第1話 真っ白な少女
「うう……寒いわね」
レイナは露出した自分の肩を抱きながら、震える唇を噛みしめた。
新たな想区についた一行は、寒空の下止むことのない白い結晶が舞うのを、驚くように見つめていた。
「すごい雪だね。こんなに降っているのは初めて見たよ」
ゆらゆらと踊る雪に感心したようにエクスが目を開く。
手の上に舞い降りた雪は体温ですぐに溶けてしまった。
辺り一面には銀世界が広がり、舞う雪は彼らの視界を狭めている。
「お嬢、今更だが、そんなに寒いなら何か羽織ればいいじゃなか」
大胆に肩を露出しているレイナを見ながら、タオは呆れたように言った。
「う、うるさいわね。私にだって譲れないこだわりがあるのよ!」
そうは言ったものの、未だレイナの肩の震えは止まらない。
そんなレイナを、シェインはどこか心配そうな表情で見つめていた。
「ですが姉御、それで風邪を引いては元も子もないですよ?」
「うう…………もうっ! 私のことはいいから早くカオステラーを探しに行きましょう!」
これ以上触れて欲しくないと言うように、レイナは一人だけ一歩前に踏み出した。
『カオステラー』とは、この世界を作り出したストリーテラーと呼ばれる存在が異常を起こした姿である。エクス達は、そのカオステラーによっておかしくなってしまった世界を元に戻すために、旅を続けていた。
レイナに続くように一歩踏み出したエクスは、前方からくる小さな人影に気付く。
「レイナ待ってよ。ん? 前から誰か来るよ」
「あのすいません、一つお尋ねしていいですか?」
雪の中姿を見せたのは、純白の着物を身に纏った少女であった。
白玉のような白い肌を僅かに覗かせながらも、彼女の姿におおよそ寒さと言うものは感じられない。
見た目は、エクスたちとそれほど変わらないように見えた。
だが、その落ち着き払った姿は、年長者の風格さえ漂っている。
「おう、どうしたんだよ?」
「町を目指して歩いていたのですが道に迷ってしまいまして。どこかにあるかご存じありませんか?」
レイナとは違い震えることのない滑らかな口調で彼女は話した。
しかし、すぐにレイナは困った顔で首を振る。
「ごめんなさい、私たちには分からないわ」
「シェイン達は旅の者でして、今ここに来たばかりなのです」
二人の返答に、純白の着物を纏った少女はどうしたものかと困惑の顔を見せた。
「そうですか、それは困りましたね」
明らかな困り顔の少女に、エクスは無意識のうちに口を開いてしまう。
「何か大切な用事でもあるの?」
エクスの問いに、彼女は戸惑いながら視線を逸らす。だが覚悟を決めたのだろうか、つぶやくように口を開いた。
「私は……その、親と死に別れてしまいまして……会ったことのない親戚の家を頼るつもりだったのです……」
その言葉に、一行の表情は暗いものに変わる。
申し訳ないと言うように、シェインとレイナは目を伏せた。
「そうでしたか……」
「ごめんなさい……力になれなくて」
だが、そんなエクスたちの表情を意に介する事も無く、少女は丁寧に言った。
「いえ、とんでもございません。私の方こそ、不躾に失礼しました」
そんな少女の境遇に、エクスは顔をしかめずにはいられなかった。
「うーん……なんとかできないかな?」
どうにかできないか。そんなエクスの態度に、シェインはいつものように少し呆れたように言う。
「全く、新入りさんのお節介にも困ったものです」
「でも、こんな雪の中、知らない場所へ、しかも、知らない人に会いに行くなんて、そんなの放っておけないよ」
エクスはシェインの言う通り、筋金入りのお節介だった。過去にも困っている人を見つけては、手を差し伸べずにはいられない。
そんなエクスの言葉に頷きながら、タオは仕方ないと理解を示す。
「まあ、エクスの言うことも一理あるな。情報収集がてら町に行くのもいいかもしれない。よし、一旦町に行くか!」
困り果てていた少女は、タオのその言葉で顔が僅かに明るくなる。
と同時に、隙のない動きで丁寧に頭を下げた。
「よろしいのですか!? ありがとうございます」
「うん、もちろん。ところで、君の名前はなんていうのかな?」
挨拶のように何気なく聞いたエクスの問いに、少女は今までで一番狼狽えた表情を見せた。
その動きに、エクスは多少の違和感を覚えたものの、何も言わずに少女の言葉を待つ。
「わ、私は…………か、カクと申します!」
「……ん? うん……カクだね。僕はエクス、よろしくね」
柔らかな笑みを浮かべたエクスが、カクと握手を交わす。
それにつられたように、他の面々も彼女に挨拶をした。
「私はレイナよ、よろしくね」
「シェインはシェインです、よろしくお願いします」
「俺はタオだ。ここのリーダーだ! よろしく!」
「だから誰もそんなこと認めていないって言っているでしょ!」
レイナが、呆れたように反論するも、タオの表情は特に変わらなかった。
これもいつも通りのやり取りなので、エクスとシェインが口を挟むことは無い。
恐らく、もうお腹いっぱいと言ったところであろう。
一通り挨拶が済んだところで、シェインがタオに切り裂くように鋭い質問を投げる。
「それでタオ兄、町はどこにあるんですか?」
「あっ………………」
何もあてが無かったのだろう。
困惑したタオの表情に、レイナはにやにやしながらタオを覗きこむ。
「あらあら、仮にもリーダーを名乗るのなら、それくらい考えてから発言してもらいたいものね」
「う、うるせいっ! 雪の中、肩を出しているお嬢には言われたくない!」
「な、何よ! タオだって半袖みたいな服を着ているくせに――くちゅん」
「おいおい、言わんこっちゃない、だからリーダーの話はちゃんと聞けって言ってるんだ」
「何よ! あなたをリーダーだと思ったことは一度もないわよ! くちゅん」
二人の子供のような言い争いに、エクスは呆れた表情を見せながら、ぽつりと言った。
「誰も……シェインの素足には触れないんだね」
すると、シェインの瞳から光が失せ、何かに憑りつかれたような表情で話し始めた。
「新入りさん、なぜ口にしてしまったのですか。シェインはあえて黙っていたのに……シェインだって傷つくんですよ? しゅん……」
「ごめん、ごめん、悪気は無かったんだよ。そんなに落ち込まないでシェイン」
エクスの何気ない一言にシェインは落胆したように顔を伏せてしまう。
乙女は繊細なのである。それをエクスはあまり理解していなかった。
そんな一行のやりとりを見ていたカクがほのかに笑顔をこぼす。
「うふふ、なんだか楽しい方々と出会ってしまった様です」
「だから――!? お嬢、議論はそこまでだ、先にこいつらを片付けるぞ」
レイナと言い争っていたタオだったが、突如現れた“それ”を発見してしまう。
「もう、なんでこんな時にばっかりヴィランが現れるのよ!」
「まあ、いつも通りな気がしなくもないけどね。てか、シェイン敵が来たよ! 落ち込んでないで元気出してよ。僕が悪かったから!」
「シェインはどうせダメな子です。服装ひとつ覚えてもらえない、影薄な子なのです……シェインは……シェインは……」
「もうなんだっていいわ。雪の中、肩を出しても問題ないことを、この戦いで証明してあげる!」
レイナ達は応戦するように素早く身構えた。
◇
難なく戦いを終えた一同は、これからについて考えていた。
「とにかく、いつまでも雪の下にいるのは良くない。雪を凌げるところを探すか」
「え、え、ええ……そうね……雪の下も悪くないけど、この想区の建物も見てみたいわね……ぶるぶる」
とうとう全身で震えだしたレイナの姿に、エクスは驚きの声を上げる。
「レイナ、唇が青紫になっているよ! 寒いなら無理しなければいいのに」
「う、う、うう、うううう……ぶるぶるぶるぶる」
「シェインはどうせ……シェインはどうせ……」
「ああ! 僕が悪かったよおお、ごめんシェインんん!」
「なんだか俺、リーダーになる自信がなくなってきたわ」
「上に立つ方と言うのは、いろいろと大変なのですね」
カクが何かを察したように言った言葉を聞いたのは、タオしかいなかった。
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