第6話 勘違いは怖いね

 今僕は時計塔の前にいる。もうすぐあれが来る。あれが来る時間に外にいるのは初めてだ。どうなるのか...


 さあ、朝8時ちょうどだ。1分1秒ズレることなく端末携帯が起動する。


「おはようございます。馬場健二、あなたは幸福ですか?」


「はい。僕は幸福です。コンピューター」


 僕はコンピューターの声に答える。


「馬場健二、幸福は義務です」


 一言一句、いつもと変わらない。朝の挨拶は自室で聞くものと思っていたのだけれど、どうやらそうでもないらしい。


 茜に会って以来僕は何度も冒険をしている。ダメだと思っていた。そう、たぶん僕が勝手にダメだと思っていたことをいくつか試している。

 今考えるとなんでダメだと思っていたのか不思議だけど、並ぶときに列を作ることに疑問を覚える人はどれくらいいるだろう?

 外に出るときに靴を履くことに不思議がる人はどれだけいるだろう?

 つまりそういうことだったのだ。


 ダメだと言われているわけではないのだけれど、常識的に考えてよくないと思っていただけで、実のところ何でもないことだったというわけだ。


「大丈夫だったね!」


 朝からご機嫌の茜。自室以外からコンピュータの朝の挨拶を聞いてみようと提案したのは彼女だ。

 そうだねと僕は彼女へ微笑むと彼女も、うん、と微笑むのだった。

 今まで知らなかったけど、微笑むことってなんかこう、何て言ったらいいのか、少し楽しい?うーんちょっと違うんだけど、なんか胸の奥がポカポカする。


「じゃあ次の冒険だね!」

「オリエンテーションは全部娯楽時間みたいなもの、決められたことはない」

「だったら、」

「学校にいなくてもいいはずだ」


 交互に言葉を交わし、確認する僕たち。きっと悪いことをする人の顔になってる。


「健二くん、手を上げてみて」


 言われるがままに手を上に伸ばした僕の手の平を彼女は自分の手の平で軽く叩く。乾いた音がして、彼女は満面の笑み。


「ほら、笑う!嬉しいときは思いっきり笑う!」


 ニヤーっと引きつった笑みを浮かべる僕。なんなんだ一体。旧時代の習慣?


「ま、まあいいわ。言った私が恥ずかしい」


 何か納得した彼女。


 今日僕たちは自転車を支給してもらおうと娯楽区の自転車屋に向かっている。


 自転車屋は巨大なレンジが一つと設置してあり、天井からディスプレイがおりているだけのシンプルな作りで、他に何もない。


 学生用自転車というのを選んでディスプレイに送信。


 食事と同じできっちり5分後にチーンと高い電子音がして、自転車が出てくる。

 茜が言っていたけど、確かにこんな大きなものがどうやって出てきてるんだろう。うーん、謎だ。




 自転車を漕ぎながら、長い髪が風に吹かれている茜がふと呟く。


「しかし、あれよねー。お店を分ける意味ないわよねー」


 実は茜が選んでる間にあることを試していたんだ。


「端末のメニューも文字だけはおかしいーって言ってたよね」


「そうそう!学生用自転車、マウンテンバイク、あと色選ぶだけとか!」


 デザインがない!せっかくお店に来たのにサンプルもない!とか大声で叫んでいたなー。

 実はお店を作ることに自体あまり意味のないことに気がついたんだ。茜が言うように、サンプルやカタログでもあるなら別だろけど。


 茜は風が気持ちいいのか、ドンドン自転車が加速していく。僕も送れないように茜の後ろをついていく。

 自転車たのしーという茜。僕も、学校に行かず自転車に乗ってることが楽しいかも。いや、きっと楽しい!


 自転車に乗ると、街の色がハッキリ見える。こうしてみると同じ形の建物、同じ色だと何処にいるのかわからなくなってくるし、どうも見ていて楽しくない。


 でもそれは街を抜けるまでだった。

 まっすぐに舗装された黒いアスファルト道の先に、キラキラ光る青い海。

 道の左右には草原と林。

 アスファルトの道以外は、緑色、青色、茶色、黄色!いろんな色で溢れていた。

 すごい、これはすごいぞ。まさに衝撃だった。

 世界はこんなに色で溢れていたのだ。


「どうしたの?」


 少し息を切らせた茜が心配そうに尋ねてくる。額に光る汗がキラキラと輝いて綺麗だった。海と同じキラキラ。


 僕はカバンから白いハンドタオルを出して茜に手渡す。

 ありがとーとタオルを受け取り、汗を拭く茜。長い黒い髪の下にタオルを回し、首元の汗も拭いている。

 少しドキッとした僕だったけど、落ち着いて、カバンからもう一つ。


 赤い髪ゴムを出し、彼女に手渡す。


「どうしたのこれ?」


 少し目を見開きながらも、笑顔の茜。


「自転車屋でさ、自転車と一緒に注文したんだ。タオルもオニギリもね」


 そう、自転車屋のレンジからはオニギリでもタオルでも何でも注文すれば出てくるんだ。だからレンジさえあれば店を分ける必要はないのだけれど。なぜだろう。

 オニギリあるのーと、パーっと顔が輝く茜。


「よし!海まで行って食べようー!頑張るぞー」


 そう言いながら、茜は片手を空に突き上げる。頑張るぞーのポーズみたい。

 彼女は長い髪に髪ゴムを通し、頭の上の方で髪ゴムを留めた。

 背中にかかっていた髪が持ち上がり、風通しがよさそうだ。


「健二くん、髪ゴムありがとうー」


 そう言って、ヒマワリのような笑顔を見せた後、上目遣いで僕を見つめる茜。

 こういうときは確か。


「うん、とっても似合ってるよ」


 顔を真っ赤にして、そっぽを向く茜。

 さ、さあ行きましょーとか言いながら、逃げるように自転車を漕ぐ。


 ようやく海岸線までたどり着いた僕たち。海岸線に沿ってアスファルトの道は続いている。この辺りは岩場だけど、遠くに砂浜も見える。


 時計塔からは1時間と少しくらいだろうか。街の外、しかも他人とここまで来るなんて、先週の僕には考えられなかったことだった。オセロでドキドキしていたのが遠い昔のことのようだ。

 僕たちは海を眺めながら、オニギリとスポーツドリンクだけの昼食を取ることにした。


 遠くの海平線はまっすぐではなく、少し曲線になっていて、僕はガリレオが言ったことは本当なんだなーとボーッと考えていた。


 地球は丸いだっけ。

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