第2話 物置の物音
「みなさん、あそこに建物があるのです!」
雪が舞う中、シェインはぽつりと佇む建物を指差した。
雪を凌ぐため移動していた一行は、山の中に小さな小屋を発見する。
「ここは、物置か? まあいい、とにかくここに入ろう」
躊躇いなく入ったタオとは対照的に、エクスは辺りを観察しながら慎重に小屋に入る。
「どちらかと言えば、納屋だね。薪がたくさん積んであるよ」
「物置でも、納屋でもどっちでもいいわよ……早く入りなさい……ぶるぶる」
足取りが誰よりも重くなったレイナが最後に納屋の中に入る。
一同は、中にあったござを敷き、冷たい地面にゆっくりと腰を下ろした。
エクスはシェインが元に戻ったことに胸を撫で下ろしつつ、カクに尋ねる。
「それで、カクはこの辺りに住んでいるの?」
「はい、この先の森にある小さな小屋に住んでいます」
「町のことについては、何か分かりますか?」
シェインも情報を得るために、カクに話しかけるもカクはごめんなさいと首を振った。
「すいません、森からほとんど出たことがないので、よく分かりません。両親なら何か知っていたかもしれませんが……」
「その……ご両親が亡くなったのは最近のことなの?」
その話題にエクスは躊躇いながらも、素直に問う。
「ええ……つい先日のことです……」
カクの表情はほとんど変わらなかったが、その代わりにと言わんばかりに、シェインが言ってくる。
「新入りさん、乙女は繊細なのですよ? 言葉には気を付けて下さい」
「シェインがまだ根に持っている!?」
エクスの狼狽を気にすることなく、レイナは顎に手を当てながら何かを思案した。
「両親と死別して、雪の中親類を訪ねるのって……なんだか、“鶴の恩返し”みたい――」
その言葉に、いままで穏やかだったカクの表情が一瞬のうちに消え去った。
「え、レイナさん何かおっしゃいましたか、私寒さで耳がかじかんでしまった様で、申し訳ありませんがもう一度言っていただけますか?」
「――ひいっ!?」
レイナに迫りながら、矢継ぎ早にカクは言って見せる。
そんなレイナの失態を、シェインはいち早く見抜いていた。
「あ、姉御! 本人を目の前にして正体を暴いてはだめですよ! その話は、正体がばれた鶴は、そのまま帰ってしまう話だと姉御が教えてくれたじゃないですか。ここは何とかうまく誤魔化してください。ひそひそ」
レイナにしか聞こえないように、シェインはひそひそと耳打ちする。
「ああ、私としたことが……そうだったわね! わ、分かったわ、何とかやってみる! ひそひそ」
「あの二人は、何をこそこそしているんだ?」
二人の怪しげなやり取りに不信を感じたタオは、呆れるように見ていた。
「さあ、乙女は繊細らしいからね。僕にはよく分からないよ」
レイナは顔を強張らせながら、カクに向き合う。
「か、カク、違うのよ! わ、私は……」
「じーーーーー」
カクの無言の視線がレイナに突き刺さる。
そのプレッシャーに寒さを忘れたのかと思うほど、レイナの顔には汗が浮かんでいた。
「なんだかあの娘、やけにお嬢のこと見ていないか?」
「たぶん、あそこに繊細さが凝縮されているんだよ」
「おい、エクス。お前さっきからちょっと変じゃないか?」
「僕が変だって? まさか、僕は普通だよ。ただ、繊細の意味について二十八通りくらい考えていただけさ」
エクスは笑顔で答えるも、その表情はどこか遠いものだった。
「おいエクス! お前に何があったんだ!?」
「あはは、あはは。雪だ、雪が舞っているよ。あはは、あはは」
「エクスが壊れた!? いや、そもそも屋内だから雪は見えないだろ!」
「あ、シンデレラだ。シンデレラ、僕のシンデレラ♪」
「お前には一体、何が見えているんだよ!?」
タオが一通り突っ込んだところで、シェインは促すようにレイナの背中を押した。
「あ、姉御! さあ、お願いします!」
「じーーーーーーーーー」
突き刺さるようなプレッシャーに耐えながら、意を決したようにレイナは口を開く。
「つ、つ、つ、つ…………つるし上げ!」
「何をつるし上げるんですか!?」
「じーーーーーーーーーーーーーーーー」
先ほどよりも、さらに目を細めたカクがレイナにじわりじわりと迫る。
「つ、つ、つ、つ……………鶴の一声!」
「なぜ禁止ワードを言ってしまうのですか!?」
「レ・イ・ナ・さ・ん? じーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
顔で笑いながら、心で怒りを抱えている。カクの表情はまさにそれだった。
「ひょえええええええっ」
レイナが恐怖の叫びをあげたその時、ドンドンと扉をたたく音が小屋の中に響いた。
「あ、ああ! だ、誰かしら? い、今出ますよ!」
レイナは好機とばかりに、扉の方へ走っていく。
「姉御が露骨に逃げたのです!」
「クルルルルッ!」
レイナが扉を開けると、お呼びではない客人が来訪してくる。
「だから、なんでヴィランが出てくるのよ!」
「姉御、突っ込みは後です! まずはヴィランを片付けましょう!」
二人の姿を見ていたタオも、素早く行動に移ろうとする。
「よし、俺たちも行くぞ! エクス!」
「ほら、これがガラスの靴だよシンデレラ。きっと、君にぴったりだと思うんだ」
「お前はいつまでやってるんだよ! べしっ!」
タオのチョップがエクスの頭頂部にさく裂する。
「あれ……僕は何をやっていたんだ?」
正気に戻ったエクスも加え、四人の戦闘が始まった。
◇
雪が舞う中、四人は危なげなくヴィランを退けた。
「たっく、こんなところにまで現れるのかよ」
吐き捨てるように、タオは今倒したヴィランを見下しながら、冷たい視線を向ける。そんなタオとは対照的に、飄々としたエクスが声をかけてきた。
「タオ、疲れてないかい? ちょっと動きが悪いように見えたよ?」
「惚けていたお前には言われたくないわ! てか、誰のせいだと思っているんだよ!」
「ん? タオが何のことについて言っているのか、僕には分からないよ。シンデレラは何か分かる?」
「だから目を覚ませっつうのっ! べしっ」
「うぐッ――!?」
エクスは軽く目を回しながらも、正気を取り戻すように首を強く振った。
「あれ……僕はいったい……?」
その言葉に、タオはあえて口を開かなかった。
そんなやり取りを一切見ていないシェイン達は、鬼気迫る表情のカクと向かい合う形で対峙していた。
「あ、姉御…………」
「え、ええ……分かっているわ」
「じーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
二人は僅かに滲んできた汗を手に握り、カクの視線をなんとか耐える。
そしてレイナは、覚悟を決めたと言うように、カッっと大きく目を見開いた。
「つ、つ、つ、つ…………冷たかったの! 雪が!」
「姉御! それはただの感想です!」
レイナの言葉を聞いたカクは、言葉を発することなく、無言で俯いてしまう。
その姿に、レイナとシェインの頭には”失敗”の二文字しか浮かんでこなかった。
「………………なんだ、そうだったんですか。私ったら、すいません」
だが、カクの表情はなぜか晴れやかなものだった。
「なぜ納得できたんですか!?」
「うふふ、さすが私ね。キリッ」
よくわからない女性陣の一連のやり取りを見ていたタオは、屋内にもかかわらず、どこか遠くを見つめる様な表情でぽつりと言う。
「なんでだろう……鬼ヶ島が懐かしく思えてきた」
「タオ兄まで、現実逃避!?」
「いや、シェインも結構追い詰められていたよね?」
「ギロッ! 何か言いましたか?」
「ああ愛しのシンデレラ!」
エクスがタオと同じく現実逃避したところで、再び納屋の扉が叩かれる。
『ドン、ドン、ガタ、ガタガタガタッ』
「ま、またヴィランかしら!?」
「お嬢、迂闊に扉を開けるな! みんな構えろ!」
「カクは僕の後ろへ!」
「は、はい……」
「いつでもかかってこいなのです!」
一同は再び戦闘態勢をとる。そして、悲鳴を上げるようにきぃぃと音を鳴らしながら木製の扉が開かれた。
「まったく、ここの扉の立てつけはいつも悪いのお」
「だ、だれだ…………?」
扉を開けたのは一同が予想していたものとは遠くかけ離れていた。
「お……おじいさん?」
レイナは見たままにつぶやくと、その声に気付いたおじいさんは、驚いたように声を上げる。
「ん? お前たちここで何をしているんじゃ!?」
「えっと、その……」
「こら! ここはわしの、薪小屋じゃ!」
その言葉に、一同は必死に弁解を始めるのであった。
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