第5話 純白の想い


「二人とも、薪を割る姿が板についてきたようじゃな」


 次の日、エクスとタオは朝からおじいさんと一緒に薪割りをしていた。


「こういう単純な作業、結構好きかも知れない」


「エクスは結構こういう作業似合うかもな。派手さがないと言うか、地味と言うか」


「存在感薄くて悪かったね……僕だってそれは気にしているんだよ」


「存在感薄くたっていいじゃないか、こうやって誰かの役に立っている。それ以外に何が必要なんだよ?」


 タオは表情を変えずに、エクスに言ってくる。その言葉にエクスは戸惑った。


「確かに、その通りなんだけど……なんだか、腑に落ちなくてね」


「まあいいさ、エクスはエクスのやるべきことをやれ。それが正しいって思ったら、俺も協力してやるからさ」


 タオの姿はエクスには真っ直ぐに見えた。

 その真っ直ぐさに、エクスは救われる思いを抱える。


「みんな、ごはんができたわよ! 早くいらっしゃい!」


「今日はシェインも頑張りました。ご賞味あれ、です」


 小屋の扉から顔を出したレイナとシェインが声をかけてくる。

 その声に呼応するように、エクス達は返事をし朝食の席に着いた。


 エクスはいつもの席に着こうとすると、おばあさんが困った表情を浮かべていることに気付く。


「おばあさん、浮かない顔をしているけどどうしたの?」


「え、ええ……それが、ごはんができたからカクを呼んでいたのだけれど、返事が全然なくてねえ……どうしたものかしら……」


 困っているおばあさんに対し、レイナは思っていたことをそのまま口にした。


「カクは、開けないで、と言っていたのだから、無理に呼ぶことはないんじゃないかしら?」


「シェインもそう思います。彼女の顔からは、その……鬼気迫るものを感じました」


「シェインがそう言うなら、本当だろうな。鬼がそう言っているんだからな」


「タオ兄、今はそういう話をしているのではないのです」


 シェインが呆れたようにタオに言う。その瞳はとても細くなっていた。

 だが、レイナ達の意見とは異なる考え方をおじいさんは示した。


「じゃが、そうは言ってもカクはわしらの娘じゃ。一緒に居ることに何の問題がある? それに、食事はみんなんで、家族揃って取った方が言いに決まっているじゃろ。なあ、ばあさんや?」


「おじいさんの言う通りですね。私たちは家族なのですよ。一緒にいたいと思って悪いことなんてありませんよね」


 そう言うと、おじいさんとおばあさんは奥の扉に手をかける。

 その行動にエクス達は口を挟むことは無かった。

 そして、意を決したように二人は扉を開けた。


「――――――ッ!?」


 扉を開けると、そこにカクの姿は無く、代わりに純白の鶴が一羽いたのである。


 鶴は、自分の羽毛を抜き、それを糸の間に織り込みながら布を作っていた。

 その布は、鶴と同じく純白の美しい布だったのだ。


「どうして……どうして……絶対に開けないでと言ったのに……」


 鶴は震える声で、何度も何度も同じ言葉を繰り返す。


「つ、鶴!? いや、じゃが、わしらはカクと一緒に食事をとろうとな――」


「そんなの関係ない!」


 この空間が壊れてしまうのではないかと思うくらいの声量で、鶴は悲痛な声を上げた。


「私は……あなた方に頂いた恩を返したかったのに……感謝していたのに……それなのに……どうして……?」


「か、カク……?」


「どうして…………どうして、どうして、どうして! どうしていつも私の邪魔をするの!?」


 その言葉と同時に、純白の鶴は漆黒の化け物へと姿を変えてしまう。


「嘘でしょッ!? カクがカオステラーだったの……!?」


「お嬢、嘆いている暇はないぞ! 今はこいつを何とかしないと!」


「おじいさんとおばあさんは逃げてください。ここは僕らが何とかします!」


「じゃが、カクが……」


「ええ、その子は私たちのたった一人の娘なの……」


「必ず、カクは僕たちが助け出します! だから、早く逃げて!」


 エクスの必死な声に、おじいさんたちは後ろ髪引かれる思いでその場を後にする。


「みなさん、来ます! 油断しないでくださいッ!」


 カクとエクス達の、運命を掛けた戦いが始まった。



       ◇



「はぁぁぁあああああッ!」


 エクスが強烈な一撃を叩き込み、カオステラーは消滅した。


 カオステラーが居た場所に倒れている少女に、エクスはすぐに駆け寄る。


「カク! 大丈夫!? しっかりして!」


 そこにいたのはカクだ。

 カオステラーに憑依されてしまった、純白の美しい少女。


 だが、エクスの問いに答えることなく。カクは心の声を漏らす。


「私はただ……ずっと二人の娘で居たかったの……二人のことが大切で、命の恩人だから……例えこの身が尽きようとも、二人が笑顔になってくれるならそれでいいと思っていた……」


 声を震わせながらも、カクは言葉を止めることは無い。


「でも、いつからか……二人と一緒に居ることが私の願いになっていた……だけど、いつだってその願いは叶わない。必ず最後は、二人は覗いてしまうの……それが悲しかった……私は帰らないといけなくなってしまうから……」


「カク…………」


 カクの告白に対し、エクスは首を振りながら重い口を開く。


「でも……でもね、あの二人も、カクのことが本当に大切だったんだよ。だから、心配で見ずにはいられなかった」


 優しい声で、エクスは諭すように言葉を紡ぐ。


「カクが本当にしないといけなかったことは、機を織ることでも、悲しい想いに染まることでもない。ただ“二人の側にいてあげること”だったんじゃないかな」


 その言葉を、カクは想いを堪える表情で聞いていた。

 だが、それはすぐに溢れ出してしまう。


「あはは……鶴の私には…………よく分からないよ……」


 そう言ってカクは微笑む。憂いを抱えた瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。


 その悲しげな表情に、エクスは何も言わずにレイナを見る。


 理解を示したレイナはそのままゆっくりと目を閉じた。



『混沌の渦に呑まれし語り部よ、我の言の葉によりて、ここに調律を開始せし』



 世界は白い光に包まれる。白い、白い、純白の世界の中に。


 その白い中に、エクスは見た気がしたのだ。


 カクが一人、悲しそうに笑っている姿を。



       ◇



『きゅーーーーッ!』と甲高い声と共に、一羽の鶴が飛び立った。


 純白の羽を輝かせながら、灰色の空を一人で羽ばたく。

 その姿を、エクス達はただただ見上げていた。


「ねえ、鶴は……カクは、またおじいさんたちと……仲良く暮らせるかな?」


 エクスのつぶやきに、隣にいたレイナが遠くを見ながら答える。


「どうかしら、一時的には暮らせると思うけど、結末は変わらないわ。正体を知られてしまった彼女は、再び鶴となり大空に消えていくの。それが運命の書に記された、彼女たちの結末」


「そう…………それで……カクやおじいさんたちは、幸せなのかな?」


「………………」


 その問いにレイナは答えることは無かった。だが、代わりにタオが口を開く。


「なあエクス、そんなことは誰にも分かりはしないさ。みんな決められた運命を演じているだけ、それだけ、ただそれだけだ。でもな――」


 そこでタオは言葉を区切る。そして爽やかな笑顔でこう言った。


「じいさんたちと一緒にいた時のカクの表情は、その顔は、“心からの笑顔だった”って俺は信じるぜ」


 その言葉にエクスは顔を上げる。

 灰色の空が今の自分の心を表しているようだった。


「見て下さい、雪です」


 シェインは空高くを指差す。


 そこからはいつかと同じ真っ白な雪が舞っている。

 それはそう、カクと出会ったあの日と同じ雪。


 その雪がエクスの手のひらに舞い落ちる。

 雪は体温で容易く溶けていく。

 でも、エクスは確かに感じたのだ。


 その純白の雪の結晶の中に――



『私は…………幸せだったよ』



 カクの想いが込められている。

 そんな気がした。













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鶴の恩返し想区―スノーホワイト編― 悠木遥人 @yuuki-qi

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