朱い鳥―Hunter―

「緑のお肉が見えたよ」


 食料を回収しに地上へ降りていた赤髪の少女が能天気にそう言う。相手は巨大な機械の鳥であった。赤く塗られた曲線を描いた装甲に身を包んだ、中途半端に機械で中途半端に生物なそれは、壁の上でじっと下を見つめていた。


『入れよ。ありゃお前と同じやつか?』


 鳥の中からぶっきらぼうな男の声が聞こえる。この巨鳥が自然に発生した生物ではない事の証拠であった。管理者アドミニスターが作り上げた、機人獣だ。

 対して赤髪の少女も人間とは断定できない姿をしている。背中には髪と同じ体色の翼が生え、その足はとても硬く細いものであった。鉤爪は生々しく、明らかに普通の人間にはないパーツだ。

 それらは、全て鳥の要素である。


「恐らく。機人獣だよ」

『じゃあ、殺さないとな』


 壁に足をかけた赤き鳥の上腹部が開いた。その中には鳥の態勢のせいで傾いている機械の座席と、その後ろで光り輝く赤い宝石。鳥の少女は背中の羽を器用に使いながらその中にある座席に収まる。

 自分の脚に掛けてあった袋の中身を広げて、それらを座席にあるマイクに向かって宣言していく。


「パンに玉葱に人参にジャガイモ~」

「……カレーでも作るのか?」

「カレー?」

「あーいや、やっぱなし。お前、料理できないんだった」


 コックピットの中に入って、すぐそばにいるようなクリアな男の声が聞こえてくるが、少女の視界に男の姿はない。男は鳥少女より下に位置する腹の中で座っている。

 男は野性味に溢れる格好をしていた。伸び伸びとなった白のタンクトップから覗かせる筋肉質な肉体。肌は少し焼けており、ボサボサの黒髪。

 ワイルドを形にした青年であった。


「イビル。俺はこいつに慣れちゃいない」

「うん。知ってる」


 男はこの赤き鳥の操縦室と言える場所で肘掛に手をやり、非常にリラックスな態勢で上を向いていた。その先は黒の天井で何もないが、いるであろう赤毛の少女の事を想うとそこを向いてしまう。

 イビルと呼ばれた少女の年相応な、邪気のある答えを聞いて話を続ける。


「だが、奴らは許せないんでな。動きは任せた。引き金は俺が引く」

「了解。大丈夫、リューク」


 彼女の声音が変わる。その感覚をリュークと呼ばれた男は理解していた。大よそ、この摩訶不思議な鳥と呼ばれる生物を模した機械に繋がったのだ。そうすると、いつもは十五歳ほどの彼女が、まるで自分と同じかそれ以上に聡明で大人びた口調に変わるのだ。

 それは、リュークという繊細な男にとっては辛い事だ。見知った彼女が別人のようになる。共に生きてきた彼女がいなくなるような気がして――でも、青年は自分の中にある願いのために彼女を利用する。


「貴方は――強いから」

「――当然だ」


 それが合図だった。リュークは両肘掛の先にあるレバーを握る。操縦桿ではなく、それは引き金しかないグリップであった。彼女が、せめて何かを傷つける罪悪感に蝕まれないように選んだ道。同時に自分の願いを叶えるための鍵。

 赤き鳥はその両翼を羽ばたかせて壁よりずっと上――灰色の雲に目がけて飛翔する。


「CP-74 朱鳳シュホウ操縦主マスター、リュークに引き金いきるすべを託します」


 リュークは彼女の抑揚の失った声を聞き、握ったレバーを更に強く握りしめる。怒りは、全てこの引き金が受け止める。だから――


「俺の怒り」

「私の願い」

「「その指標は同じ――心から出ずる誓願、理不尽を越えた未来」」


 二人の声は重なった。リュークはその表情に怒りを込めて。イビルはそんな彼の願いが叶うように俯き。二人の心からの誓願、眼下に建ちつくす黒焦げの町を想い、それを忘れられずに断ずる。

 朱鳳と称される鳥の機人獣は、その瞳を赤に染めて眼下を見下ろした。大地を這う機械の生命体を見つけ、その瞳には怒りが篭る。まるで生きているように。


「始めるぞ、イビル。俺達の復讐劇を」

「始めよう、リューク。私達の復讐劇を」

「キュォォォォォォォオオオオオオンッ!!」


 二人の決意を聞いたのか、機械の鳥は歓喜を示すように叫ぶ。それは決意を称賛する喜悦なのか、それとも願いとは裏腹にある行為を楽しむ愉悦なのか――残念ながら、朱鳳に繋がっていないリュークには理解できなかった。

 声を上げて急降下を始める朱鳳。リュークの座る操縦席には横長方形のモニターが目線の先にあり、それに映る黒い国にいる緑の獣がこちらに気づくのが見えた。

 リュークは右レバーに付属している引き金に指をかける。回転をしながら焦がれた国へ突入する朱鳳に狙いを澄ませるスコープなどない。全て直感であり、当てられる保証などない。

 それに、この先にある光景は自分が生まれ育った光景だ。今や黒く――自分の手で――染まった国の中を見て引き金の指をに力が籠るわけがない。


「リューク」


 だが、同じ志を持つ彼女が催促する。同じくあの国で育った彼女が、怒りをぶつけろと自分の名前を呼んで想いをぶつける。もう、何度もしてきた事なのだから、と訴えるように。


 ――あぁ、そうだな。俺と同じ願いを持つお前がそう言うのだから。

「やるしかねぇよなァ?」


 リュークの口角が上に歪んだ。その黄色い瞳は狂気に見開き、先程まで力が抜けてあった指に再び力が籠る。覚悟が決まった――というより、自分の中にあった破壊衝動に委ねたというべきか。

 少なくとも、そこにあの国にいた頃の青年はいなかった。

 緑の獣はこちらに気づいたようで、全身から何か白い気体を吐き出して隠れてしまう。だが逆に、一面が黒である国ゆえに、狙いは簡単についた。


「ファイァッ!」


 甲高く叫ぶ。自暴自棄にも聞こえるその言葉と同じタイミングでレバーにある引き金を引いた。

 朱鳳の鳥のくちばしが開き、そこから火の玉を放つ。これこそが国を焼いた原因であり、壊れてしまった国を浄化する聖なる火でもあった。自国の否定、リュークの引き金が軽くなっている原因の一つでもある。

 放たれた数発の弾丸は白息の中に吸い込まれ、そして中から白煙を押し上げて爆発を引き起こした。着弾した証であり、リュークは口角を吊り上げながら更に口角を広げる。


「リューク」

「ほぉ……ん?」


 イビルの冷静な言葉にリュークは安堵の息を抑えつけて、彼女が見た標的の後を見る。建てられた展望台であった残骸に身を隠している。なんという速さか。身のこなしのそれを見て、リュークはあれが只者ではない事を悟る。

 朱鳳を壁の上へ着地させて、リュークは自分よりもあれらに詳しいイビルに問う。


「あれは何てだ?」

「狼。もしくは犬」

「オオカミ……イヌ……? またよく解らない単語が出てきやがった」


 彼がこのMエムHエチMエムに乗り込むまで、鳥という存在さえ知り得なかったのだ。それほどにこの国は小さく、そして世界から生命は消えていた。

 イビルはこれらの種を、かつていた生物と語っていたのをリュークは聞いていたが、彼からすれば絶滅した生物など想像するのも難しくて納得しがたい。

 だが、目の前に現れたら戦うしかないのだ。


「もう一度叩くぞ。茶色の奴も連れてこられたら面倒だ」

「そうね。ここであの緑の犬をやりましょう」


 イビルの了承を得たリュークは笑むしかない。今やこの国に人はいない。全力を以てあれを殺す事ができる。そう、全力を以て。あれを。この国を、守る事ができるのだ。


 ――守ってやるからな……

「さぁ、狩りの時間だ!」


 想いとは裏腹に暴言を喚く男。

 彼がこの国を破壊した者と判断する少年。

 二人の繋がりは僅かにもない。しかし、会ってしまえば殺し合いをしなければならない。

 これが世界の理。生存競争の醜い姿であった。

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