第7話 海
「海に行こう!泳ごう!船を出そう!」
高校の談話室のベットの上でそう捲したてる茜。僕は泳いだこともないし、船に乗ったこともない。
「船って注文できたかなー」
「船をいきなり出しても楽しくないじゃない。船作ろうよー」
作る。僕はこれまで何かを作ったことなんかない。必要なものは全てレンジから出てくるから。レンジから出るのに何で作るのだろう。
「イカダでもいいの。作ることが楽しいんだから。ねー」
茜が楽しいと言うのだから、きっと作るって楽しいことなんだろう。よし、
「じゃあ、イカダだっけ?を作ってみようか」
「おー」
「おー」
茜の真似をして僕も握りこぶしの片手を上へ。
船、船かー。僕らは座卓とディスプレイの部屋に移動して、携帯端末を触る。
船屋?があるのかはわからないけど、メニューは何処でも見れることはわかっていたので船や日曜大工でさがしてみる。
手漕ぎボート 製作キット
ん、もう一度見る。製作キットってことは自分で作るものだよね。
顔を見合わせる僕たち。なんて都合のいいものがメニューにあるんだ。
僕は、早速注文しようとする茜を手で制する。食事用のレンジに手漕ぎボートが入るとは思えないよ。
というわけで、自転車屋で注文してみるとなんとかレンジに収まった様子。
「茜、、一ついいかな」
「う、うん」
「これ、どうやって海まで持って行こう?」
「少しずつ向こうに持って行くしかないんじゃないかなー」
予想以上に大きいぞ、これ。一番長い角材で2メートル近くある。さすがにこのサイズだと自転車じゃ運べない。
製作キットというだけに、ちゃんと道具もセットで付いている。電動みたいだけど、全て太陽電池で動くみたい。
まあ何処でも作れるのはいい。あとは作る場所だよね。まさか時計塔の広場で作るわけにもいかないし。
「リヤカーで押して行ったらどうかな?」
ポンと手を叩く茜。無言で端末を操作する僕。
うん、リヤカーはあるね。ポチっと。
さて、リヤカーに手漕ぎボートセットを乗せたわけだけど、何処で作ろうかこれ。やはり街の外しかないかなー。
「街の外まで押して行こうって、なんで乗ってるのかなー」
いつの間にかリヤカーの端に腰掛け、足をブラブラさせている!
「ごーごー」
えー、まあいいけど。街の外までなら徒歩でも1時間少しだ。
しかし、リヤカーといい、製作セットといいなんでもあるんだね。恐るべしレンジ。
「がんばれー」
未だリヤカーから降りない茜の声援。そんなこんなで、どうにか街の外までやってきたのだった。
茜からタオルとスポーツドリンクを受け取り一息つく。
とお腹がグーとなった。
いつの間にかお昼を過ぎていたみたい。
今日はサンドイッチを持ってきている。
街の外はやはりいい。色んな色が僕を楽しませる。緑色、青色、茶色、黄色...
言葉を交わしながら、食べる昼食。
一人のときよりずっと楽しい。旧世界の人ってこんな感じだったのだろうか。少し羨ましいぞ。
旧世界の茜に会うことで、僕は色んな楽しみを知った。茜がいればもっと楽しいことが起こるのだろう。きっと。
それから日が落ちるまで、あーだこーだ言いながらもボート製作に励んだ僕たちなのであった。
電動の道具は思ったより早く作業が進み、このぶんだとそう時間がかからず完成しそうだ。浸水しないことは保証できないけどね!
翌日は製作をやめて、海までもう一度行ってみることにしたんだ。
僕らは制服のまま靴を脱いで浜辺を、歩いている。波が寄ったり離れたり、初めて触る波に僕の心も波打つ。
波の音も心地よい。
ザーッザーッ
音楽を聞くことはほとんどないけれど、波の音も音楽なら、音楽ももっと聞いてみようと思う。
実のところ、大和産の音楽は僕の知る限り一つもないかも知れない。
本にしても音楽にしても、作ることは禁止されていない。平等の観点から製作者の名前は、製作者が生きてる間は伏せられる。
本はいくつかあるんだけど、地理や娯楽施設のことを書いたものは少しだけだ。物語を書いたものは聞いたことがない。
大和産の物語を作ってみるのも楽しいかも知れない。まあ、書くネタもないんだけど...
冷たい!しょっぱい。と顔を向けると茜が舌を出してこっちを見ている。
どうやら考え事をしてる間に海水をかけられたらしい。
渋い顔をする僕を見て、腹を抱えて笑っている茜は足を取られてすっころぶ。
笑い過ぎるからだ。
転んだ茜に今度は僕が腹を抱えていると、拗ねた彼女にまた海水をかけられた!さらに砂まで飛んでくる。
結局その日は、お互い砂まみれになって帰宅することになってしまった。
汚れた服はレンジに入れて、5分たつと綺麗になって戻ってくるので、汚れてもあまり気にしないけど、帰りは塩水が乾いてベタベタになって少し気持ち悪かったんだけど、海で遊んだことで気持ちが高ぶった僕は、それくらいで気分が悪くなることはなかったんだ。
今度来るときは泳いでもいいなー。でも僕は泳いだことないからなあ。茜は泳げるのかな?
翌日は久しぶりに学年集会に行ってみたら、僕はひどく動揺してしまう。
今までは何とも思っていなかった学友たち。今の僕が見るとまるで人形の集団のように見えてしまった。
何でそう見えたのだろうか。最近の僕の目には街の外は特にそうなんだけど、色が見えるようになって来たんだ。
無機質な街の中でさえも、日の傾きで色んな色に見えて来たのに、この生徒たちには全く色がない。
どんな色に見えるのか少しだけ楽しみにしていた僕が動揺したのもわかるだろうか?
つい、パイルに手が伸びそうになったのだけど、すぐに手を戻した。
パイルなんか飲むからおかしくなるのよ、かつて彼女が言っていたことがその時、はっきりと聞こえた気がしたんだ。
いつもの談話室で茜にそのことを伝えると、僕の沈んだ気持ちとは裏腹に茜ははしゃいだ。なんでかなー。
「健二くんが、まともになって来て嬉しいよ!」
「酷い言われようだよ、ほんと」
冗談めかして頭を抱える僕。生徒のことは残念だったけど、今のほうが以前より楽しい。だから、変わったことは悪いことじゃないと思う。
「健二くんがまともになってきたら、少しあれかも...」
ベットの上でモジモジと顔を赤らめる茜。あれってなんだ?
「襲われないか心配...ずっとラブホなんだものーー」
叫び出す茜だったけど、何の心配だ?
ああ、そういうことか、安心させてあげよう。
「大丈夫だよ、茜。僕はパイルを飲みたくないから。今日だって、生徒を見て気分が沈んだけど飲まなかったんだよ。今はカバンにパイルを入れていない」
「パイル?なんでパイルが出てくるのよ?」
「性行為をする前にはパイルを飲まないと、できないみたいだよ」
「えー、それってあれがあれしないってことよね。パイル飲まないと...」
想像して茹でダコのようになる茜。
そう、あれがあれしないのだ。男女ともね。
「気になっていたんだけど、らしいとか思うとか言ってる健二くんは、その、」
「ああ、僕は性行為に興味はなかったよ。暇を持て余した人がするものだからね。僕はそうなりたくなかった」
「うーん、まだまともには遠いわ...」
茜はボソっと呟くのだった。
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