第5話 旧時代は理解できない

 翌日も僕と茜は談話室に来ていた。

 ベットルームでオセロに興じた後、ディスプレイと座卓のある部屋で腰を下ろし携帯端末に触れる僕。

 茜も携帯端末に触れながら僕に問いかける。


「健二くん、談話室は長くいたらダメって時間でも決まっているの?」


 携帯端末が近くにあるので、茜の質問も新高校生としてはおかしくない質問を選んでいるようだ。


「確か、決まった時間はないはずだよ。ただ長くいたらよくないと僕たちは思っているんだ」


「じゃ、じゃあ。言われるまで居てみない?」


 そんなこと考えたこともなかった。喫茶店でも談話室でも長居するという話を聞いたことがない。

 順番を待つなら列を作るくらい自然なことで、何か言われるまで居るということは僕にとってコロンブスの卵だ。

 茜と話をしていると、新しい発見、新しい感情がいくつも生まれてくる。


「そうだね。何かあればコンピュータが呼ぶだろうし。居れるだけ居てみようか」


 携帯端末から目を離さずそう答える僕。今日のお昼はラーメンにしよう。

 携帯端末を部屋のディスプレイに向け、ラーメンの注文を送信。


 ¥エラー。必須エネルギー不足です。エネルギーカプセルを添付¥


 とディスプレイにメッセージが表示され、きっちり5秒後画面が切り替わり、


 ¥受付ました¥


 続いて茜も注文を送信する。

 きっちり5分後に、チーンと音がすると僕はディスプレイの脇にある80センチ四方ほどの四角い箱に手を伸ばす。

 箱には扉が付いており、中は電球色で光っていて、扉を開けると光は消えた。

 中にはできたばかりのラーメンとエネルギーカプセルが数個。


 扉を閉じて5分後に茜の注文した食べ物も出てきた様子。

 茜が注文したのはサンドイッチみたい。


「この食べ物ってどこから出てくるんだろうね」

 マジマジとサンドイッチを見つた後、茜はそれをほうばっている。


「レンジの中は普段は何もないけど、ディスプレイに注文を送信するときっちり5分後に食べ物が出てくるんだ」


 確かに、80センチ四方ほどの四角い箱--レンジは普段中には何も入っていないのだ。注文を送信すると中身がはいる。レンジとはそういうものだといまの今まで僕は思っていた。


 ちらっと僕を一瞥し、携帯端末に目を落とした茜は、口にサンドイッチを咥えたまま立ち上がる。

 携帯端末に目を落とすことは僕と茜の合図で、聞かれたくない話をしたいってことだ。




「聞かれていると思うと息が詰まりそう」


 ベットに腰かけ、ふうと溜息をつく茜。ベットルームは携帯端末もディスプレイも部屋の中になりのでコンピュータの目が届かない。

 僕が先日行った地下のオセロも携帯端末もディスプレイもない空間だ。僕たちは基本携帯端末を肌身離さず持つことになっているのだけど、

 性交渉の場はなぜか携帯端末を外に置くことになっているので、手軽に手から逃れれるというわけだ。

 普通に手元から離そうとすると、ホログラムでごまかしつつになってしまうので、ゆっくりと会話するなんてことはできない。


「日本から来た君は、携帯端末に慣れていないからかな」


「あんたがなんで平気なのか理解に苦しむわ、、ずっと盗聴されてるとか私には耐えれないよ」


 はあーとまた溜息をつく茜。溜息をついたり、恥ずかしがったり彼女の挙動はほんと本の中にいる人間のよう。

 旧時代の本は僕もいくつか読んだことがあるけど、旧時代の人間はなんというか僕たちと根本的に違う気がする。


「日本時代の本がたくさんあるんだから、私たちのことも本からわかるのよね?」


「そうだね。文字通りの意味はわかるんだけど、理解できないというか...そうだね。昔僕が読んだ本の話をしようか」


 たしか、夫婦に子供が生まれて、奥さんの体調が悪くなってしまい、奥さんはついに子供と旦那さんを残して亡くなってしまう。

 けど奥さんは、亡くなってから一年後?かそこらに再び帰って来るんだ。その奥さんは実は高校生時代からワープしてその時代に来てしまう。

 再び愛を確かめあった夫婦だったけど、奥さんは子供を産んだあと弱っていき自分が死んでしまう未来を知ってしまう。

 その後、高校時代に戻った、奥さんは旦那さんとの子供を誕生させると自分が死んでしまう未来が分かっていても、旦那さんとの子供が欲しくて

 旦那さんの元に向かう。


「って話を読んだことがあるんだけど。知ってるかな」


「それ、たぶんあれよね。映画で見たわよ。泣いちゃった」


「泣くってのは、その話でも出てたね。僕にはよくわからないけど」


「泣くこともわからないって...」


 きっと彼女が言いたいのは、感動して泣いたということなんだけど、この話のどこに心を動かされるのか僕にはわからない。

 僕は大和国ではかなり心の動きの多いほうだと自覚しているけれど、それでもこの話には何も心を動かされない。

 旧時代の人と今の人ではあまりに違うからそう感じるのかもしれない。

 僕らは子供を産まないし、病気で死ぬこともない。夫婦というものが理解できないし、人のために自分を犠牲にするってこともわからない。

 人は、出生棟で生まれ、102年5か月生きて生命活動を静かに停止するのだ。


「あんたって、ほんと変わってるのね」


「ん、確かに僕は他の人と比べると変わっていると思うよ」


 と目線をベットに放り投げていたオセロにやる。変わってない人はオセロをやろうとは思わないはず。競争競技はよくないことだからだ。


 オセロに目をやる僕の肩に手を置き、うんうんとうなずく茜。なんだろう一体。


「頼み事がオセロだし。そのくせものすごく弱いし...」


「君のオセロの強さにはびっくりしたよ」


「健二くん、全く駆け引きをしないんだもの。いくら私でもそりゃあ勝てるわよ。わざとじゃないわよね?」


 駆け引きか。競争の中で行う技術と本で読んだのだけど、僕にも理解できる日が来るのだろうか。

 もっとオセロが強くなりたいって気持ちこそ競争の素晴らしさなのだから、きっと僕も理解できるはず。


「まあ、明日は学年集会日だから、いろんな人と会ってくるといいよ」


「ボロが出ないように頑張る...」


 結局この日は夕方まで談話室にいたけれども、コンピュータから呼びかけられることはなかった。



「うー...」


 集会が終わった茜は頭を抱えたり、大きく手を振り回したりして、低い声でうーうー唸っている。


 僕にも少しわかってきたぞ。これは大きな感情の揺れがあって叫びたいのだ。


「我慢せずに、大きな声出せば?」


 携帯端末に目を落とす茜。ここはオリエンテーション用の二人教室なので、ここにいるのは僕たちだけだ。大きな声を出すことに問題はない。


「うー」


 悩むくらいなら叫んじゃえばいいのに。そんなに携帯端末が嫌なのかな。

 仕方ない、僕は茜の手を取り隣の娯楽棟にある談話室へと向かうことにした。


「ありえないーー!ありえないったらありえない!毎週あんなのと集会なんて!」


 叫びながらベッドを転げ回る彼女。転がるたびにベッドが揺れて、ゆらゆら。またゆらゆら。なんか楽しくなって来たぞ。ゆーらゆーら。


「ちょっと、聞いてるの?」


 揺れが止まった。楽しくなって来たのに。


「ん?」


「あんたはすごーく感情の乏しい人だと思ったけど、あの人たち、いや、あれは人形の集団よ」


 ほう?


「誰も表情がない、あんなに人がいるのに話し声一つない、話しても「おはよう」て口たけが動くのよ!」


 ふむ。


「あんなのと集会なんて行きたくないんだけど」


「集会は必須でもないよ。行きたければ行けばいいんだ」


「そういうことは先に言ってよ!少し変でも人間と話をしたい」


 うん?それは僕は人間たけど、他は違うってことか。僕は基準からするとかなりおかしい人間なんだけど、彼女は他の人たちこそもっとおかしいと言う。

 ゆかいだ、これはゆかい。


「ど、どうしたの?」


 突然笑い始めた僕にギョッとした顔の茜。

 これが笑わずにいられるか。変な僕こそを普通だと言う。


「茜、君は実に興味深い!君の言葉はおもしろい!大和国で変なのは、僕、なんだよ。あ、それと感情が高ぶった時はパイルを飲むといいよ」


 なぜか頬を赤く染める茜。なにがそんな恥ずかしいのか。

 軽く頭を振って、あいつにそんな気なんて...と呟きながら、茜は


「...最近よく笑うようになったね」


 と言って微笑んだ。これをひまわりのようなとでも言うのだろうか。微笑むのを見ること自体初めてだ。まして僕に向けてなんて。茜の顔を見ると少しだけ胸が高鳴った。


「そうかな?もっと変になってるのかなあ」


「そんなことない。楽しい時は笑えばいいし、悲しい時には泣けばいいのよ。そんなもんよ。あ、それとパイルは要りません」


「パイルが要らないのはわかったけど、ずっとそんな叫んでいるわけにもいかないじゃないか」


「叫ぶって...失礼ね。不本意だけど叫んだことにしましょうか」


 いや、叫んでたじゃないか。さらに茜の言葉が続く。


「叫んだり、転がったりして自分の感情を落ち着かせていたのよ。パイルなんて使わなくても落ち着くの。散歩したり、歌を歌ったり、友達とおしゃべりしたり、スポーツしたり」


「パイルを飲まなくてもいいなんて新鮮だ」


「普段からあんなの飲むからおかしくなるのよ。あ、そうそう。図書館に地図ってあったっけ?」


 唐突だなあ。この唐突さにも最近慣れてきたけど。

 地図は旧世界のものも大和国のもあると思う。僕たちの学習では、自分の街の地図しか学ばないので、大和国の地図は図書館に行かないとになる。中学校までに学習しないことで、現在分かることは大概図書館に本が置いてあるとのことなので、きっと大和国の地図もある。


「多分あるよ」


 そんなわけで、図書館にやって来ました。図書館は1棟だけだけど、僕の住む建物と同じだけの広さがある。

 人はいない。沢山の本があるけど、誰もいない。僕は大和国の地図を探して本を取ると、そそくさと図書館を後にする。

 茜を長く待たせるのも悪いしね。


「持ってきたよ」


「ご苦労、ご苦労」


 肉まんをほうばりながら茜は答える。けど、なんかまた顔が赤い。

 恥ずかしい?いやこれは、


「どうぞ」


 オレンジジュースを急いで差し出すと、茜はすごい勢いで口をつけ体を少し揺らした。どうも肉まんが喉に詰まったらしい。


「ありがと...」


 憮然とした顔。しかしよく表情が動く。


 地図を見ると、大和国の全貌が見えてきた。大和国は丸い島にあるみたいで、中央に大きな出生区画、それの外には僕たちが住む街を含む区画がある。

 街区画は全部で12個あり、街区画の中には娯楽区、住宅区、奉仕区が入っている。街区画はどれも同じ大きさで、出生区画から放射状にそれぞれの街区画がくっついているようだ。

 街区画の外側は自然区になっており、自然区を抜けると海が広がっている。


「海があるのね!」


 地図を見てはしゃぎ始める茜。自転車で行けば辿りつけるかなあ。


「ね、ねえ、気分転換に海を見てみたいんだけど、その」


 言い淀む茜。うん、僕にも彼女が何を考えてるのかわかってきたぞ。よし僕も旧時代ぽいことをしてやろう。


「うん、自転車準備して行ってみよう。行ったことないから迷うかもだよ」


 と、言葉を切り、いよいよだ。


「一緒に行こうか」


 そう言って僕は微笑んでみたのだった。

 上手くいったかな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る