競争―Destroyer―
争いは生物の本質だ。異種であろうと同種であろうと、それに何かしらの敵意を感じるのが生命である。
かつて、まだこの惑星が木々に覆われ、鮮やかな青い空があった頃。生物は自己とそれに関わる存在の生存のために、異種や同種の生物と争い競い合っていたという。そこに人並みの知的生命体がいるとなれば愚かな行為に感じたであろうが、それは停滞ではなく進化の術であったのだ。
「タァッ!」
『キャハーッ!』
恐竜と呼ばれる早くも絶滅した種がいる。原因は様々な説があるが、重要なのはそれが鳥と呼ばれる生物に進化したという説がある事だ。人の相棒が犬と呼ばれる陸上生物であれば、人をいつも見下ろしていた空の支配者は鳥であった。彼らは陸上から空に上がる事により、支配者としての存在を継続させたのだ。
しかし、それは進化の術を知り得たからできた事。停滞に陥った人間は、争ったところで便利な道具を作るだけ。結局、鳥から支配権を奪い取ったそれも、
その結果が、これだ。
「グゥッ!?」
『ハハハハハッ! ファイァッ!!』
国に広がる街並みを火の玉で燃やし尽くす赤き鳥。それに対峙しようとしながらも、遠距離からの攻撃に対抗できない緑色の狼。機械の肉体を有したかつての生物は、人をその身に宿して争い続ける。
人並みの知的生命体がいるとなれば愚かな行為に感じたであろう。そこに進化などというプロセスなどなく、そこに守るべき同胞もいない。ただ獣が廃墟となった建物を巻き込んで殺し合っているに過ぎない。
主義と主義のぶつかり合いは、かつて人が築いた文明の遺産を破壊していく。僅かな進化の証を壊すその二機は、まさに
「このままじゃ……地上を這いずる獲物だよ、これ!?」
「うん。このままじゃ、一方的にやられる」
緑の狼男型のMHM、
幸運な事に、相手である赤い鳥型MHMの銃撃の腕は高くない。だが厄介なのは、壁の上にいるという事実である。碧狼には銃などなく、唯一の遠距離に対応している攻撃もチャージが必要であり、攻撃後の隙も大きい。
それに――
『空を飛べなくて可哀想だなァッ!』
このような横暴な男の言葉が聞こえてくるので、リシティは相手が人間であると知って躊躇を覚えていたのだ。どこか
少年だって死にたいわけではない。だが、人の命の重さを知っているからこそ、説得という手段を模索してしまう。それが優しさという甘さであろうと、この時代に不適合な資質であろうと、彼は求めざるおえない。
「――けど」
虚ろな赤目の鋭さが変わった。敵が
ググッと強く握られたレバー。彼の殺意の表れだ。
「エメ。どうにか壁の上へ行ける?」
「……やってみる」
少しの思考の末、碧狼の胸部で操る彼女は彼の期待に応えようとする。碧狼は運動性が高いMHMであり、回避運動以外にも卓越した跳躍力を有する。空を飛べないのであれば、空へ跳べばいい。
碧狼の瞳が険しくなった気がした。視線は完全にあの赤い鳥――
「スタートッ!」
リシティの掛け声と共に背面の
リシティは頭の中に浮かび上がる不安を向上心に変えて、レバーにあるスイッチを押しながら操作する。
『突撃かァ! ならば撃ち抜くまでよッ!!』
スラスターを吹かしながら加速する碧狼を見つめ、リュークはそれを無謀な突撃と認識する。獣を知恵のない子供と同じような物だと認識している彼だからこそ至る、単純にして最もな答え。何より、一方的な攻撃を行えるからこその油断。
彼は狂喜にかられて引き金を引き続ける。何度も。何度も何度も。ガシャ、ガシャ、ガシャッ。音は悲痛にも何度も響き、朱鳳は何度も火炎弾を放つ。まるで朱鳳が内在する怒りがリュークに移ったように。それを、イビルは咎めもしない。
目の前には火炎弾。軌道など気にせずに始めた、一直線の加速においては最大の障壁。だが、碧狼にはそれを無傷に過ごせる手段がある――
「回れ、光の爪ッ!」
碧狼の左腕に装備されている三本のトンファーの一つが稼働し浮き上がる。それは一閃の光を浮かべながら急速に回転し、巨大な傘を作り出す。かつての人ならそれをプロペラと呼ぶのかもしれない。
その実、これはそんな柔い物ではない。
『俺の火の玉がッ!?』
爆発を引き出すはずの火炎弾は、着弾した瞬間にその光の回転に飲み込まれて消え失せたのだ。厳密には、光であり熱量であるその盾が黒煙すら回転で消し飛ばしたというべきか。それを外から見れば、蒸発したように見えなくもない。
碧狼は小さな反動など意に介せず、そのまま右足を軸に大きく跳躍した。尻尾に内蔵してあるスラスターもふんだんに使い、朱鳳に向かって猛速度で跳び上がる。
『跳んだァッ!?』
「飛べなくても、跳べるんだからッ!」
赤き鳥から聞こえる青年の動揺の言葉に少年はにやりと笑う。
が――
「リシティ。足りない」
「ふぇッ?」
碧狼はバッタではない。トビウオでもなければ、カンガルーでもない。狼だ。
確かにその跳躍力、陸上を走る機動力は高い。だが、あくまでそれは特化したそれと比べると劣ってしまう。機動力も決して最高ではないだろう。
エメの冷静な言葉は現実になって現れる。一気に進んでいた上昇も緩やかになっていく。この惑星の重力がそれ以上の逸脱を許さないように、地表へ降ろそうと抵抗しているのだ。重力の鎖が碧狼を大地へ引き下げる。
『ハッハッハー! 万事休すだァッ!』
「うそ――いやッ!」
高笑いをするリュークに絶望を感じかけたリシティであったが、咄嗟に思いつく妙手を実行する。それは本当に咄嗟で、エメもリシティの思考を呼んで一瞬躊躇ったほどの行動――
即ち、アンカーで逆にあいつを大地に引きずり込もうとする手だ。
「アンカー射出ッ!」
碧狼の後ろ髪を貫通して二つの鎖が飛び出る。元来は姿勢制御用の錨であるが、リシティはそれを以てして空の支配者を大地へ墜とすのだ。
『えっ、なんだよそれェェェェェェッ!?』
予想外の動きに驚いたせいで反応が遅れたリュークは、脚に絡まったアンカーのせいで壁の上からずるっと滑り落ちていく。墜落の時だ。碧狼は陸上での着地はお手の物だろうが、脚を奪われた朱鳳には翼をバタつかせるしか抵抗の手段はない。
哀れにして滑稽。そこに同情を覚えるリシティであるが、その時、神経が繋がっているがゆえに碧狼が感じた微弱な警戒心に従ってその方向を見つめる。
それは巨大な穴だった。黒に染まった壁を突き破った奇怪なそれ。その先に、確かにそれをは見ていたのだ。目はない。巨大な口に大きく尖った牙。装甲は鱗のようになっていて――口からは長い舌が蠢いていた。
「シャアアアァァァァァァァァッ!!」
咆哮が二機の機人獣に襲いかかる。墜落をしながらリシティは自分の知識の中から、その姿に該当する生物を思い浮かべていた。
長くうねった姿をしていて、毒を有し、爬虫類に属するそれは――かつて蛇と呼ばれていた生物であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます