【サウザンクロス】


 一方その頃、先頭の車両――。

「それでは灯台守さん、首尾よくお願いしますよ」

 ビロードの椅子で窓の外を眺めながら、黒衣の男はヴィランと化した灯台守にそう告げた。

 かつて灯台守だったヴィランは言われるままに汽車の進行方向へ歩いていき、動力室に通じる扉を開ける。扉の向こうへと消えてゆく背中を見送りながら、黒衣の男は笑いをこらえるように口元を手でおおった。

「クフフ……これで準備は整いました。あとは彼らの絶望する顔をじっくりと眺めるだけです」

 黒衣の男の腰かけた椅子は断続的に揺れ、そしてその揺れは次第に大きくなりつつある。

二両目向こうもいよいよ大詰めのようですね。実に、実に素晴らしい……さあ、もっともっとたわむれましょう。混沌の底の、さらに奥までご招待いたしますよ。クフハハハハハ……ッ」


 ◆ ◆ ◆


 ひるがえって、二両目――。

「まずい、もう車両がもたないよ!」

 鳥獣型のメガ・ヴィランが発する真空波は、ジャックたちの体よりも、車体そのものに甚大な被害をもたらしていた。窓ガラスは割れ、椅子はずたずたになり、天井も穴だらけだ。止めに入ろうとしても、盾を持ったウィングヴィランが密集陣形ファランクスを組んで立ちふさがる。車内の狭さを利用した頭脳的な戦い方だった。

「この動き……指揮官ブレーンがいるな」

 ロビンフッドとコネクトしたタオが無表情で呟いた。無闇に矢を射るのは得策ではないと判断したのか、今は敵の観察に徹している。

「空白の書の干渉に対する拒絶反応カウンターにしては、随分と手荒なやり口だ。やっこさん、この車両ごと俺たちを道連れにするつもりだぞ」

「にゃあ、俺たちはめられたのかもしれねぇぜ。こうなりゃ、本物のかしらを抑えねぇかぎり、あのヴィランネズミどもを落とすのは難しいだろうな」

 長靴をはいた猫とコネクトしたシェインが同意する。

 タオはロビンフッドとのコネクトを解き、導きの栞を裏返しながら言った。

「ここは俺が食い止める。お前たちは、どうにかして黒幕を探し出してくれ」

「私も残るわ。タオだけじゃ危なっかしいもの。それに、ここはリーダーの意地を見せなきゃね」

 美女ラ・ベルとのコネクトを解きながら、レイナも足止め役を名乗り出る。栞を裏返すと、彼女は瞬く間に時計うさぎの姿へ変貌した。

 頑強な鎧で身を包み、大きな盾を構えたタオハインリヒが、それを聞いて反論する。

「何を仰るのです。私こそが大将の器!」

「そんな、わたしがリーダーですよぅ!」

「ふたりとも、中身がはみ出ちゃってるね……大丈夫かな」

「まあ、あれで頼りにはなる方々ですから、信じるしかありません。シェインたちはシェインたちで、できることをしましょう」

 僕とシェインはコネクトを解きながら顔を見合わせた。盾役と回復役が揃っているとはいえ、車体の耐久も考えると長くはもたないだろう。

「タオ、レイナ。必ず黒幕を見つけ出すよ。それまで持ちこたえてね!」

『任せてください!』

 ふたりの息の合った返事を聞いて、僕とシェインは一両目の方向へ走る。金属の盾が真空波を受け止める激しい音が、背後からとどろいた。


 ◆ ◆ ◆


「ジョバンニ、無事だったんだね!」

 またも僕に抱きつこうとするカムパネルラを阻むように、シェインが僕の前に立ちふさがった。

「カムパネルラさん。あなたにひとつ、折り入って頼みがあるのです」

 いつになく淡々とした調子のシェインに気圧けおされたのか、カムパネルラは怖気おじけづいたように固まる。

「なに? ぼくでよければ何でも……」

「単刀直入に言います。あなたの運命の書を貸してください」

「は……っ?」

 カムパネルラは言葉を失う。あまりにも唐突な申し出に、僕までびっくりしてしまった。

「ちょっと、シェイン。いくらなんでもそれは……」

「何を企んでいるんだい? まさか、きみたちがこの想区を……」

「シェインたちにこの想区をどうこうする気があるとしたら、とっくにジョバンニさんの運命の書をばらしていますよ。ただ、確かめなくてはいけないのです。

 シェインの言葉は、裏を返せば、カムパネルラが偽物なのではないかと言っているに等しかった。そして、ひどく悲しいことに、その推理は僕の予感と――。

「そうか……ぼくを疑っているんだね。いいよ、好きにしてくれて構わない」

「シェインでなくても結構です。なんなら、そこの新入りさんに渡していただければ」

「わかった。ぼくの運命、ジョバンニに預けるよ」

 カムパネルラは僕に運命の書を渡すと、落ち着いた表情で二三歩下がった。

「少々目を閉じていてください。次に合図をしたとき、あなたの目の前には新入りさんが適当に選んだページが開かれています。そのページの一番最初から一番最後までを読み上げてもらえますか。シェインはあなたの目や口の動きを観察させてもらいますので」

「お安い御用だよ。さあ、いつでもどうぞ」

 カムパネルラは静かに目を伏せる。

 僕はシェインの言ったとおりに、適当なページを開いてみた。そこにはやはり、意味不明な文字がびっしりと並んでいる。

「違います、そっちじゃありません」

 しかし、シェインは限界までボリュームを絞った声で言うと、指先を忙しく動かして、僕に全く別の指示を出した。それは、僕なんかでは想像もつかない破天荒なプラン。彼女が本気で勝負を決めようとしているのが伝わってくる。

「ほ、本当にこれでいいんだね」

 シェインは小さくうなずくのみだった。僕は意を決してカムパネルラに近づくと、彼が読みやすそうな位置まで開いたページを持ち上げる。自分の空白の書も含めると、いまの僕は運命の書を三冊も持っているため、とても体勢を決めるのが難しかった。

「では、どうぞ」

 緊張の一瞬。僕の心臓は早鐘を打つ。

「……の香りがしたと思うと、家庭教師の男に連れられて、少年と少女が乗ってくる。灯台守が聞き出したところによると、彼らは天上へ向かう旅をしており、銀河鉄道へやってくる直前、乗っていた船が沈没したのだという。彼らの身の上話を聞いて、今まで忘れていた色々なことをぼんやりと思い出し、あなたは目頭が熱くなる」

 シェインの合図で目を開いたカムパネルラは、運命の書の記述を順調に読み始めた。

「灯台守が彼らをなぐさめる言葉を聞いて、あなたは本当の“さいわい”とは何かを考える。しばらく汽車の外を眺めていると、灯台守が珍しいりんごを取り出し、皆に配る。カムパネル……ラが先に受け……取るので、あなたは……」

 そこまで読んで、彼はわなわなと震えた。全身の血液がすっと冷めていく感覚。そう。あのときシェインが僕に提示したのは、カムパネルラの運命の書ではなく。その中のいちページだったのだ。

「やはり、あなたにはそれが読めてしまうのですね。カムパネルラさん……いえ、こうお呼びした方がよろしいですか。

「ち、違う……これは……」

 青ざめた顔で、カムパネルラは僕とシェインを交互に見た。

「ジョバンニ、いや、エクス……っ! きみなら信じてくれるだろう? そうだ、ぼくとジョバンニの運命は途中までよく似ているんだよ。同じものを見て、同じことを感じて、同じところへ向かう。それで、たまたま一致する部分が読めて……」

 僕はカムパネルラの言葉をさえぎるように運命の書を閉じ、彼の肩にそっと手を置く。

「ごめんね、カムパネルラ……」

「嘘だろう……きみまでぼくを疑うのかい……」

 僕からカムパネルラの運命の書をひったくるように奪って、彼はその胸に強く抱いた。気まずい沈黙を破るように、僕は口を動かす。

「最初は小さな違和感だった。きみはジョバンニの友達……いや、親友なのに、どうして僕なんかをそんな大切な人と勘違いしたんだろうって。運命の書の記述で知っているだけで、汽車ここで初めて知り合う関係なのかな、とも考えたよ。でも、それじゃ説明のつかないことがあるんだ」

 カムパネルラは放心したように、黙って僕の言葉を聞いていた。こんなことを伝えるのは本当に辛い。だが、背中を守ってくれているレイナとタオのことを思えば、ここで躊躇ためらうという選択肢はなかった。

「君は言ったよね。ここは“カムパネルラという役が死ぬまでを繰り返す”想区なんだって。僕は考えた。人は何があっても、死んだら生き返ることはできない。混沌に飲まれた想区すら元通りにできるレイナの調律でも、失われた命だけは元に戻せないんだ。アラジンの想区で、僕たちはそのことを痛いほど教えられた」

 この場にレイナがいなくて本当によかった。できれば、彼女に辛い過去は思い出させたくない。

「だからカムパネルラ。君が真のカムパネルラなんだとしたら、その配役だけは“繰り返し”の外側にいるはず。絶対に、“”なんて言葉は出てこないはずなんだ。きっと、何度も違うカムパネルラと旅を繰り返した、ジョバンニとしての癖なんだろうね」

「これはシェインの推測ですが。あなたはカオステラーの力を使い、カムパネルラさんの運命の書へ干渉して、ご自分でも読めるように改竄かいざんしていたのでしょう。なぜ、カムパネルラさんのふりをしていたのかは知りませんが」

「ああ……もう言い逃れはできないみたいだね。きみたちの言うとおり、ぼくはジョバンニ。そして、カオステラーだよ」

 僕とシェインの言葉を受けて、カムパネルラ――いや、ジョバンニは、ついにその事実を認めた。

「きみが自分を犠牲にして仲間を助けようとしたから、計画が狂ったよ。ぼくはきみだけを助けて、他の三人は置いていくつもりだったんだ。きみさえいれば、運命の書をなぞるのに支障はないからね」

「教えてほしい。カオステラーの君が、運命の書に従う理由は一体……」

 そう。ジョバンニがこれまでのカオステラーと明確に異なるのは、ストーリーテラーの定めた運命をもてあそんで、想区を混沌におとしいれようとしているわけではないということだ。では、何のために――。

「みんなのさいわいのためなら、この身なんて百ぺんいたって構わない。ぼくの運命の書にある言葉さ」

 ぽつりと、ジョバンニは話し始めた。僕の共感を得ようとしている目ではない。本気の、本音を話す人の目だ。

「いいや、その気持ちに嘘なんてない。今でも心からそう思っているよ。イタチに身を捧げるサソリのように、誰かの幸せのためになれるなら、百回だって千回だって、何万回だってこの身を灼こう。けれどね……親友の死という業火で無限に灼かれるこの身が、みんなのさいわいのためなんかじゃなく、ただ無為な繰り返しのためにあるとしたら。エクス、きみはどうするだろう」

 ジョバンニの口振りは、いつしか子どものそれではなく、幾度となく時を繰り返してきた転輪者のそれとなっていた。

「ぼくはね、エクス。この想区のストーリーテラーが許せないんだ。未完の原典を、未完のまま、未完の想区としたストーリーテラーのことがね。ある日、がやってきて、気づかせてくれた。それなら、僕がカムパネルラになって、カオステラーにちたストーリーテラーと心中すればいいんだと。そのためには、ある程度まではこの耐えがたい運命に従って、カムパネルラという役の死が確定するまでのお膳立てをする必要があった。皮肉な話さ」

 そのとき、車両全体――いや、汽車全体が激しく揺れた。これまでの比ではない。灯りがちらちらと明滅し、やがて汽車は大きく減速すると、完全に動作を止めてしてしまった。

「本当は運命に従って、“石炭袋”まで行きたかったんだけれどね。まあ、ここサウザンクロスまでくれば、易々と運命がブレることはないだろう。ぼくは一足先に夢から醒めることにするよ。この瞬間より、汽車内のヴィランの指揮系統を“あの人”へ受け渡す」

 ジョバンニの横に、どこからともなく二体のブギーヴィランが並ぶ。メガ・ヴィランほどではないが、かなり大きい種類のものだ。僕は直観的に、それが鳥捕りさんと車掌さんの成れの果てであることに気づいた。

「ぼくは自分自身の死をもって、この想区に終止符ピリオドを打つ。さようなら、エクス。君たちとの旅は短かったけれど……とても、楽しかった」

 ジョバンニは一瞬にして僕たちの目の前から消え去った。入れ替わるようにして、黒衣の男がヴィランの間から姿を現す。

「ロキ……っ!」

 様々な想区に出没しては、主役や重要人物をたぶらかしてカオステラーを発生させる、謎多き魔法使い。この想区においても、やはりこの男が裏で糸を引いていたのだ。

「クフフ……すべて観させてもらいましたよ。最高に滑稽こっけい舞台ショーを、特等席からね」

「教えろ、ロキ。どうしたらジョバンニを追いかけられるんだ」

 挑発的な物言いに応じている暇はない。一刻も早くジョバンニを追わなければ、彼は――。

「まぁそう慌てずに。せっかくひとつの想区が終焉を迎えようとしているのです。静かな狂気を含んだ混沌に抱かれてね。この銀河の果てから、その黄昏たそがれを眺めようじゃありませんか」

「あまりふざけないでください。新入りさんは我慢強い方ですが、シェインはそうでもないですよ」

 そのとき、二両目に通じる扉が開く音がした。振り返ると、タオとレイナが息を切らせながら立っている。

「エクス、シェイン! どうなってやがるんだ、汽車が止まって、ヴィランも急に大人しく……。てめぇ、ロキ……っ!」

「やっぱり、あなたも一枚噛んでいたのね。エクス、黒幕は……」

 レイナは言いかけて、目の前の状況から全てを悟ったようだ。

「そう……薄々そうじゃないかとは思っていたけれど。詳しいことは、あの男を倒してから教えてちょうだい」

「おやおや、レイナ様まで。調律の巫女ご一行様は、よほど好戦的とうかがえる。仕方ありませんね……このままではあまりにも多勢に無勢。幸い、ヴィランの指揮系統を任されましたゆえ、そちらを活用させていただきますか」

 ロキが芝居がかった口調でそう言うと、大きなブギーヴィランが爪を構えた。二両目から、先ほどのウィングヴィランたちが迫る気配も伝わってくる。

「ジョバンニ……絶対に君をひとりにはしない。みんな、行こう!」

『応!』

 この場にいる空白の書を持つ者は、みな同時に導きの栞を構えた。敵も、味方も。そう、僕らと同じ空白の書を持つ者である以上、その例外ではない。

「頼む、白の女王。僕にもう一度力を貸してくれ――」

「さぁて、私は鳥捕りさんの魂でもお借りしますか。どこぞの森の猟師様にそっくりで、実に扱いやすそうです――」

 どれだけ連戦で、どれだけ疲弊していて、どれだけ不利だとしても。この戦いだけは、負けるわけにはいかない。


 ◆ ◆ ◆


 乱戦。

 狭い車内でヴィランとロキを同時に相手取るのは、想像していたよりもずっと困難だった。鳥捕りとコネクトしたロキは、ヴィランを隠れみのにして剣を振るう。片手剣特有のリーチの短さを、ヴィランごと斬り払う無差別な動きで強引に緩和していた。もちろん彼自身もただでは済まないが、狂戦士じみた不屈さで、そこかしこを自在に跳ね回っている。

「ぐ……っ! あの人、敵も味方もお構いなしですか!」

 堪らずタオハインリヒが叫ぶ。シェイン長靴をはいた猫がその股下を走り抜け、彼の背中に襲いかかろうとしていたヴィランを両断した。

「ったく、猫使いが荒いねぇ。おい、真空波がくるぞ!」

 ロキが指揮するようになってから、鳥獣型のメガ・ヴィランの放つ真空波も、敵味方の区別なく巻き込むようになっていた。しかし、ウィングヴィランが力尽きても、後ろの車両から続々と新しいヴィランが詰めかける。もはや、汽車の乗客はみんなヴィランになってしまったようだ。

「ふぇああっ、こっち来るなですぅ!」

「んもぅ……少しは待ってくださる? 支度がまだなの」

 レイナ時計ウサギがいなくては回復が回らないものの、彼女を守るのも手一杯だ。白の女王が麻痺で足止めしても、その掃討が追いつかない。

「ちっ、猫の俺でさえってな気分だぜ。っと……あの野郎、割れた窓から天井裏に出やがったぞ!」

「天井を突き破って攻撃してくるかもしれませんね。誰かが追わなくては……」

 一瞬、四人ともが視線を交わす。と、恐らく全員が思っているはずだ。

「それなら私がいきますわ。皆様にはこちらをお願いいたします」

 迷っている時間はない。刻一刻と悪化する状況を変えるには、罠だとわかっていても飛び込まなくてはならないときがある。白の女王は白銀のヒールで軽やかに窓枠を蹴ると、ふわりとスカートを宙にひるがえして天井裏に降り立った。

 待ち受けていたのは、一時的にコネクトを解いたと思しきロキ。銀河の風に髪をなびかせて、不敵に微笑んでいる。

「クッフフフ……のこのこ現れましたか。正直、大本命が来てくださるとは思っていませんでしたよ。あなたでは私に勝つことはできません。サンチョ様……いや、ジョバンニ様……ああ、エクス様でしたっけ」

「女王たるもの、安い馬と安い挑発には乗りません。あなたも早く支度コネクトなさったらいかがかしら?」

「ノリが悪いですねぇ……ええ、ではそうさせていただきます。名もない民草の私めが、女王様と踊らせていただけるとは、恐悦至極――」

 言うが早いか、ロキ鳥捕りは武器を構え、白の女王めがけて突貫してきた。現在の状況、傷の程度は五分ごぶ。ほぼ同条件からの一騎打ちである。

 素早い刺突しとつに光の波動を合わせ、軌道を逸らす。返す刀は急所から外れるように身をかわし、反撃カウンターで光の粒子をお見舞いした。

 隙を突いては隙を突かれ、お互いに浅い傷が増える。その姿は、まさに舞踏しているかのように見えたかもしれない。だが、あるいは優雅ささえ漂わす応酬とはいえ、死闘は死闘である。蓄積したダメージは馬鹿にできず、だんだんと膝に力が入らなくなりつつあった。限界は近い。

 白の女王はいちど距離を取ると、空白の書を取り出した。栞に細い指先が触れた、そのとき。タオの言葉が脳裏をよぎる。

『でもな、その前の戦いで、坊主は白の女王を早めに引っ込めただろ。あの女王さま、まだ戦いたがってたように見えたぜ』

自分てめーの命は好き勝手張るのに、他人に命は張らせねーってのは、あんまり感心しねーな。優しいのは坊主のいいところだけどよ。相手の気持ちを尊重するのも、優しさなんじゃねーか』

 優しさ。本当の優しさとは何だろう。僕にはまだ、全然わからない。

 ただ、心の中で白の女王に話しかけた。まだ一緒に戦ってくれるのか――と。

「クフッ! 知っていますよ、あなたが弱りつつあるヒーローを使い続けられないこと……そして栞の表にはジャック少年の魂!」

 僕の動きを見切ったように、ロキは即座に鳥捕りとのコネクトを解除した。そのまま流れるような動きで栞を裏返す。

「リーチの短いヒーローでは触れることも叶いませんよ。さぁ、にふさわしい最高のヒーローであなたをほうむり去ってあげましょう。――そう、稀代の天才音楽家、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトによる書きかけの葬送行進曲をもって!」

(ああ、ロキ。君が僕の心の隙を突いてくることは分かっていた。けどね、僕はもう決めたんだ――みんなのことを信じるって)

 ――まだ一緒に戦ってくれるのか。その問いに力強くうなずきかえしてくれた白の女王の気持ちを、僕はもう裏切らない。

 空白の書を閉じたまま、魔導書を勢いよくめくると、白の女王は蓄積されていた魔力を全解放する。

「な……っ! 栞を、裏返さない……っ!?」

 白の女王は光、ロキモーツァルトは闇。互いに弱点を取り合う相剋そうこくの属性――ならば、大術式を先に撃った方がこの勝負を制する。

「恨まないでちょうだい、ね――“フラッシュ・ホワイト”!!」

「……っく、奏でたまえ――“未完のレクイエム”!!」

 交錯する光と闇。膨大な魔力と魔力の衝突は、水蒸気爆発のような反作用を引き起こした。視界が閉ざされ、衝撃で白の女王の体は吹き飛ばされる。

 何も見えない。ただ、白の女王の魂が僕の魂から離れ、満足げな様子で一時いっときの休息についたことだけが理解できた。

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