【ケンタウル祭】


「ぐ……っ。楽譜の詠唱が一枚足りないだけで、これほど押されるとはね……。どうやら、今度の死神は君にも私にも用があるようだ……」

 視界が晴れる。

 ロキモーツァルトは天井裏に膝をつき、苦痛で顔をゆがめながら、それでもなおわらっていた。白の女王による渾身の一撃で体じゅうに痺れが走っているはずなのに、並々ならぬ精神力である。

 僕は白の女王とのコネクトが強制的に解除されてしまったため、生身で立ち上がった。

「ここまでだ、ロキ。君の栞のヒーローはふたりが重症。僕の方はジャックひとりだけど、深手を負ったヒーローに負けるほどヤワじゃない。それに、君がその調子じゃ、みんながここに上がってくるのも時間の問題だ」

 指揮系統の乱れたヴィランに遅れを取る仲間たちではない。案の定、軽い身のこなしでシェイン長靴をはいた猫が姿を現した。

「下はもうじきカタがつくぜ。おう、いい気味じゃねえか、ロキの旦那。でかしたな、新入りさんよ」

「コネクトを解いて、投降してほしい。ロキ、君にはまだ聞かなきゃいけないことがある」

「甘いですね、砂糖菓子さえ裸足で逃げ出すほどに甘い……」

 ロキはモーツァルトとのコネクトを解くと、ひどくやつれた顔でそう言った。

 実のところ、彼の栞は“教会”の特別製で、三人のヒーローを同時に登録できる。つまり、もうひとりのヒーローが万全の状態でスタンバイしている可能性はあった。

 しかし、反則とも言えるその効果の代償なのか、ロキはコネクトによる疲弊が僕たちよりもかなり激しい。たとえヒーローが万全でも、宿主の精神力がすり減っていれば、コネクトの維持は困難だろう。

「クフフフ……ッ、ですが、残念でしたね。私の目的は既に果たされました」

「負け惜しみを……」

「話は最後まで聞くことです。ジョバンニ少年が目覚めるのは、運命の書によれば“石炭袋”という銀河の穴の手前。彼はそこでカムパネルラ少年に裏切られ、失意とともに夢から覚める……」

「夢? 銀河鉄道ここは夢の中だっていうのか……っ!」

「そのとおりです。正確には夢側という筋書きを演じているにすぎませんがね、現実側の筋書きから物理的に乖離かいりしているという点では同じです。あなた方がこの夢から覚めるためには、ジョバンニ少年の運命の書を頼る他ありません」

「そんな、じゃあ僕らは……」

「ええ、石炭袋まで行かなくては、あの丘へ戻ることができないのです。さあ、単純な計算ですよ。現実の世界でカムパネルラ少年が水に落ちてしまうのは、おおよそ今からの出来事。ジョバンニ少年の見立てでは……この汽車は全速力でも、ここから石炭袋までだそうです。さらに、動力室の炉は灯台守さんに落としてもらいましたからねぇ……」

 それを聞いて、シェインはすぐに長靴をはいた猫とのコネクトを解除する。僕たちのメンバーで壊れた動力室をどうにかできるとしたら、シェイン以外にあり得ない。

「クフフ……さて、だいぶ体の自由もきくようになりました。そろそろ私はおいとまするとしましょうか」

「待て、ロキ……っ。ひとつだけ教えてほしい。ジョバンニが言っていたように、カオステラーを道連れにすることなんてできるのか」

「さぁ、どうでしょうね。私もだけですので……クフッ。それでは皆さん、よい終末を。ごきげんよう」

 絶望的な事実を告げて、黒衣の魔法使いは雲のようにかき消えてしまった。僕は奥歯を噛みしめる。

「……シェインは動力室に行きます。新入りさんはタオ兄と姉御に合流して、今までのことを説明してあげてください」

「わかった……。動力室にも灯台守さんヴィランが潜んでいるかもしれない。気をつけて、シェイン」

「ガッテン承知です。シェインにお任せください。……絶対に、止めましょう」

 シェインは天井裏を駆けると、動力室との切り替え部から降りていった。

 普通に考えれば、間に合うわけがないのかもしれない。それでも考えることをやめるわけにはいかなかった。このままジョバンニを止められなかったら――僕たちの心ごと、この想区が壊れてしまう気がするから。


 ◆ ◆ ◆


 もうすぐ、すべてが終わる。まわしき転輪を絶ち、この想区を無へ還す。

「カムパネルラ、舟が出るぞ。カラスウリを忘れるなよ」

 一周前まではぼくジョバンニを馬鹿にしていたザネリが、いまはぼくカムパネルラに親しげに話しかける。彼も幾度となく同じ一日を繰り返してきた者だ。演じるためだけに演じているようなその言葉には、もはや意味などこもっていないのだろう。

 銀河を写した静かな川へ、ぼくたちを乗せた小舟が漕ぎだす。ほどなくして川の中ほどへやってくると、子どもたちは次々とカラスウリのランタンを川へ流した。幻想的な光景。最後に、ザネリがとっておきの大きなカラスウリを水に浮かべる。

 そのとき、風が吹き、舟が激しく揺れた。

 運命の書のとおり、カラスウリを遠くへ押してやろうとしたザネリは、バランスを崩して舟から川へ転落する。予定調和の悲鳴。ぼくはすぐにザネリの後を追って、川の中へ飛び込んだ。

 ザネリの体を押してやると、彼はカトウの差し出した手につかまる。ここまでは予定通りだ。カムパネルラの運命の書に残された記述は、水底へ沈むという簡潔な一文。たったそれだけである。

 ぼくは水の流れに抵抗せず、背中から沈み始めた。いくつものカラスウリの灯りが、ぼんやりと水面みなもに浮かんでいる。それを見ていると、なぜだか目頭が熱くなるような気がして、ぼくは水底みなそこの方へと向き直った。深い、深い闇だけが、そこにはあった。

 これまで何百人、何千人と見送ってきたカムパネルラたちは、みんな、この闇へ吸い込まれていったのだろうか。運命の書に従って、疑いもせず、憂いもせず、恐怖もせず。いや、そんなわけはない。だって――ぼくはいま、こんなにも恐い。覚悟を決めてきたはずなのに、それが揺らいでしまうほどに、どうしようもなく恐いのだ。

 ごめん、カムパネルラ。もっと早く、ぼくがこの答えにたどり着けていたら。こんな悲しい連鎖を繰り返すこともなかったのに。でも、これでお終いだ。せめてもの償いとして、ぼくの命を捧げよう。目を伏せ、肺の中の空気を絞り出す――。

 しかし、そのとき。不意に腕をつかまれた。

(なんだ、いったい誰が――)

 目を開けても、暗くてよくわからない。だが、信じられないような力で、ぼくの体はみるみる水面へ引き上げられる。とっさには抵抗することもできず、いつの間にかぼくは、夜空の下へ顔を出していた。


 ◆ ◆ ◆


「っぷは――! 大丈夫かい、ジョバンニ!」

 ジャックが聞くと、ジョバンニは返事の代わりに大きくむせ返った。よかった、だいぶ水を飲んでしまったようだが、まだ生きている。

 僕たち空白の書を持つ者がコネクトできるヒーローは、物語の原典から呼び出されたものらしく、普通の人間とは比べ物にならないような身体能力を持つ。人間ぼくの力では助けられなかったかもしれないが、ジャックは快くその力を貸してくれた。ジャックはぐったりとしたジョバンニの体を抱え、みんなの待つ川岸に急ぐ。

「よくやった、坊主!」

 水際へたどり着くと、タオがジョバンニの体を引き上げてくれた。ジャックも追うようにして岸へ上がると、コネクトを解きながらジョバンニへ駆け寄る。

「さ、水を吐き出すのよ。ほら、頑張って」

 レイナにお腹を押されて、ジョバンニは何度もえづいた。人の体の中にはこんなに水が入るのかと驚くほど、沢山の水が吐き出される。しばらくすると落ち着いたのか、彼は上半身を起こした。

「けは……っ。馬鹿な……間に合うはずがない。あの汽車の速度は、ぼくが一番よく知っている……」

「ああ、確かにお前さんは詳しいだろうな。でも覚えとけ。詳しいってことは、それだけ先入観に飲まれてるってことだ。お前が知ってる銀河鉄道とやらは、あの姿だけなんだろ」

 タオの言葉に、ジョバンニは目を見開いた。

 そう、僕たちはあのあと、後ろの車両をすべて切り離して、動力室を積んだ車だけで石炭袋へ向かった。シェインが動力室を直せるかどうかも賭け、直ったとして間に合うかどうかも賭けだったが、綱渡りの勝負にはぎりぎりのところで勝てたらしい。

「タオ兄、格好つけたところ悪いのですが、切り離しを提案したのはシェインです。手柄を盗らないでください」

「お、おう……もちろんだぜ。ちゃんと、兄貴分として妹分をたたえようと……」

 しどろもどろになるタオに見向きもせず、ジョバンニはふらりと立ち上がる。暗い瞳で、僕たちをじっと見据えていた。

「なんてことを……してくれたんだ。あと少しで、この悲しみを断ち切ることができたのに……」

「ジョバンニ。カオステラーは君に憑依しているだけなんだ。その身を犠牲にしても、カオステラーまで道連れにできるかどうかはわからない。君はロキに騙されていたんだよ」

「嘘……か。ああ、ぼくは気づいていたのかもしれないな。心のどこかで、きっとその可能性は見えていた。でも、たとえ道連れに失敗したとして、ぼく自身はこの繰り返しから解放される。浅ましくも、そんなことを考えたのかもしれない。なんて醜い、利己心エゴだろうね……」

 ジョバンニの体が不気味に変貌へんぼうしていく。

「おいでなすったか……」

 タオの言葉と同時に、僕らは数歩、距離を取った。

 半人半馬の巨体におびただしい数の霊魂をまとった、禍々まがまがしい出で立ち。ジョバンニの抱える自己矛盾と自責の念がそのまま具現化したような、いびつにゆがんだ姿だった。

「ぼくはカムパネルラをうらやんでいたのかもしれない。欺瞞ぎまんに満ちたこのぼくに、ぴったりの……姿……」

「いいや、君の想いは欺瞞なんかじゃない。カオステラーに憑依された君は、すぐにでも想区をめちゃくちゃにする力を持っていたはずだ。それでも運命の書の通りに筋書きをなぞったのは、誰も悲しい目に遭わないで済むように、君なりに考えた結果じゃないか」

 もはや、その声がジョバンニに届いているかはわからなかった。僕たちは誰からともなく、空白の書を構える。

「行こう、これが最後の戦いだ。ジョバンニ――君の想いを守るために、僕たちは戦う!」


 ◆ ◆ ◆


『ケンタウル、露をふらせ』

 この川へやってくるまでにすれ違った人たちはみんな、口々にその言葉を唱えていた。

 僕の出身想区にも、ケンタウルスという半人半馬の生き物の伝説があったことを覚えている。町じゅうの装飾を見るに、どうやらこの想区は“ケンタウル”にちなんだお祭りの一日を繰り返しているらしい。カオステラーがその姿を模すことも、何となく予測はついていた。

エクスジャック殿、矢が来ます! レイナシェリー殿をお守りくださいっ」

 タオハインリヒが叫ぶ。

 見れば、ジョバンニカオステラーは剛弓を構え、矢筒からごっそりと矢を抜き出していた。それらすべてをつがえて弓を振り絞り、彼は何本もの矢を天に放つ。銀河を打ち抜くような鋭い射角から、やがて雨のように矢が降り注いだ。

レイナシェリー、僕の後ろに隠れていて!」

 腰袋の中から“豆”を取り出すと、ジャックは地面に叩きつける。すぐに芽が出たかと思えば、豆の木は瞬く間に急成長し、矢を防ぐ盾の役割を果たした。

 シェインラーラの方は、タオハインリヒが鉄の盾で守りきったようである。

シェインラーラ殿、ご無事ですか」

「ええ、おかげさまで、どうにか。では反撃ですね。牙をむく者に容赦はしません」

 シェインラーラが杖を構え、いくつもの雷球を周囲に浮かべる。

 それらが放たれると同時に、ジョバンニカオステラーの周囲に群がっていた霊体が、ゴーストヴィランとなってこちらへ襲いかかってきた。

 タオハインリヒジャックは同時に駈け出し、シェインラーラの雷球で弱ったヴィランたちを斬り捨てながら、ジョバンニカオステラーとの距離を詰める。

 ジョバンニカオステラーは再び剛弓を構え、今度は直線的に矢を放つが、タオハインリヒの盾がそれを弾いた。ジャックたちが最接近すると、ジョバンニカオステラーは腰から巨大な棍棒を抜き出し、巨体から繰り出される怪力でもって振りおろす。

「ぐぅ……っ!」

 タオハインリヒが苦悶の表情でそれを受け止めた。鉄の盾が変形するほどの一撃。生身で受ければひとたまりもないだろう。

「い、今です、エクスジャック殿!」

 言われるよりも早く、ジャックタオハインリヒの背中を蹴って高く跳び上がっていた。勝負は一瞬。ジョバンニカオステラーの胴体めがけ、全力で剣を振りおろす。だが、丁寧になめされた上質な皮の鎧が、ジャックの剣を阻んだ。

エクスジャック! わしからの援護じゃ、押し切るがよい!」

 レイナシェリーの黒魔法がジョバンニカオステラーを包む。分厚い皮の鎧は、にわかにその強度を落とした。

「ありがとう、レイナシェリー! さあ、大きなケンタウルスさん。小さいからって、なめちゃいけないよ!」

 再び強く剣を突き立てると、ジョバンニカオステラーはさすがに痛みを感じたらしく、激しくうなって暴れまわる。ジャックは胸に突き立てたまま剣から手を離し、大きく宙返りをして遠ざかった。目と鼻の先を、無闇に振り回された棍棒がかすめる。

「っぶね……っと。シェインラーラ、今だ! やってくれ!」

「詠唱、完了しています。いざ、闇の魂に安息を与えん――“スケエルの怒り”!」

 シェインラーラの術式によって空に張りめぐらされた黒雲から、特大の雷がほとばしる。ジャックの突き立てた剣が避雷針となり、そのすべてはジョバンニカオステラーめがけて一斉に降り注いだ。

 稲光、轟音、爆風――滞空中に吹き飛ばされ、ジャックの体は地面に叩きつけられる。

「ってて……」

 周りを見渡すと、徐々に煙が晴れていく川岸に、人間としてのジョバンニの体が横たわっていた。

 僕はジャックとのコネクトを解き、彼の元へ急ぐ。みんなも各々のヒーローから元の姿に戻り、次々に駆けつけた。

「ぼくは……負けた、のか」

「ううん、違う。君は勝ったんだ。カオステラーの呪縛に打ち勝ったんだよ」

「ジョバンニ。これから私はこの想区をあるべき姿に還すわ。まだ、この想区と心中したいって思ってる?」

 レイナの言葉に、ジョバンニは静かに目を伏せ、首を横に振った。

「いつしかぼくは、被害者のように振る舞っていたんだ。最もうれうべきはカムパネルラだというのに、ぼくは自分のことを悲劇の主人公のように考えていた。そんなざまでは、何べん身を灼こうと、お天道様が応えてくれるはずもない……」

 皮肉げに微笑んで、ジョバンニは祈るように胸のところで手を組む。

「頼むよ、調律の巫女様。ぼくにもういちどチャンスをくれ。今度はきっと、ストーリーテラーに通じるまで――祈りとおすことを約束しよう」

 レイナはうなずくと、背負っていた“箱庭の王国”という大きな本を目の前に取り出す。その中のいちページを開き、彼女は両手のひらをかざした。

「……混沌の渦に飲まれし語り部よ。我の言の葉によりて、ここに調律を開始せし」

 レイナの手から光があふれ、やがてそれらは蝶のように舞いながら想区全体へ広がっていった。想区の修復が始まる。それが終わる頃には、僕たちがこの想区へ来たという事実さえも、すっかり消えてなくなってしまうのだ。

 僕は最後に、ジョバンニの組んだ手に自分の手を重ねた。彼の果てしない繰り返しに、どうか少しでも慈悲があるよう――。

「ありがとう、エクス、みんな……そして、さようなら」

 ジョバンニが最後に見せた表情は。転輪者としてのそれではなく、年相応の――あどけない少年の笑顔だった。


 ◆ ◆ ◆


「もう駄目です。水に落ちてから四十五分経ちましたから……」

 カムパネルラのお父さんらしき人が、時計を固く握りしめながら言った。

 川じゅうに張り巡らされた灯りの下で捜索活動をしていた人たちが、一斉に声の方へ振り返ると、互いに顔を見合わせる。

 僕たちは建物の陰からそれを見つめていた。想区の調律が完了した以上、下手に関わっては不要なヴィランを発生させかねない。

 川の水際からジョバンニが駆け寄っていき、カムパネルラのお父さんの前で立ち止まった。彼は何も言うことができず、もじもじとしている。きっと、銀河で共にした冒険のことを話すべきか迷っているのだろう。

「あなたのお父さんは、もう帰られましたか?」

 カムパネルラのお父さんは見かねたように、そんなことを尋ねた。ジョバンニは首を横に振る。

「そうですか、船が遅れたのかもしれませんね。おととい、ぼくのところには元気な手紙があったのですが」

 ジョバンニは何か言おうとあれこれ考えたようだが、結局なにも言うことができず、胸いっぱいの感情が今にもあふれ出しそうな顔で、弾けるように駆け出してしまった。

 そのとき――。

「おーい! 誰か温けェもん持ってきてくれ! 濡れねずみを拾っちまったんだァ」

 暗闇の奥から、よく通る男の人の声が響いた。ジョバンニの反応を見れば、それが彼のお父さんの声であることがすぐにわかった。徐々に近づいてきたジョバンニのお父さんは、かたわらにジョバンニと同い年くらいの少年を連れていた。

「向こうののところに、引っかかるみてェにして流れ着いてたんだ。おれァもうびっくりして、飲み込んじまった水を吐かせて、そしたら目ェ覚ましたもんだからよ。ここまで連れて帰ってきたって寸法さ」

 カムパネルラのお父さんはその子を見るなり駆け寄ると、汚れるのも気にせず地面に膝を突いて、涙を流しながら力強く抱きしめた。

「おお、……僕はてっきり、もう駄目かと……っ。どうか、いちど諦めた父を許してほしい……」

 ジョバンニは信じられないといったような目で呆然とそれを眺めたあと、後からじわりと実感が広がったのか、そちらの方へ走りながら泣き出してしまった。

「カムパネルラぁ……っ! お父さん……っ! よかった、本当に……よかった……っ」

 四人はもう、ひとつの塊のように身を寄せ合って抱きしめ合いながら、ずっとずっとむせび泣いていた。

「届いたんだな、ストーリーテラーに」

 タオがそっぽを向きながら言う。

「ストーリーテラーさん、でもこれは、ちょっと安直です」

 シェインは悪態をついたが、珍しく声が震えていた。

「いいのよ。幸せなんてものは、安直な方がいいの」

 遠くから届くアセチレンランプに照らされたレイナの横顔には、一筋の涙が伝っている。

 僕は空を仰ぐと、銀河に浮かぶ赤いサソリの星座に目をとめた。

「ジョバンニ。君が百ぺん身を灼いたのは――このさいわいのためだったんだね。君の想いは、決して無駄なんかじゃなかったんだ」


 【了】




◆出典・参考文献


 『グリムノーツ』SQUARE ENIX

 http://www.grimmsnotes.jp/


 『銀河鉄道の夜』宮沢賢治

 http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/43737_19215.html




 『グリムノーツ』と『銀河鉄道の夜』を愛するすべての人へ。読了ありがとうございました。

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【グリムノーツ】未完の書【銀河鉄道の想区】 さくらもみじ @sakura-momiji

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