そして……
さわやかな風が草原をわたっている。
あたりは一面の花畑。
そこに数人の男女が横たわっていた。
最初に目覚めたのは少年だった。
少年はあたりを見回した。
となりに同じくらいの年頃の少女が横たわっている。
赤い髪をした少女だ。
少年は少女を揺り動かした。
「ねえ、起きて……起きてくれよ」
うーん、と少女はのびをして目を開いた。
青い空を映したような瞳。
彼女は身を起こした。
少年と少女の目が合った。
ふたりはにこりとほほ笑みあった。
「あなたはだれ?」
少女が問いかける。
「ぼくの名前はパックさ。きみは?」
「わたしはミリィ」
「そう、いい名前だね」
そのころ、まわりで横たわっていた男女が起き上がり始めた。
「うー、よく寝たなあ……ありゃ、ここはどこだい?」
たくましい身体つきの剣士だった。顔には無数の傷跡があり、もっともおおきな傷跡は額から頬へかけるものである。
かれは少年に顔を向け、にやりと笑った。
「よう! おれはタルカスっていうんだ。あんたは?」
「ぼくはパックさ。よろしく、タルカスさん」
うむ、とタルカスはうなずき、ぼりぼりと胸元をかいた。
ひょい、とこがらな老人が顔を上げた。鋭い目をあたりに配り、観察をしている。
「不思議じゃ……わしには過去の記憶がなにもない。しかし名前だけは覚えておる。わしはギズモ教授じゃ! だれかわしのことを知っておるか?」
みな、首をふった。
教授は肩をすくめた。
「ま、それはどうでもいいことじゃ。ここから動けば、なにか判るじゃろう……おい、若いの……パックと言ったな。いったいいつまで、ここにいるつもりかね?」
さあ、とパックは首をふった。
最後のひとり、もうひとりの少女が身を起こした。
「あーあ、まだ眠い……あ、あんたらなに? ここでなにしているの?」
タルカスは笑った。
「それが判らないから困っている。みな自分の名前だけはわかるんだが、いったいなぜこんなところで寝ているか、さっぱりなんだ」
「ふうん、あたしもおなじだ。あたしファングっていうんだ」
ようやく全員が立ち上がり、あたりを見わたした。
どこまでも続く草原が広がっている。
タルカスがつぶやく。
「さて、これからどうする。どこへ行けば良いんだ?」
パックが答える。
「判らないよ。でも、どこかへ行かないと……それだけは判る」
「どこへ行くの、パック?」
ミリィが尋ねる。
パックは笑った。
「どこだっていいさ! いまからぼくらは旅をするんだ。そこでいろんな人や、出来事と出会うんだ。それでいいじゃないか!」
ははははとタルカスは高笑いをした。
「そうだ、お前の言うとおりだ! 行こうぜ、冒険がおれたちを待っている!」
うん、とパックはうなずいた。
一歩踏み出した足もとで「痛いっ!」という声があがる。
ぎょっとして飛びのいたパックの足もとで、黄色い粘液のようなものがぷるぷると震えている。
「痛いなあ! ちゃんと足元を見てくれよ!」
黄色い塊は目を見開き、きんきんと響く声で叫んだ。
「ご、ごめん」
ぴょん、とスライムは飛び上がった。パックはぱっと手を広げ、受け止めた。
「こんちわ! ぼくヘロヘロっていうんだ。あんたらの話し聞いていたよ。ねえ、ぼくも一緒じゃだめかい?」
パックはみなを顔をあわせた。
全員、なぜかにやにや笑っている。
「いいよ、一緒に旅に行こう!」
スライムはパックの手から肩に飛び乗った。
「それじゃ出かけようぜ、なにぐずぐずしてんだ?」
全員、肩を並べ、草原を歩き出した。
その胸にあるのは希望のみだった。
夢見る魔王 万卜人 @banbokuto
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