第3話 優しい老夫婦


「ぼ、僕たちは、ただ雪を凌ぐためにここにいたのです! 決して怪しいものではありません!」


「本当に怪しい奴は、大抵そう言い訳するのじゃ!」


 エクスが真っ先に弁明するも、おじいさんにすぐに否定されてしまう。


「まあ、じいさん落ち着いてくれ、お嬢の顔を見てやってくれないか」


「ぶるぶるぶるぶる」


 レイナは体だけではなく、発言そのものが震えていた。


「今にも凍えそうなのです! どこか、暖をとれるところはありませんか?」


「私からもお願いします。レイナさんをどうか暖かな場所へ」


「ぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶる」


 シェインとカクの必死な表情に、おじいさんの顔が徐々に和らぎ始める。


「なんじゃそういうことか。そういうことは早く言いなさい。何もある訳じゃないが、うちでよければみなさん来なさい。なーに、寂しい老夫婦じゃ、遠慮はいらないよ」


「本当ですか!? ありがとうございます!」


「話の分かるじいさんで助かったぜ」


 おじいさんの柔らかな表情に、エクスとタオはほっと胸を撫で下ろした。

 和解したところで、シェインは素早くおじいさんに聞いた。


「おじいさん一つお聞きします。シェイン達は町に行きたいのですが、道をご存じですか?」


「もちろん町までの道のりは知っているが、なんせこの雪じゃ、行くのは難しいじゃろう。行くにしても、雪が止んでからじゃな」


「そうだね、この雪じゃ仕方ないね」


「とにかく今は暖をとることじゃ、みなさん、わしについて来て下され」


「とにかく今はじいさんの行為に甘えるとしよう。このままだと、お嬢がやばそうだからな」


「はい、そうです! 私もその方がいいと思います!」


 タオの提案にカクは頷く。

 その表情は大きくは変わらないものの、どこか切実なものだった。


「ぶるぶるぶるぶる…………がくっ……ぱたり……ちーん」


「あ、姉御!? しっかりしてください! 姉御!」


「ケーキが……ケーキがお空を飛んでいるわ……待ってええ」


 レイナは目を回しながら、虚空を虚ろな瞳で見ていた。


「おい……誰かお嬢に付き添ってやってくれ……」


「うん、その方がよさそうだね。ほらレイナ、肩を貸してあげるから、掴まって」


「ワッフル……ワッフルが……わふわふ……」


 エクスが肩を貸すも、今もレイナはふらふらしている。


「たく、みんな寒さに頭をやられすぎだっての」


「そういえば、タオさんは特に取り乱していないですね」


「あたぼうよ! この程度の寒さに負けているようじゃ『タオ・ファミリー』の名が泣くぜ!」


「うふふ、タオさんは面白い人ですね」


 タオの熱い姿に、カクは両手をふわりと合わせて微笑んだ。


「今の会話のどこに面白さがあったんだよ!?」


「ほれ、ごちゃごちゃ言ってないで早くいくぞお!」


 降りしきる雪の中おじいさんについて行った一同は、ほどなくして目的の場所に辿り着いた。


「ここがわしのうちじゃ。さあ、遠慮せずにあがりなさい」


 おじいさんに促された一同は、寒さから逃げるように家に上がった。

 合掌造りのような建物は、入るとすぐに暖かな囲炉裏が出迎えてくれる。左手には炊事場があり、奥手にはもう一つ部屋があるようだった。


 すると、ここの住人であろうおばあさんが、大勢の姿に驚いたように両手を上げた。


「まあまあ、こんなにたくさんの方々が。おじいさん、いったいどうしたのですか?」


「なあに、寒そうにしていたからな。雪が止むまで暖をとらせてやろうと思っただけじゃ」


「あらあら、そう言うことでしたか。みなさん、何もない狭いところですが、どうぞゆっくりしていってくださいね」


 おばあさんの一礼に、一同は礼の言葉を述べ、すぐに囲炉裏を囲む。


「い、い、い、い……生き返るわぁぁぁぁ」


 レイナは恍惚の表情を浮かべながら、暖かな火に手を伸ばし、両手を閉じたり開いたりしていた。


「うん、火があるだけでこんなにも気持ちが変わるなんて、不思議なことだよね」


「みなさん、お腹は空いていませんか?」


 のほほんと温まっている一同に向かって、おばあさんは柔らかな笑みを浮かべる。


「なに、遠慮せずともいいわ。うちはばあさんと二人だけじゃからな。たまには大人数で食事を取りたいだけじゃよ」


 そう言われるも、一同はすぐには返事だ出来ずにいた。しかし、


「ぐーーーーーっ」


 静かな部屋の中に響き渡る謎の音。

 その音源であるレイナは顔を真っ赤にし、そのまま俯いた。


「あはは、すいません、僕たちもお腹が空いているので、お言葉に甘えさせてもらいます」


「そうですね、シェインも何か温かいものが食べたいです」


「お嬢は見ていて本当に飽きないな」


「う、うるさいわよッ……悪かったわね……」


「はいはい、それじゃあすぐに支度しますね」


 俺たちのやり取りを見ていたおばあさんは、慈しむような顔で見つめた後、炊事場に向かった。


「おばあさん、私も手伝います」


 すると、おばあさんの後を追いかけるように、カクはすっと立ち上がった。


「あらあら、いいのかい? 悪いねえ」


「とんでもありません、お世話になるのです。これくらいはやらせてください」


「じゃあ、私もっ!」


 レイナも勢いよく立ち上がり、協力しようとしたが、カクはそれを望んでいなかった。


「いえ、レイナさんたちはそのまま休んでいてください。先ほどから何度も助けて頂きました。お礼も兼ねて、ここは私に任せてください」


 カクの譲れないという表情に、レイナはそれ以上言葉を紡ぐことができなかった。仕方がないので、そのまま大人しくすることを選択する。


 カクのテキパキとした動きのおかげもあったのだろう、ほどなくして暖かなおかゆが出来上がった。

 囲炉裏のおかげで、多少は寒さが和らいでいた一同だったが、内側からの暖かさに思わず心を震わせた。


「お、お、おいしいわ!」


「ええ、こんな温かくて美味しい食事は久しぶりなのです」


「味の加減もちょうどいいね。ずっと食べられそうだよ」


 暖かな食事をかきこむように平らげ、一同は食事を終えた。

 すると、タオが思い出したように口を開く。


「そういえば、じいさんは何で雪の中あの小屋にきてたんだ?」


「んん? ああ、薪がなくなりそうじゃったからな、取りに行ったんじゃよ」


「あれだけの量となると、おじいさんは普段から薪を割っているの?」


「そうじゃよ。今の収入源じゃからな。老体に鞭打って毎日割っているのじゃよ」


 冗談めいた声で、おじいさんはそう言う。その言葉を聞いたエクスは、目配せするようにタオを見た。その意味をすぐに理解したタオは、おじいさんに提案するように胸を叩いた。


「なら、今日は俺たちがその巻き割りをやらせてもらうぜ」


「じゃがしかしな……」


「暖かな場所と、暖かな食事を頂いたんです。それくらいのことはさせてください」


「全く、若さには勝てんのお。ならば、お主らの言葉に甘えるとするかの」


「そうこなくっちゃな!」


「じゃあタオ、さっそく薪を割りに行こう」


 エクスとタオは外に出ると家の前にある切株で巻き割りを始めた。

 雪はまだ止む様子を見せなかったものの、暖かな食事で回復した二人に今の雪は大した脅威ではなかった。


「じゃあ私たちも、せめて洗い物や、お掃除くらいは」


「そうですね、シェインも姉御の意見に賛成です」


「あらまあ、お客さんにそこまでしてもらわなくても大丈夫ですよ」


「いえ、そんなことはございません。是非、やらせてください」


 カクは勢いよく鼻から息を吐き出し、人一倍のやる気を見せる。

 その表情に、おばあさんは簡単に押し負けてしまう。


「わかりました。ほどほどでいいですからね。よろしくお願いします。」


 その言葉を聞くや否や、カクは今までにない素早い動きで、洗い物を始めた。

 その姿に、レイナとシェインは面食らった表情を見せる。


「シェイン! 私たちも負けてられないわよ!」


「はい姉御! シェイン達も頑張りましょう」


 おばあさんから、ボロ布を借りたレイナ達は、家の掃除を始めた。その時――


「私はこちら側をやりますので、レイナさんたちはそちらをお願いします」


 先ほどまで洗い物をしていたはずのカクが、既にその仕事を終え、レイナ達と共に掃除を始めたのである。


「そんな嘘でしょ!? もう終わったの?」


「信じられません……これが恩返しの力?」


 二人の驚嘆を気に留めることなく、カクは家中を瞬く間に磨き上げていく。

 カクの圧倒的な素早い仕事にレイナ達は驚かされていた。そんな間にことは終わる。


「だいたい、こんなものでしょうか」


 レイナとシェインがほとんど動く間もなく、カクが家中の掃除を終えてしまう。


「あれ……私たち何かしたかしら……」


「姉御……結果ではなく、やろうとした気持ちが大切だとシェインは信じたいです」


「みなさん、お茶が入りました。いかかですか?」


 気付けば、掃除を終えたカクはお茶まで準備をしている。

 動きに一切の無駄がなく、完璧と言う言葉は彼女の為にあるようだった。


「まあまあ、なんて素敵な子なのかしら。こんな子が私たちの子供だったらねえ」


 おばあさんは驚きながらも、カクの働きぶりに心から感心していた。

 隣で見ていた、おじいさんもつられるように口を開く。


「全くじゃのぉ、ただのべっぴんさんというだけじゃなく、こんなに懸命な子だったとはなあ」


 二人のその言葉に、カクは真剣な眼差しで見つめ返した。


「あの……私は身寄りのない一人娘です。もしよろしければ、これからもここに居させてもらえないでしょうか?」


 それは突然の懇願だった。だが、老夫婦は躊躇いもなく喜びの声を上げる。


「もちろんいいに決まっているじゃろ。なに、居るだけとは言わずにうちの娘になってくれんかの? なあ、ばあさんや」


「ええ、ええ。こんな素敵な子が私たちの娘だなんて、これ以上に素晴らしいことはないですよ。是非、私からもお願いします」


 二人の言葉にカクは顔を真っ赤にし照れながらも、どこか幸せに満ちた表情だった。


「はい……私でよければ……よろしくお願いします」


 そのやり取りを見ていたレイナ達は、囲炉裏でも食事でもない熱で心が温まっていくのをじんわりと感じていた。


「私たちは外の二人を呼びに行きましょうか。お茶が冷めないうちにね」


「そうですね。シェインも少し熱くなりすぎてしまった様です。ちょっと涼みに行きましょう」


 微笑むような表情で、二人は巻き割りをしているエクス達の下行く。


 扉を開けると、雪はまだ降り続いていた。

 真っ白な雪はレイナ達の熱を溶かすように、ゆっくりと舞い落ちた。

 同じ雪のはずなのに、この想区に来た時とは少しだけ違う。

 二人の目には、ふわふわと柔らかな雪が瞳に映っていた。


 そんな気持ちをぶち壊すかのように、エクスたちが声を上げる。


「ヴィランだ! タオ、またヴィランが現れたよ!」


「お嬢! シェイン! ちょうどいいところに来た。手を貸してくれ!」


 折角下がり始めた体温を、レイナとシェインは再び上げることになったのだ。


「もう、仕方ないわね! おじいさんとおばあさん、そしてカクは私たちで守るわよ!」


「はい、あの笑顔は誰にも壊させないのです」


 雪舞う中、熱のこもった四人の戦闘が始まった。














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