後日談―After tale―

老人―Lage―

 男にとって、その生き方は当然であり疑いもなかった。

 二十代まで年老いた両親に育て上げられ、家業である鉱山作業の術を父から学んでいた。MエムHエチMエムもその際に教えてもらい、鉱山作業のお供として新しい黄岩オウガンも受領した。

 四十代の両親が老衰で亡くなり、鉱山作業の人員が増えた事もあって男は、かつてから志望していた国の治安を守る部隊に配属される事となる。

 MHMを使用できる彼はすぐさまに治安部隊で頭角を現す事となった。いや、元から鉱山作業員達に的確な指示を送る事ができる人物であった事もあり、その実力を買われて当時はまだ治安が不安定だった国を副隊長として治めていった。

 しかし、黄岩で銃を握ったのは初めてだったらしく、彼はそれを扱う事に抵抗感を覚えていた。事実、彼は七十代になってまで一度も銃でMHMと人を撃った事はない。撃つ状況に陥った事も無い、とも言うべきなのかもしれないが。

 その後、隊長が病で三十代で亡くなり、繰り上がりで隊長となった彼は国内の治安指導に力を入れた。


「思えば、あの頃から小さな野望はあったのかもしれない」


 この大きくも狭い国に出たいという野望。勿論、風前の灯だ。そんな野望を言葉に出す勇気も無かったし、それ以上に当時はその野望を実行するほどの心がなかった。

 彼は目を奪われていた。人生における隣人を得たからだ。美しい女であったと記憶している。少なくとも貞淑で、素直で、物事をはっきり言える良い女。自分にはないセンスもあって、オシャレが好きな変わった女。だからこそ、彼は無闇な野望ではなく安定を選ぶために国内の治安を優先させた。

 それも、たった十数年で終わる。


 ――私は、あなたと結ばれて良かったです。


 子供には恵まれなかった。伸びつつあった平均寿命を考えても、女の死は早かった。妻の言葉を男は忘れない。三十年以上経った今でも、どんなに過去の記憶が美化されても、彼女の声だけは歪まずに在り続ける。

 十数年の愛する人との暮らしは、短くも男の心の野望を掻き消すには十分だった。子供がいなかった事もあり、唯一大事な人に愛を注いでいた彼は、その失う恐怖に密やかに犯されていたのかもしれない。

 それから彼は、一歩を踏み出す勇気はなかった。自分と同年代の友人が事故で死んだ。自分よりも年下の慕ってくれた後輩も老衰で亡くなった。彼はなぜか長生きしてしまった。奇跡的な生の意味を見いだせず、男は国内で腐り続けた。


「レイグ隊長!」


 ある日、彼女が治安部隊に配属された。名はイムカと言って、若い少女だった。歳を取った彼からすれば、きっかけとなった二十代の年頃の女性だった。

 MHMを扱え、銃撃センスに長けている才女で、自分から危険な治安部隊に入ったという。正義感は強いが思い込みが激しかったり泣き虫だったりと、自分の愛した女とは全くもって似ていなかったが、もし自分達に子供がいたらこうなっていたかもしれない、と漠然と思ってしまった。

 その時に気づいたのだ。自分はいつ死んでもおかしくはない。だからこそ、せめて若人に残せる物はないのかと。失い消沈した彼は、かつて抱いた野望を手向けとして残したいと願うようになった。


「――探索隊の準備完了しました!」

「ごくろう、イムカ副隊長――いや、イムカ探索隊長」


 管理者アドミニスターの侵攻がないかという口実の調査をし始めてから数か月、国外で異常を感知したイムカがある機体を発見し交戦した。イムカは負けはしたが、その機体は命を奪わなかった。そこに意志があった。

 彼らとの出会いは少なくとも男の価値観を変える。国の外でも生きている人間はいる。狭い国に生きていた男は、崩された価値観の中で好奇心が生まれた。外へ、国の外へ歩を進めようと。

 亡き妻の形見とも言える、藍色の帽子を彼らに託したのはその想いを抱かせてくれたからだ。


「演説、楽しみに待っています」

「あぁ、おいぼれの演説を楽しんでくれ」


 彼らが去り、国外のある範囲までは管理者が有する機体が近づかない事に気が付いた男は、それ以上に進もうとする。それは支配者への反抗レコンキスタなのかもしれない。だが、かつての人間が犯した過ちを若人に残したくはない。せめて、世界を広げたいと思ったのだ。

 力を付けたイムカを中心に探索隊を編成。遂にその出発の日となった。あの運命の出会いの後、腰をやったレイグは杖をつきながら椅子から立ち上がる。


 ――私が残す彼らへの約束だ。


 イムカに連れられて門の外へ出る。そこには複数もの黄岩の改造機が立っていた。中心には、そのキッカケとなった鬼岩オーガンの姿があり、イムカがいそいそとその横へ走りくるっと振り返った。

 レイグは杖をつきながらも自立し、右手に持ったスピーカーで声を張り上げる。


『我が最後の願いに応えてくれた勇敢なる諸君。このおいぼれの妄想に付き合ってもらった事を、再びここで感謝する。君達に任せるのはただ一つ、世界を広げる事だ!』


 ――その願いは、かつての物よりも歪んでいて肥大化している。


『我が国、ビッグオーガンは管理者の支配に抵抗する。しかし、その手段は抗戦ではなく、あるであろう国と国を繋げることだ。かつてあったとされる国交を復活させ、人と人の繋がりを強固にし、君達と君達の子らに広がった世界を見せてあげたい!』


 ――それは果てしない願いであり、老人が想う幻想であろう。


『君達の旅路に幸を願う。人々の未来にも幸を願おう。どうか――どうか、君達の力で君達の未来を求めてくれ』


 ――だがそれでも、この後の時代の人々が生きる価値を見いだせるならば、私はこの言葉を叫ぼう。


『探索隊諸君! 生きよ。君達が残せる物を残せ。それが、私が君達に残せる小さくも大きな野望だ!』


 一秒先の未来が死であるかもしれない老人は、その生存した生命の中で叫ぶ。若人に残したい、その一心で。この一瞬こそが、自分の人生の総てであったと語るように。


『探索隊――出発!』


 それこそが、彼の生存闘争いのちのありかただから。

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