第8話 水玉ビキニ

 ついに手漕ぎボートが完成した!

 苦節4日間。いつの間にかもう日曜日になっていた。途中製作してない日もあったからね。


 茜が言っていた作るのが楽しいって気持ちが作ってるときもそうだったけど、完成するともっとだった。予想以上に完成した達成感と喜びがすごい。例え、浮かべた途端に沈んだとしても僕は満足だね。


「やったね!」

「うんうん」


 お互いの手を叩き合う。ハイタッチと言うらしい。喜びを表現するあれだ。以前茜がやってたやつだったかな。


 ぽつぽつ


 喜びに言葉通り、水をさすように雨が降り始めた。


 この世界でも雨が降るんだねーとのんきにつぶやいている茜をよそに、僕は手漕ぎボートにビニールシートを被せた。

 こういう時のために、ビニールシートを用意しておいて良かった。茜のおかげである。


 最後に雨が降って来てしまったけど、ようやく完成だ。

 この日は、手漕ぎボートで繰り出すためにいろいろ注文しようと、自転車屋に行くことにしたんだ。自転車屋でなんでも揃う大和国。便利だよ。


「えー、ビキニはちょっと...」


 恥ずかしそうに頬を染めながら、ビキニを手にとってモジモジする茜。

 ちょっとならやめておけばいいのに、なんで僕を見るんだ。


「えー、でもー健二くんが、どうしてもっていうならー」


 あー、このパターンはどうしてもって言って欲しいんだよね。


「ビキニがいいなー」


「仕方ないなあ、もう」


 と言いつつ、顔は仕方なくないんだけど。思わず笑ってしまうと、キッと睨んでくる茜。こういうのってなんて言うんだっけ、可愛い?だったかな。


「茜は泳げるの?」


「正直、わからないのよ。ここに来てから泳いだことないもの」


「僕も泳いだことないからなあ。浮き輪ってのと救命着てのを頼んどけばいいのかな?」


「だねー。リアカーに積めば大丈夫!」


 水着を注文した後は大きめのリュックとか、水とか着替えの下着とかを選んでいき、準備を整える僕たちであった。



 さすがに遠い。

 リアカーの端に腰をかけ、足をブラブラさせる茜をチラリと見つつ、僕は無言でリアカーを押し続ける。アスファルトの道は傷一つなく、リアカーが止まることは一度も無かったけど、徒歩となると海まではなかなかタフだ。

 ボートを浜辺に浮かべるか、岩場に浮かべるかギャーギャー言ったけど、よく考えてみるとボートが重くて持ち上げるのが大変だったので、岩場はない。

 進水式の前に浸水するよ、船底が。



「後少しだー。がんばれー」


 声援はいいから一緒に押してくれないかな。

 砂浜にボートをおろした僕は、体重をかけボートを押している。

 あと少し、ようやく船首が海水に浸かる。


 最後ー。


 って、いつの間にボートに乗ったんだ。

 汗をダラダラ、顔を真っ赤にしながら、押していた僕には気がつかなかった。すでに、茜はボートに乗っていた...しかも水着に着替えている。

 白地に水玉模様の水着。スカートは脱いでいるようだけど、制服のブラウスは着たままだった。

 なるほど、最初から着ていたな!

 こら、海水を掛けるな。



 揺られるボート、波の音、太陽のキラキラ。キラキラに反射する波。目の前には茜。ボートが浸水しなくてよかったよかった。無事海の上でゆっくり出来そうだ。


 さっきから茜の目線が痛いんだけど、なんだなんだ。

 僕は海の上に浮かんだボートに感動しているのだ。


 う、まだ目線が。


「なにかなー」


「何かないの?」


 両手をぶんぶんする茜。


 あ、ああ。


「水着見えないからわからないよ」


 ブラウス着てるしね。意地悪してやろう。


「も、もう。そんなに言うなら」


 赤くなりながらブラウスを脱ごうとしたみたいだけど、やはりやめたらしい。


 浜辺の左右は岩場になっていて、砂浜と岩場で半円を描いている、半円の先は海を挟んで小さな島が見える。


 あの島には何があるんだろう。ここは砂浜と岩場の入江なので、波も穏やかでボートもあまり動かない。

 海の上ってこんなに気持ちよいものだったんだー。


「しあわせー」


 茜は、いつの間にか注文していたクーラーボックスからカップアイスを出してきて、スプーンで掬っている。


 幸せ...


 馬場健二、あなたは幸福ですか?


 はい。僕は幸福です。


 毎朝のコンピュータの言葉が頭をよぎる。幸福、幸せって何だろう。

 アイスを食べること?うーん、幸せかも知れないけど、ちょっと違う気がする。


 楽しいことはどうだろう?幸せかもしれない。たくさん楽しいのがあれば、幸せ?幸せとはそういうものなのかなあ。


 なら僕は今幸福だ。コンピュータに自信を持って僕は幸福ですと言おう。


「ねーねー」


 呼びかけに顔を上げる。目の前には顔だけでなく、体までうっすらと赤くなった茜。ん、ブラウスを脱いだらしい。

 水玉ビキニがハッキリと僕の目に入る。


 つられて僕まで赤くなってしまう。


「えーっと」


 僕が赤くなりうつむいてしまったので、逆に彼女は驚きで冷静になったみたいで。


「反応があるなんて思わなかった...」


 僕だって、赤くなるとか思わなかったよ!

 急にニヤニヤしだす茜。ふーん、とか言ってる。なんだよ。


「か、かわいいよ...たぶん」


 言えばいいんだろ!


「たぶんって何よー!」


 うがー。まて僕。うがーじゃ何のことかわからない。でも今の彼女を表現するなら、うがーだったんだ。


「あの島まで冒険してみない?」


 さっき僕が見ていた入江の先にある島を指差す茜。このボートで行けるのだろうか。


「行けなくてもいいんだよ」


「そうだね。楽しければいい」


「溺れるなよー」


 お互いの声がハモった。

 先に浮き輪で遊んでからにしよう。

 っと浮き輪で遊んでたら、夕方近くになって来たので僕らは急いで帰路につくことにした。

 次からは自転車で来れるし、島に行くんだ。




「おはようございます。馬場健二、あなたは幸福ですか?」


 毎朝8時ちょうどに1分1秒ずれることなく、僕の携帯端末からの呼びかけ。


「はい。僕は幸福です。コンピューター」


 僕はコンピューターの声に答える。

 うん、今僕は幸せだ。今日もこれからきっと幸せになる。


「馬場健二、幸福は義務です」


 時計塔でコンピュータの朝の挨拶を聞いた僕の横には自転車に乗った茜。

 今日は島まで行くぞー。


 案外、楽々ボートは進む。ユラユラゆらゆら。


「行ける!行ける!」

 飛び跳ねる水玉模様な水着姿の茜。残念水玉は揺れない。


 1時間ほどして、ようやく僕たちは島にたどり着く。端末携帯は浜辺に置いてきてしまったけど今更かな。海の下に落としてしまうと拾えないと思ったから。

 海の下に落とそうが、端末携帯は壊れないけど、僕らは泳ぐのがうまくないので、底まで潜れないから仕方ない。


 この島に来たことで、僕たちの生活は大きく変わることになるとは、この時は思いもつかなかった。



 ボートを岩場にくくりつけ、上陸した僕たち。少し早いけど食事をとることにした。今日はまたおにぎりだ。

 こんなに楽しいのに、街の外には誰も行かない。海を見たのもたぶん僕たちだけ。

 今度は優を誘ってみようかと、声の高い友人の顔を想像したけど、彼の顔も人形に見えてしまい思わず頭を抱えた。


「どうしたのー?」


「優って覚えてる?」


「ん、あの」


「談話室前であった」


 あーー!と叫びながら、頭を抱え真っ赤になる茜。


「彼も連れて来たいなと、優の顔を想像したら、彼の顔が人形に見えたんだ...」


「あー、優くんもあっちの人だもんね」


「友人が人形だったことがさ、少しショックで」


「パイルを飲みたいと思う?」


「いや、もう思わないよ。パイルはすごく悲しい気持ちを抑えてくれるけど、すごく楽しい気持ちも無くなってしまう。残るのはわずかな快だけだよ」


「快って?」


「快、不快の快だよ。少し楽しいんじゃなく、快。そこに気持ちは殆どない」


「だったら、優くんもこっちに連れて来てあげればいいんだよ!それが友人じゃないの?友達も楽しければオレタノシーって」


「そうだね。茜が言うと、簡単なことに思うよ。優改造計画やるか」


 僕らは大声で笑いながら、ハイタッチをした。


「あ、そういえばさー。談話室に行った同士が名前で呼ぶんだよね。この世界の人...健二くん...まさか...優くんと」


 キャーっとはしゃぐ茜。そんな茜の頭を軽くはたく僕。


「そんなわけないだろ!同性は言葉を交わす相手には名前で呼ぶよ」


「冗談だってばー」



 昼食を終えた僕たちは島を探検することにした。

 さすがに島の中にアスファルトは無かった。かわりに膝くらいの高さがある雑草と、まばらにある木。奥に行くほど木の密度が増えている。


 さすがに水着だと怪我をしそうだったので、制服に着替えて、再び奥へ。

 草をかき分け、奥へ奥へ。

 ん、人間は考える草とか言っていた人が昔いたらしい。

 なんて考えていると、横幅人二人分、高さ人一人分の怪しい横穴がある。

 なんだこの怪しいのは...


 えーこれはないよねーとお互い見合わせたけど、横穴に入ってみることに。


 中に入ると、入り口に怪しい看板がある。うーん。木製の10センチほどの杭が床に刺さっており、杭には薄い板が貼り付けられている。板には文字が書きなぐってるようだ。


 この奥に行くと君は後悔するだろう


 太字の油性マジックで書かれたその文字は、子供のイタズラのようで、とても真剣なものには見えない。


「どうする?」


 僕は茜に目配せする。残念ながら灯りになるものは持ってないし、深く潜ることはできないから、このまま引き返してもいいかな。また来ればいいし。


「危なそうならすぐ戻ろっか。少しだけ見てみようよ」


 奥へ行くほど暗くなっている通路を見て、茜は僕の手をギュッと握る。

 思わず彼女を見ると、暗いところのイベントは手をつなぐのよ...とか言っている。

 まあ、行ってみようか!


 茜の手をギュッと握ると、茜もギュッと握り返してきた。


 そうして一歩踏み出した。踏み出してしまった。

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