第1話 元勇者

第三魔王 書する 創世前記 元年



突然の全人類降伏から二週間。

我ら魔族と人間族の関連各国の代表者、そして世界国家建国にあたり情報共有が必要な種族の代表が、魔王城の食堂で一堂に会した。

食堂で交渉会議など冗談の様だが本用の話だ。

各国代表者会議の為の会議室はもちろん城内にあるのだが、人間の各国代表者が凄まじい数だったので、第一回は臨時にこの食堂で行うことになった。どうしてこうも人間の国家は分裂するのだろう。同じ種族ならば同じ国で慎ましく暮らしていればいいものを。魔族も種を問えば無数の分類があるが、国という単位では1つである。魔族以外を考えても、エルフやドワーフなど長寿の者たちであれば顕著に、一君主を重んじている。人間たちの王家が乱立するわけがわからない。


いや、きっとそれも人間の文化だろう。

そう気持ちをくくろう。

しかし、もしこの会議が定期的に行われるのなら、巨大会議堂を作らねばなるまい。出費がかさむことだ……。


まぁ、もし本当に人間が魔族に無条件降伏及び武装解除をするのならば、今まで魔王城の補修工事用予算を会議堂の建築工事に当てれば、取り敢えず魔王城修繕専門建築業者のドミノ倒産は防げるだろうが。



兎に角、こうして始まった『戦争終結定義書及び建国会議』……後に『終戦建国会議』と呼ばれる会議は始まった。ちなみに名前をつけたのは人間だ。何にでも名前をつけたがるのも人間の理解しがたい文化だ。一々こんなことをしていたら歴史の授業がとんでもないことになるだろうに。


ちなみに私は歴史が嫌いだ。



「まずは、お手元の降伏・武装解除に関する定義書案をご覧頂きたい」


司会進行は魔族会議同様に魔王が行う。

しんとした食堂はよく私の声が響いたが、正直各国代表者が見渡せるほどでは無いこの食堂で後方までこの声が届いているかはわからない。我が身および国民の重要事項なのだから神経を尖らせて私の声を聞け、としか言えないが。


「ご存知の通り、先日人間が魔族に対して完全降伏・武装解除を申請した。

それを受け、こうして諸君にお集まりいただいた次第である。

さて、まずは武装解除に関して整理しておきたい」


「人間達が協議・提出してきた完全武装解除は簡単に下記の通り、

1.武器・防具の製造・売買・使用の禁止

2.勇者制度の廃止

3.対魔王同盟の解体


2と3について、詳細についても特に問題は無いと思われる。

皆様はどうか」


「ひとつ」


「どうぞ、精霊王」


「勇者用に精霊達が制作していた『勇者専用武器防具』については今後不要ということでよろしいか」


「ふむ、勇者制度を解体するそうだから、勇者専用武器防具の制作も不要であろう」



「あ、ではひとつ」


「どうぞ、妖精王」


「勇者の試練を我らの国で用意していたが、それも解体したほうがよろしいでしょうか」


「ふむ、試練については『勇者』に特化せず門戸を開いていただけるとありがたい。魔王討伐に限らず力をつけたいという者は今後もおろう」



ざわり、と人間が揺れた。

あぁ、やはり彼らはわかっていないのだ。

魔族に降伏すれば安全と平和が訪れると本気で信じている。

魔王と勇者という対立構図は、はるか昔人間が魔族に「お願い」されてつくられたものだということを。全ての悪を魔族に押し付けることで、人間という種族の一体感をなんとなく今まで保ってきたということを。


いや……そもそも、魔族と妖精族・精霊族に交流があることに驚いているのだろうか。

だとしたら頭の温かい奴らというしか無い。



「我らからもひとつ」


「どうぞ、巨人王」



念のために記しておく。

巨人王はこの席にはいない。彼の代表席にあるのは不思議に光る花一株だ。この花は精霊王統括の地域に自生する花で、園芸加工してやれば大地に根ざしているどの花株とも音声のやり取りができる。この食堂程度では巨人王一人が入ることもできない。この技術には感謝している。

まぁ、多少のタイムラグは発生するが、支障の無い程度だ。



「勇者に過去の歴史を語る係がいるのだが、もう彼らを常駐させなくても良かろうか。膨大な歴史をあたまにつめこみ、24時間いつ勇者が来ても語り部できるよう待機しておられる。が中々に仕事がハードで負担が大きいのだ」


「なるほど、常駐は解除で良いと思います。ただ、私の個人的な見解ではありますが、できれば語り部は今後も残していただきたいと思います。紙の記録では代わりにならない大切な財産ですから」


「あいわかった。日勤8時間にするだけでも彼の負担はかなり楽になるであろう。語り部は長寿の我ら巨人族にとって責務と心得ておる。今後も継承していく故、ご心配召されるな」


野太く豪快な笑いが、美しい花から響いた。

しばらく待ち、挙手が無いことを確認してから、会議を先に進める。



「さて、『武器・防具の製造・売買・使用の禁止』についてだが、この項目は削除しようと思う」



明らかに人間達がざわつく。

嫌気がさしてくる。


人間は、兎角思考が先走りする種族だと思う。

それは想像力と言えば聞こえはいいが、ほとんどの場合が残念なことにその場の思いつきでしかない。発想が短絡的で、自分たちの利益や目的のための極めて利己的な決断だ。


そして、良くも悪くも悪くも悪くも、すぐ忘れる。



「……人間の王達に、あらかじめ申し伝える。我ら魔族、そして人間以外の種族は、全て同盟又は連合という形で貴公ら人間との終戦と武装解除を受け入れる。ただし、支配下に置いたり同化する気はない。降伏の性質上、魔族統治下に置きはする。我らの法の元、引き続き人間の各国王が自治統治していただく」


つまり、人間の国までノコノコ出かけて行って、寿命も文化も違う領土を直接統治してやる気はさらさら無い。たったの50年そこらで死んでしまう人間達と、寿命という概念がほとんど無い魔族が同じ社会で暮らしていけるとは思わない。

一体幾度の死別が短時間で繰り返されるか、それを眺めていたいというほど冷酷で優秀な政治家は、勿論この魔界にはいないのだ。


それに。



「人間達の王にあらかじめ言っておくが、魔族とモンスターは別のものと心得ていただきたい。魔族を人間とするなら、モンスターは動物。彼らを手懐けることはできても、彼らを統治することは不可能だ。今後も引き続き、モンスターから身を守る手段が必要になるだろう。完全平和主義と衰退を望むのなら止めはしないが、最低限自国民の命を守れる程度の武装は必要と思われる。それでも完全武装解除をしたいのであればこれ以上止めはしないが」


「え、援軍は、援軍は出していただけるのでしょうか」


「もちろん援軍要請には応じるが、お前達が魔族に連絡を送って援軍が到着するまで生き抜くのは貴君らの責務だ」


「我らの国は大量のサソリ型モンスターに苦しめられています。排除いただくことは……」


「殲滅はできない。乱獲すれば生態系が壊れるだろう。サソリはネズミなどの害獣を捕食することもある。安易な駆逐には賛同しかねる」



落胆と戸惑いのため息。

傾国したり問題を抱え、降伏先の宗主国にまる投げ……とは、嘆かわしい。国民も浮かばれまい。


つい先日まで勇者という刺客を送り込んでいたくせに、何故こんな高慢な要望が湧き出てくるのか。

妖精王なぞ侮蔑の目で人間を見ている。彼らは気高く高潔であるから、それはもう酷く人間というものを見下しているのだろう。きっと人間との交流交易も拒んでくる。絶対に。



「では、他に意見が無い様なので、主題は以上。詳しい条文は各国各種属外交官を1名以上派遣いただきたい。正式な文書となった際には、1ヶ月以内に各国署名のほどお願いする」



人間以外の代表者が頷き、または端的な返答で是を示す。

人間達といえば、なに一つ解決しない国の問題に頭を抱えるのが精一杯の様だ。魔族の眷属になれば楽に安泰が訪れると本気で思っていたのだろうか。おめでたい奴らだ。自分達が生態系ヒエラルキーに組み込まれていることなど微塵も感じていないのだろう。下手をすると、最も優秀な種族だと本気で思っているのかもしれない。



「それとは別に、人間達よ。各国学術に優れたものを2名以上、魔王都へと留学させよ。人種や生態系分類、歴史や文化についての知識を自国に持ち帰り、反映させることを目的とする。また、同盟国として独立するか、魔族管轄の自治区として魔族の法の元暮らすかを、最低2週間後までには明確にしていただきたい」




……以上を持って、第一回休戦建国会議は閉廷した。


人間の能天気さと他力本願を痛切に味わったこの会議は、家臣達の働きもあり1ヶ月弱という異例の速さで休戦建国文書が作成され、各国代表者より署名捺印が行われた。


ここに、世界連合王国が誕生した。

魔族と人間の共存という長い戦いの歴史が幕開けたのである。





……と、共に。

緑豊かなアンカルシアという村代表として、1人の元勇者が魔王都にたどり着いた。

人生の半分は生きたであろうその元勇者は、ある日起きたら勇者にされ、ある日目が覚めたら勇者廃業していた哀れな人間の1人だ。

国の代表として勇者を派遣してくる国は多かった。見聞に優れ、魔族の中でもとりあえず「死にはしない」だろうと判断され、特使となったのだろうと思われる。勇者以外の場合は、そのお供だった賢者や魔導師などが使わされることが多かった。だが、アンカルシアの元勇者ほど年のいった勇者はいない。というか、勇者というより勇者の父親(狩人)という方が正しいレベルの男だった。


そもそも、国からも隔絶された村代表だ。

アンカルシアと言えば山深き地、人間が住む最北端の村。人間以外の種族の間では、人間には登ることのできない最高峰の霊山、アンカルシア山の湧き水で知られている。世界三大名水の1つだ。

だが人間達は名水よりモンスターの襲来の方に忙しいのだ。


英都エグダバや聖シルシーナ王国の様な、金臭い賑わいの「栄えた」場所の方が、自然や摂理より大切な人間にはアンカルシアの名水などドブ川の水と同じなのだ。哀れだが仕方ない、それが人間という生き物だ。



人間の愚痴は置いておいて……。

兎に角、彼はアンカルシア村の代表として、魔王都にやってきた。


取るに足らない人間の代表ソノイチだった。


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魔王創世記 @komokuren

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