第4話 一人娘
次の日、眩しい日差しに目を覚ましたエクスは、白い息を凍らしながら家の外に出た。
「雪が、止んでるね」
辺りには昨日の雪がそのまま残っているものの、それほど深いものではなさそうだった。
「おはようございます、エクスさん」
いつの間にいたのであろうか。エクスの後に立ったカクが、柔らかな笑みを浮かべる。
「おはようカク、よく眠れたかい?」
「はい……すごくよく眠れました。いえ、寝る前までは興奮状態だったと思うのですが、朝目覚めた時の気分は今までに経験したことがないほど清々しいものでした」
「そうか、よかったね」
「はい、これもエクスさんたちのおかげです。本当にありがとうございました」
そう言ったカクの笑顔は、キラキラとした輝きに満ちた素敵な表情だった。
「ようエクス、早いじゃないか」
「おはようです。雪が止みましたね」
「ふああああーおはよーなんだか、眩しいわね」
カクに続くように、みんなが家から出てくる。
「なんじゃ、もう起きたのか。もっとゆっくりすればいいものを」
その声に振り向くと、そこには朝から薪を割っているおじいさんの姿があった。
「おはようございます。あの、朝からやっているんですか?」
「これがわしの日課なんじゃよ。やらないと落ち着かなくてな。どうか気を悪くはせんでおくれよ」
そんなおじいさんの姿を見たカクは、躊躇いながら遠慮がちに口を開いた。
「あの、おじいさん……一つ、お願いがあるのですが……」
「なんじゃ、わしにできることなら遠慮なく言いなさい。なんせ、カクはわしらの娘じゃからのお」
その言葉に、カクは再び照れながらもそれを何とか隠し言う。
「はい……では、お言葉に甘えまして……あの、糸を買ってきていただけないでしょうか?」
「ふむ、糸か……何に使うかは知らないが、それくらい容易い御用じゃ。どれ、薪割りが終わったら行くとするかの」
「あーじいさん、それ俺たちが代わりに行くぜ」
二人のやり取りを見ていたタオが、割り込むように言う。
「ふむ、そう言えばお主らは町に用があるんじゃったな。ならば頼むとするかの。町への道は、目の前の道を道なりに行くだけじゃ。なに、方向音痴でも問題ないから安心せい」
その言葉に、無意識のうちにみなでレイナを見ていた。
「な、なんでみんなで私を見るのよ!」
絡みつくようなその視線は、とても意味ありげなものであった。
レイナと言えば方向音痴。方向音痴と言えばレイナ。
この二つは決して離れることができない運命にあるのだ。
「もうッ! とにかく、町で情報を集めましょう!」
「糸を買うなら、これを使ってくれ」
そう言うと、おじいさんは少し汚れた小銭をタオに渡す。
「いいのか、じいさん?」
「気にせんでよい。大切な一人娘の願いじゃ。わしが叶えなくて誰が叶えると言うのじゃ」
「そうか……分かったぜ! じゃあ、行ってくる!」
「カクはどうする? 一緒に来る?」
エクスはカクに問うも、返事はすぐに返ってきた。
「いえ、私はここに残ります。おじいさんとおばあさんのお手伝いをしたいので」
「そう言うことなら、私たちだけで行きましょう。みんな行くわよ!」
カクの言葉を聞くや否や、レイナは気合の籠った声を上げる。
「姉御、急に張り切りだしたのです」
「一本道だからね、さすがに迷う事も無いから自信が出たんじゃないかな?」
「まあ、それを覆してくれるのがお嬢だと俺は信じているぜ」
「みんな何ごちゃごちゃ言っているのよ! 早く来ないと置いていくわよ!」
レイナの言葉に続き、エクスたちは家を後にし町を目指した。
浅い雪の中、しばらく進むと突然レイナが道から外れ森の中に入ろうとする。
「ちょっとレイナ! どこに行こうって言うの?」
「どこって、こっちの方が近道っぽいから行こうとしただけよ?」
「姉御、そんなことをするから道に迷うのです……」
「さすがお嬢だな、期待を裏切らなかったぜ」
三人のリアクションはそれぞれ違ったが、レイナはまだ困惑の表情を見せていた。
「え、なんで? 一体なにがだめだったの!?」
「これは……重症だね……」
「ここまで来るともう病気レベルです。一度お医者さんに診てもらった方がいいと思います」
エクスとシェインは諦めたような、何かを悟った表情でレイナに言った。
「だからぁ、なにがどうだめなのか説明してよぉぉぉ!」
レイナの嘆声にエクスもシェインも口を開くことは無かった。
だが、タオだけが違った声を上げる。
「――――お嬢そこまでだ! 先にこいつらを倒すぞ!」
気が付くと、レイナ達はヴィランに囲まれている。
「もう! 誰も答えてくれないなら、こいつらに聞くまでよ! さあ答えなさい、私の何がいけなかったの?」
「クルルルルルル、クルッ!」
「もう! 何を言っているのか全然わからないわよッ!」
なぜかヴィランと会話しようとしたレイナだったが、予想通りの展開にレイナは頭を抱えた。
「ねえ、レイナって天然なの?」
「多分そうですね。本人にはその自覚はないと思いますが」
「お嬢はお嬢だろ。さあ、俺たちも行くぞ!」
銀色の世界が溶け始める中、エクスたちはヴィランに斬りかかった。
◇
町に着いた一行は、無事カクが欲しがっていた糸を購入することができた。だが、カオステラーにつながるような有力な情報は得られず、そのまま町を出ることにした。
「カオステラー……一体どこにいるのかしら?」
手がかりになる情報を一つも得ることができなかったレイナは、困ったようにつぶやいた。
「姉御、ここの想区の登場人物って分かりますか?」
「うーん、鶴と娘、おじいさんと、おばあさんが出てくるのは覚えているんだけど、誰も怪しそうな人が居ないのよね」
「そうだね、おじいさんもおばあさんもいい人だし、カクも一生懸命おじいさんたちの役に立とうとしているもんね」
「となると、別の誰かがカオステラーってことになるか?」
「どうかしら、そもそもこのお話ってそんなに登場人物がいたかしら?」
レイナは腕を組みながら深く考えるも、答えは出なかった。
そんな会話をしているうちに、一同はおじいさんの家に戻ってくる。
「じいさん、今戻ったぜ!」
タオが元気よく扉を開けると、おじいさんたちは囲炉裏を囲んでお茶を飲んでいた。
「おお、よく帰ってきたのお。何か問題はなかったか?」
「ええ、何も問題はないわ!」
誰よりも先にレイナが主張する。
そんなレイナの必死な姿を、エクスとシェインは一歩引きながら眺めていた。
「ち、ちょっと! 何か言いたいことがあるなら言いなさよ!」
「い、いや、僕は別に…………」
「シ、シェインも何もないです…………」
「その無言の間は、いったいなんなのよぉぉ!」
二人の微妙な表情にレイナは再び頭を抱えた。
頬を膨らませているレイナのことは気に留めず、エクスはカクの側に行く。
「はい、これ。約束した糸だよ」
「はい、ありがとうございます」
エクスから渡された糸を、カクは一礼し丁寧に受け取った。
「この糸、何に使うの?」
「………………」
そう問うも、エクスの問いにカクは答えない。
すると無言のまま彼女は立ち上がり、奥の部屋の扉の前にするすると行く。
「あの、みなさん……私はこれからこの糸を使い、機を織ります。ですので、機が織り終るまでは“決してこの扉は開けないで”ください。どうか、どうかお願いします」
そう言って、カクは奥の部屋へと入っていってしまう。
突然のカクの行動に、一同は驚き、戸惑ったが、誰も覗こうとする者はいなかった。
これが、この想区の在り方であり、そういうものなのだと理解し。そして、
それが彼女の願いならば、と――
おじいさんが手に持っていたお茶をすすり直す。
気が付けばそのお茶は、熱を失った冷たいお茶だった。
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