第4話 いいえ、談話室です

 娯楽棟をお互い無言で進む。20分ほど歩いただろうか、薄い青の建物の一角から薄い赤の建物が建ち並ぶ一角へとようやくたどり着いた。

 薄い赤の建物はエントランスには黒っぽい暖簾が掛かっており、暖簾の上には大きな看板、建物の端っこにも大きな看板でそれぞれ「INN」と書かれている。

 建物の外観を見た倉橋さんは、なぜか真っ赤になりながら立ち止まったのだけど、強く手を引くと真っ赤になって首を振りながらも付いてきてくれた。


 暖簾を潜ろうとすると見知った顔がちょうど建物から出てきたので、声をかける。


「やあ。優。珍しいね」


「やあ。健二。君こそ珍しいね」


 男にしては高い声で応じたのは優だった。優の隣には見知らぬ女の子。

 さらに口を開きかけた僕の手を引っ張る倉橋さん。その目が「はやく」と言っている、もちろん?顔は真っ赤だ。

 彼女はいつも顔が真っ赤になっているけど、何がそんなに恥ずかしいのだろうか。


 暖簾をくぐり、エントランスホールに来ると広いホールに横幅2メートル、高さ1メートルほどの黒いロッカーがいくつか並んでいた。

 ロッカーには鍵が刺さっており、鍵には部屋番号が書かれている。

 いくつかの部屋の鍵は既になく、僕たちは適当な鍵を一つ取り部屋に向かう。


 部屋の扉の前でまた倉橋さんが躊躇していたけど、気がつかないふりをして扉を開けた。

 部屋はさらに3つの部屋に分かれており、シャワールーム、ディスプレイと座卓がある部屋、大人二人が寝てなお広いスペースがあるベットが設置しているベットルーム。


 座卓に携帯端末を置き、ベットルームへ。

 ようやくこれで話ができる...


「倉橋さん?」


 ベットの前でプルプル震えながら立ち尽くす倉橋さんを不思議に思いつつも呼びかけて見ると、彼女はワナワナと口を開く。


「何も、、話をするからといって、、、」


 そこで言葉を切り、大きく息を吸い込む彼女。


「なんでラブホなのよーーーーーーー!!」


 耳が痛い。こんな大きな音を聞いたのは初めてだ。

 しかし、ラブホ?昔読んだ旧時代の小説に出てきた単語だけど。

 僕は彼女にあってから思っていた疑問がある。少しカマをかけてみることにしよう。


「ラブホ?『この世界』では談話室だけど」


 大きな目をさらに見開く倉橋さん。しかし驚きの顔はすぐに青くなる。


「何を心配しているのかわからないけど。『この世界』ではコンピュータは自分で見聞きしたことしか判断をくださないよ。

 君もコンピュータに聞かれると困ることを話たいから、さっき携帯端末に目をやったんだよね」


 とディスプレイのある部屋に目を向ける僕。


「せ、制服の男女がラブホに行くのもおかしいけど、そこで友人にあって平気な顔をしているあんたたち...」


 思い出しのかカーっと顔を真っ赤にする倉橋さん。

 気にしていなかったけど、僕らは高校の制服を着ていのだった。倉橋さんはまだ私服をもらいに娯楽棟のアパレルショップに行ってなかったようで、

 白いブラウスに赤いリボン、灰色に黒のチェックが入ったスカートを着た姿だ。

 そういう僕も、白いカッターシャツに灰色のズボン姿である。

 僕が制服を着ているのは服に興味がないからだ。制服の替えは数着自室にあるけれど...


「ラブホというものは『この世界』にはないよ。倉橋さん」


 赤い顔からまた青い顔になる倉橋さん。よく色が変わる人だなまったく。


「ここは一体...私は...」


 ひょっとして、やはりひょっとするのか。


「倉橋さん。君はこの世界の人ではない...と?」


 ハッして大きな目を見開き僕を見つめる倉橋さん。それから無言でゆっくりと首を縦に振る彼女。


「信じてくれるかどうかわからないけど。このままだと気がおかしくなりそうだから...」


 と前置きしベットに腰掛けた倉橋さんは口を開く。


「私、私ね。気がついたら知らない部屋の知らないベットで寝ていたの。起きたら枕元にあった携帯端末が」


 おはようございます。倉橋茜、あなたは幸福ですか?と。


 起きた日に今日から高校生です。とコンピュータに告げられた彼女。促されるまま高校の個室へ行き、僕と対面したということみたい。


 彼女は、日本という国の栃木県という地域に住む高校生だったらしい。目が覚めたら突然この世界へ来ていたそうだ。


 しかし、日本と来たか。彼女の話はとても信じられる話ではないけれど、高校生にもなって常識を全く知らなかったので全くの妄想でもないかもしれない。


 日本と言えば、旧時代の国の一つで僕たちが住む大和の前身となった国、と以前歴史の本で読んだことがある。


 まあ、妄想にしろ真実にしろ僕にはどっちでもいい。口に出すとよくないことだけど、僕は刺激と競争に飢えている。倉橋さんの話は刺激的だ。


「日本か。倉橋さん。日本時代の本もたくさん学校に置いているよ。コンピュータは情報を渋りはしない。この時代に残っている本は全て誰でも読むことができるからね」


「日本?日本に帰れるの?」


 パーっと顔を輝かせる倉橋さん。


「日本というのが何を指しているのか僕にはわからないけれど。ここにかつて日本という国は確かにあったみたいだよ。歴史の本を読む限りはね」


「かつて...だったらここは!」


「ここは、病気も老化もない、争いのない世界、競争のない世界、皆が幸せに労働し、平等に生きていける社会、幸福が義務で、皆幸福なまま102年と5ヶ月を過ごし生を閉じる...大和国だよ」


 そう大和は素晴らしい幸福に満ちた社会。しかし僕は刺激と競争を求めている。だから、僕は不満に感じているのだ。決して不幸せなわけじゃないんだけど、不満なのだ。




 大きく深呼吸をした後に頭を抱える倉崎さんを遠目に見つつ、僕はオレンジジュースを準備する。

 長い話になるだろうと考えてのことだ。

 ベット脇にあるサイドテーブルにオレンジジュースを二つ置くと、僕もベットに腰掛けた。

 僕が座ったことによるベットの揺れに少し頬を染めながら倉橋さんは口を開く。


「まず聞きたいのだけど、あなたたちは中学を卒業するまでどんな暮らしをするの?大和国の出生についての本は見当たらなかったの」


「大和国のことを特に秘密にしてるわけじゃないんだよ。僕たちは中学校を卒業し、娯楽時間を過ごす前に全て学ぶからね。それに、本を書く人がいない」


 大和国になってからの本はあるにはあるが的を得ていない。世俗にしてもそうだ。高校生になるまでに必要なことは全て学ぶことだし、端末から施設情報はいつでも閲覧できる。

 中学校までの授業時間で本は必要でもないし。もちろん、情操時間にも必要ない。


「僕たちは、出世区画で生まれ、アンドロイドに12歳まで育てられる。アンドロイドは僕たちのDNAごとに、声と心音が異なっている。血は繋がっていないけれど擬似的な母となるんだ」


「アンドロイドって」


「アンドロイドは人間そっくりな機械だよ。見た目が人間そっくりじゃないと幼児期に何やら困るみたいだし、声と心音は幼児にとって重要なことらしいよ」


「お父さんと、お母さんは...」


 とつぶやきながらも彼女は気がついたみたいだ。

 そう僕たち人間は生殖能力は無い。全て出生区画にある出生棟から僕たちは生まれ、育児棟で幼少期を過ごす。


「そして小学校に通い、中学生になると一人部屋になるんだ。小学校までは一人につき一体アンドロイドの母が一緒に暮らしてくれる」


「中学校からは、アンドロイドには会うことは出来ないの?」


「会うことは可能だよ。ただアンドロイドの数は決まっているので、携帯端末から事前に申請を行って、調整が終わるのを待たないといけない」


「調整...」


 何をするのか想像がついたのか、ゾッとした顔の倉橋さん。

 僕たちの母となるアンドロイドの『記憶』は、僕たちが死ぬまで保持される。ただ、アンドロイドの数は僕たちより少ない。つまりそういうことだ。


「そして、中学校で一人で暮らすことに慣れ、君の言う常識の多くや端末の操作方法、食事の取り方などを情操時間で学ぶわけだ。

 高校生になれば社会奉仕時間こそないけれど、ほとんど大人と同じになるんだよ」


「卒業すると、授業時間が社会奉仕時間になるのね」


「そういうこと。君は情操時間を経ていないから、いろいろなことがわからないわけだ」


 あまり長く話すことがないから、喉が乾いて仕方ない。僕は再びオレンジジュースに口を付け、倉橋さんの様子を伺う。

 また何か考えてるみたいだけど、次は何かな。あ、その前に談話室に来たらやらないといけないことを先に済ましておこう。


「倉橋さん。いや茜さん」


 茜さんと呼ばれ少し頬を赤くする倉橋さん。


「え、ええ!?」


「談話室に来た男女は、名前で呼び合うことになっているんだ。だから僕のことも今後名前で呼んで欲しい」


「け、健二くん...」


 俯き、僕と目を合わさす消え入りそうな声で言葉を返す茜さん。


「あんたのほうが年上なんだし、茜でいいわよ...」


 恥ずかしいんだったら、注文つけなきゃいいのに。


「わかったよ。茜。他に聞きたいこともいろいろあるだろうけど、談話室を一度に使える時間は決まっているから」


 僕の言葉を聞いて、頬を赤らめたままワタワタ焦りだす茜。えーっと、あれも...これも...とか。


「心配しなくても大丈夫だよ。娯楽時間なら談話室に来ることができるから。学校にもあるしね」


「学校にも...」


 唖然とする茜。


「君の話を聞いて、僕の欲も満たせそうだし、僕は君と話をしたいと思ってるんだけど、一つ頼みがあるんだ」


 といって茜の顔をじっと見つめる僕。

 なぜか、自分の体を強く抱きしめキッと強い瞳で僕を睨む茜。


「協力の引換に...や、」


「何を勘違いしているのかわからないけど、談話室の中なら携帯端末を手元から離すことができる。

 君が旧世界の人だと言うのなら、競争競技をすることは出来るんじゃないかなと思ってね」


「え?」


「談話室に来たときは僕とオセロに興じてくれないだろか?」


 え?え?と何度も繰り返す茜。オセロはアウトローの競技。旧世界出身と言う茜であれば抵抗はないはずだ。

 そして、大きくため息をついた後、


「オセロなんかでいいの?ホントあなたたちは...かなり変だわ」


「僕から見たら、君は旧世界の物語の中の人のようだよ」


「それってどういう...」


「つまり、現実に存在する人間には見えないってことさ」


「それって、かなり変ってことよね!」


「お互い様じゃないか」


 僕はそう言って、心から笑うのであった。こんな強い感情は久しぶりだ。強い感情にはパイルをと思っていたのだけど、不思議とパイルを飲む気にはならない。

 僕も少しづつおかしくなっているかもしれない。

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