である。
「なっ、てめェ……」
「あの蛇、なんなんですか? どうやらさっきから、こっちを見定めているようですけど」
「へび……あの生きている縄の事か?」
本当に学がないらしい事を再確認をした白髪の少年は、大きな溜め息を吐くがそれも仕方がないと諦める。知識を有するのは自分が特別だからだと再認識するしかない。
アンカーを脚から外しながらも、碧狼の赤い瞳はこちらを穴から睨み続ける蛇を見つめていた。まさしく蛇の姿をしているが、あくまでそれは機械の姿をしていた。鱗と形容できる部分も、六角形の装甲が並べられているに過ぎない。口にはジョイントがあり、舌と呼べる部分は存在しない。
「あいつは……俺の故郷、この国を滅ぼした野郎だ……」
「この黒の国を?」
「黒くしちまったのは俺だ……あいつをぶっ潰すために、こいつの火炎弾を使いまくって……クソッ」
悔しがる青年が言う限りには、この国を滅ぼしたのはあの機人獣だという。あれが突如、老朽化した壁をぶち破り、国の中を蹂躙したと。生き残った男は、対抗手段として自分のMHM――不死鳥型、
それの弊害で、朱鳳のメイン武装である火炎弾によって国は焼けては煤を生み出し続けたのだ。かつての故郷を復讐のために壊していく……それは、考える限りおぞましい事だ。
「……となると、あれがこの国を殺したのか」
青年の想いの吐露にリシティは怖いほど冷静に、必要箇所だけを述懐する。そこに殺意が内在している事を、エメは理解こそしていたが声には出せなかった。彼女ほどリシティ・アートを理解している人間はいない。こうなった時の彼は、エメだって怖く感じるほど冷徹で無慈悲になる。
その赤い瞳に迷いはない。虚ろな瞳はそれでいて力強く、理不尽なる現実に対抗する破壊者の瞳だ。
「あれを殺す。やれるね、エメ」
「ちょっ……お前、やれるってのかよッ!」
彼の言葉に過剰な反応を示したのはエメではなく、朱鳳の
だが、それがどうしたの、とリシティは平然と答える。
「あれは破壊するべき物だよ。壊さなきゃいけない。人の文明を破壊する……あれはそういう物だ」
「勝算は……?」
「あるよ。碧狼なら、あれを殺せる」
その言葉はどこか妄信染みていた。碧狼は確かに強力なMHMである。しかし、その力をあまりにも過信し過ぎているように見られる。エメはこんな彼を一度しか見た事がない。
感情の暴走、と言えるのかもしれない。碧狼と繋がったせいで、横に同類の機人獣がいるからその高揚が伝達しているのかもそれない。もしくは獣欲があの蛇に向いているのかもしれない。もしくは、リシティがこの国の惨状に怒りを覚えているのかもしれない。
「リシティ――」
「エメ。やれるね?」
「リシティ……」
「やれる、ね?」
最後だけ、少し優しい声音に変えたと少年は思っているであろうが、少しも変わっていない冷たい声にエメは怯えるしかない。エメは治まらない心臓の動機を抑えようと胸に手を当てるしかない。その瞳が揺れ始める。
リシティは苛立ちを覚えていく。どうして、頷かないのだ、と。暴走する理性は、今度は大声を出そうと、怒鳴ろうと大きく口を開きかけて――
「待てよ」
その粗暴に聞こえていた男の落ち着いた声に、リシティは意識を向けざるおえなかった。
横にいた同類の操縦主は、身勝手にも仇を一人で殺そうとする
「イビル。もし二体で戦ったら、勝算あるか?」
「……ない事も無い。少なくとも、一機よりはマシ」
「だそうだ。ここは一発、俺達に止めを譲ってくれや」
リュークの相棒、少女イビルの声が初めて碧狼に届き、リシティとエメはそれが本当に自分達と同じ存在だと認識する。エメと比べると少しだけ大人びて聞こえる声音は、碧狼と繋がったエメ以上に聡明に思える。
その時、大きな衝撃が二機を襲いかかった。衝撃波。同時に狂音が響き渡る。
「シャアアアァァァァァァァァッ!!」
「どうやら……お腹が空いたらしいな」
ずっとこちらを覗き込んでいた巨大な蛇型MHMが放つ咆哮に、青年は焦りを滲ませながらも経験からの言葉を漏らす。あれはそういう物だと。何もかもを飲み込む大きな化け物。
「おい、犬っころ! 手を伸ばせや」
「犬じゃありません……碧狼です」
「オーケー、碧狼。一度、壁の上に行こうぜ?」
その言葉にリシティは少しの疑いを覚える。襲ってきた相手を信じるほど、何もかもを信じられる頭はしていない。だがあの蛇の対策が解らない以上、あれに対しての知識を有するこの男の提案を乗らないという選択こそ愚かであるのは理解していた。
疑心を押し込めて、碧狼は翼を使って飛び始めた朱鳳の脚を右手で掴んだ――瞬間、壁の穴からその巨大な肢体は国へ入り込んでくる。
「朱鳳……飛翔ッ!」
「イエッサーッ!」
牙を開けた大口。その瞳もない巨大な頭が迫りくる中、リュークは相棒とMHMに叫ぶ。十メートルの鳥が十メートルの狼男を掴んで飛ぶなんて馬鹿らしいことかもしれない。物理的にも、常識的にも。
だが、それがかつての生身の常識である事であり、今はその常識をぶち壊す機械である事を忘れてはいいけない。
朱鳳の翼、その羽の隙間から多量のエネルギーが放出される。それは大地から空へと舞いあがる力であり、同時に碧狼に翼を授ける飛翔の奇蹟であった。
「とんでるーッ!?」
先程から怯えていたエメが、いつもの口調で驚く。リシティも驚いていた。急加速で上空へ突き進む赤き鳥。これこそが、管理者が作り上げたMHMの力。それを、人が操る様――
「なぁ、碧狼。ここは共闘といこうぜ?」
「……信じろと?」
「信じなくていい。だが俺はお前を信じる。人の手を借りてでも、俺はあいつを倒したい」
飛翔の中、異形のMHMを駆る操縦主はお互いの生存のための手段を模索する。
リシティの疑心を、彼は受け入れてそれでも信じると言う。不思議な男だと思う。少なくとも、彼の語るあの蛇を倒したいという気持ちは嘘ではないだろう。
敵の敵は、少なくとも敵を殺すまでは敵じゃない事を信じるしかない。リシティは、沸騰していた思考が冷えてきた事を感じる。先程、エメに強要しかけた事を想い、自分が如何に自分を見失っていたかに気づき、レバーを握っていた手が自分への怯えに震える。
「エメ……」
「その方がいいと思う。あれは倒さなくちゃ」
「……そうだね」
その事じゃないんだ、とリシティは声に出したかったが、その言葉を喉の奥に押し込めて眼下の敵を見つめる。茶色の巨大な蛇……
少なくとも自分達のMHM以上に巨大なそれを倒す。一人は故郷のために、一人はその国を破壊したそれに怒りを覚えて。少なくとも二人の敵意は一致していた。二人はそれを語らない。二体の獣を駆り、あの蛇を狩ればそれで終わるのだから。
焦がされた国の、終わった戦いが始まる――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます