出国―Reason―
「人は果て、機は栄えた。だけども、機の主は世界を憂いた」
エメは碧狼に繋がりながらひとりごちでそう呟く。彼女はいつもの幼さを潜めて、冷静で理知的な人格を面に出していた。リシティは慣れてこそいるが、その人格は苦手であるようで、虚ろな目をしながらもその口は硬く閉じていた。
「だから獣を作った。それを人は真似た」
「それが、機人獣と操機人の違い?」
「同じ
碧狼は緑の瞳をしていた。エメが操作しているのだ。その意識が失った元岩人形を引き摺りながら、国へ戻ろうとしている。リシティは意識を失ったイムカを抱きかかえている。
「
「……今回の様に」
「彼は、強くなりたいという
イムカがリシティに伝えた言葉の真意を恐らくそれであった。キッカケは、自分達であったのだ。
そう思うとリシティは悔しさを覚える。自分達が入国しなければ、こんな事は起こらなかったのに――だが、救いはあった。世界に誕生した現代の生命、そしてその共存の道が、今回の一件の唯一の救いであったのかもしれない。
「ねぇ、エメ。僕達の旅路は、どこが終点なのかな?」
「……わかんない」
いつもの幼さを取り戻した彼女に安堵を覚えつつ、リシティは自分の漏らした疑問を考えるしかなかった。終わりなき旅。機械の獣を駆る二人の旅人は、いったいどこへ向かいどこで終わるのか――旅路は終わらない。ただ、リシティはその終わりに恐怖を覚えていたのかもしれない。
碧狼はそんな二人の意志など構わず勝利の雄叫びを上げる。荒廃した荒野に、その雄叫びはいつまでも鳴り響いた。
―――――――End of Stranger―――――――
「もう、行くのかね?」
「はい」
レイグの残念がる声に、リシティは躊躇いもなく答える。長居をし過ぎた、そう思うぐらいにこの国に滞在した。およそ九日間。短いように見えて長い時間だ。
一つの国に滞在し続けると離れられなくなる。特にこのような生活に苦を感じさせない富国にいれば、どうしてもそう思ってしまうだろう。旅の終焉を知らない
あわよくばもう少しいたい、そう思ってしまっているのはリシティがこの国に愛着を持ったからか。
「レイグさんのMHMも修復できたようですし、僕らの力も、もういらないでしょうし」
「……そうか」
あの戦闘の後、ただ起き上がれなかったというだけのレイグのMHMは改修され、鉱山の作業場の修復作業にリシティ達は関わっていた。碧狼が作業に参加できたわけではないが、物を持っていくなどの雑務をこなしていた。
たぶんそれは、国を救った英雄ではなく、国に危機を与えた余所者としての罪悪感から来るものであった。彼らの手伝いを真面目で勤勉だと評価した者もいたが、本人は一切そう感じない。エメは相変わらず面倒臭そうに手伝っていたが、決して碧狼を降りようとはしなかった。
だが、レイグの
「リシティー」
既に碧狼に乗り込んでいたエメが、胸部で深い帽子を被りながら白髪の少年を呼ぶ。レイグが渡した獣耳隠しの帽子を余程気に入ったらしく、その後もずっと被っていたのだ。
リシティは困った顔をしたが、見上げた老人は、はっはっはと軽快な笑い声を上げた。
「すみません……」
「謝る必要はないさ。なに、あれも縁になるだろう。再会の約束の理由にもなる」
「いずれ、返します」
「その時が来る事を祈っているよ」
深皺の老人と握手し、赤目の少年は降りてきた碧狼の黒い手に乗った。振り向かないつもりであった彼であったが、老人が気になる事を問いかけるので反射的に振り向いてしまった。
「リシティ君。君は、何のために旅をするのかね?」
思いがけない言葉は、リシティの思考を狂わせる。残念ながら、今すぐに答えられる言葉はない。リシティ・アートの始まりは決して人と相反れず、その旅の始まりも唐突であったのだから。
まさに
「一秒先の未来を見るために――」
それは本心であり嘘であった。
果たしてそれが自分の求める旅の果てであるのか。しかし、確実に一秒先には失われるかつてあった未来を見つめるために、リシティはエメと碧狼と旅をする。
碧狼のコックピットに座り、神経接続をせずに、その赤い目を静かに閉じさせる。自分のこれからの想像できない少年は、その一時だけでも現実から目を逸らしたかったのかもしれない。
碧狼は開かれた門を進み、外へ進む。リシティのコックピットにあるモニターが曇天の荒野を映し出し、いつもの日常に戻ろうとした――
『リシティッ!!』
その懐かしい声に、リシティはハッとして瞬時に神経接続を行う。言葉もなく行ったリシティにエメは碧狼の中で驚くが、身体を奪われた碧狼はその声の先へ振り返った。
黄色の鬼。付け直されたモノアイの顔に、胸元にある獰猛な印象を与える口。肥大化した両腕が器用に広げて、こちらに向かって横に振っている。口に模した胸部が開かれており、そこには長い波状の茶髪を垂らす女性がスピーカーを持っていたのだ。
『また、会いましょう! きっと、私もこの子と解り合ってみせるから!』
碧狼の放った光線は、原理的には電光の一撃であった。生命体にとって電気は強大な刺激である。それは主材質が岩と鋼の複合であろうと、内部が生命体に近いため、
あとはイムカにこの存在の説明をし、彼女に託した。リシティの経験上、道を違わなければ機人獣は人との共存もできるはずだ。実際、イムカは鬼岩を操縦してこちらに手を振っていた。
――もしかしたら、これが僕の旅の理由なのかもしれない。
リシティ・アートは、自分の生まれた理由を想い、レイグの若人への想いを悟り、碧狼を使い手を振る。まだ確信を持てない旅だけども、彼は小さく願う。
――どうか、僕達の旅が無駄ではありませんように。
振り返り、岩の大国を去る碧色の狼男は、地平線に続く瓦礫の荒野を歩き進む。
壊れ、支配された世界。生存して変遷した国の人々と触れ合い、彼らの旅路は続く。それはどんなに歪んでいたとしても、かつての旅人と同じなのかもしれない。
―――――――Next Destination―――――――
「緑色のお肉が見えたよ」
「とんでるー!」
「地上を這いずる獲物だよこれ!?」
「空を飛べなくて可哀想だなァッ!」
朱の鳥―Ruby Phoenix―
「さぁ、来いよ――犬っころッ!!」
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