特別編:ヒーローサイド・クリスマス

「これ、ケーキだったよね……?」


側面も上部もギッチリとマカロンで埋め尽くされた物体を見て思わず相棒に訊ねる。

相棒は苦々しく笑って頷いた。


「どこから持ってきたのか、れるりりちゃんが猪鹿蝶の袋を抱えて帰ってきてね、あとは2人ともノリノリでこの有様……」


嫌な予感がしてそっと財布を覗き込む、やはりだ、1万円札が数枚抜き取られていた。


「君は日本の最高額紙幣を何だと思ってるんだ……」


ため息をついて抗議するも、マカロンケーキに夢中の彼女には届かなかった。

玄関のチャイムが鳴る、どうやらようやく到着したようだ。


「こんにちは、ヒーローさん」


青みがかかった緑の髪、ツインテールの少女がこちらを見上げて笑った。


「ずいぶんと流暢に喋るようになったね」

「そりゃあ、ずっと学習するAIですから、頭良いんですよ、うちのmikuは」


ドアの影になってる場所から、彼女の父親と妹が顔を覗かせた。 GUMIが私は?と言って頬を膨らませる、以前会った時より人間らしさが増した気がする。

数日前にカレーの具材を買い出しに行っている時に、街で偶然この男に会って、クリスマスにうちに来ないかと提案していたのだが、予定していた時間を少し過ぎていたため若干心配していたところだったが、無事に辿り着けたようだった。


「うわぁ! ミクちゃんだ!」


様子を見に来たワガママ少女が声を上げた。


「え? コスプレ? でも今声もそっくりだったよね? あ!凄い、グミちゃんもいる!」


テンションを振り切らせて駆け寄る少女、mikuは笑顔のまま駆け寄った少女を抱きとめた。


「まぁ立ち話もアレだし、入ってください」


mikuにじゃれつく少女を引きずりながらmikuが部屋に入る、さすがアンドロイドといったところか、馬力がかなり凄い事になっている……


「別れ際にあんな事言っちゃった割に2年そこらで再会するってのはちょっと恥ずかしいな」

「平和に再会できたからいいじゃないですか」


リビングの扉を開けると、こちらに気付いた相棒が目を丸くした、サプライズ成功といったところか。


「ハチくんがクリスマスパーティーやろうなんて何かおかしいと思ってたら、なるほどね」

「まぁこの子たちがうるさいってのもあるけど」

「託児所かここは」

「私は子供じゃないですー」


相棒の発言を聞いてたのか、れるりりがキッチンから顔を覗かせて文句を言う、そして俺の隣に立つmikuの存在に気付いて身体を硬直させた。


「えっウッソ誰その子、超可愛いんだけど、ミクちゃんのコスプレ?」

「コスプレじゃないですよ、私は正真正銘のmikuです」

「GUMIもいるよ!」


興奮するれるりりに対してmikuとGUMIが愛想を振りまく、現実を受け止めきれない彼女はその場に立ち尽くしてしまった。


「紹介するよ、そこのmikuとGUMIを開発した……えーっと……」

「博士でいいよ、よろしく、君がさつきちゃんで君がれるりりちゃんだね?」


そういや最後まで名前聞かなかったなと相棒が笑った、マスターはどこに行ってもあまり名乗りたがらないんですよと補足するmikuの様子を観察するれるりりが恐る恐る手を差し出す、mikuは握手に応じてニッコリと笑った。


「はぁ……やっぱり可愛いわこの子、しかも手が暖かい……」


いつもと明らかに違うテンションで彼女は感動の声を上げた。


「mikuたちってエネルギー供給はどうしてるの?」

「あぁ、電源でも食事でも大丈夫だよ、極力一緒に食事をすることにしてるけどね」

「そりゃよかった」


声を潜めて博士に訊く、どうやらあちこち進化を見せているようだった。

勝手に着いてきてるとはいえ、俺のせいで戦いの日々をおくっている彼女らと、楽しく食事をできる人がいてよかった、博士も隣で「mikuたちとクリスマスを祝うのは初めてだ、感謝するよ」と隣で呟いた。


どこかで助けを求める声が聞こえる、こんな日だろうとやはりピンチというものはどこかで発生するものだ。


「ハチくん、こんな日ぐらいはいいんじゃないか?」

「こんな日だからこそ助けなきゃいけないだろ? すぐ戻るよ、アレもあるし……」


冷蔵庫を占有する巨大なマカロンケーキを思い浮かべる、アレを完食するのは至難のワザだろう。


「ヒーローってたいへんですね」

「そうよ、ハチさんは凄いんだから」

「フフ、知ってます」


GUMIとれるりりの会話を背に、異能を発動する、視界に覆いかぶさる髪が緑色に変わっていった。


「それじゃ、行ってくるよ」

「おう、気をつけろよ」


相棒と言葉を交わして、俺は声の元へと飛んでいく。

助けてやるさ、誰だって、いつだって、俺は正義のヒーローだから。


* * * * *


「すみません、本当にやめてください……そんな大金僕は……」

「すみませんで済んだらケーサツなんかいらねーっての、どうすんのよコレ、確実に折れちゃってるわー」


折れてると言って左足をプラプラとさせる相手、しかしその足でバッチリ地面に立ってるし、さっきその足でゴミ箱蹴飛ばしたじゃないか。

そんな事を思うが、言えるはずもなく僕は一歩後ずさる、背中が壁に当たる感覚がして、動きが止まった。


「とりあえず100万で許してやるよ、兄さんなかなかいい時計してるし、そんぐらい持ってるだろ?」


冗談じゃない、折れてない足に100万も払えるか。

しかしここで従わなければどうなるか分からない、逃げ出そうにも4人ほどに囲まれてちゃ逃げようがないじゃないか……

腹部に一発、相手の拳がめり込んだ、痛さで視界が滲む、誰か助けてと思わず口に出してしまう。


「タスケテーだってよ、誰が来るかよこんな裏道」


下品な笑いが上がる、膝から崩れ落ちた僕の髪を相手が乱暴に掴んで顔を近付けた。


「ほら、助け呼んでみろよ、噂のパンダヒーローさんが来てくれるかもよ?」


都市伝説で聞くような名前が出てきて、再び下品な笑いが起こった時の事だった。


ゴウンと鉄板に何か重たい物が落ちる音がする、奴らの背後にあったゴミ集積ボックスの方からだ。


「聖なる夜に集団でカツアゲか、暇な連中もいたもんだ」


届くか届かないかぐらいの街灯の光が、細い銀色の物体を鈍く光らせる。


「誰だテメェ」


連中の中から声が上がる、それに対して集積ボックスの上に立っていた人物が手に持っている物の先端をリーダーと思しき男に向けた。


「ピンチヒッターさ」


前髪の間から覗く眼がこちらを捉え、その男はニヤリと笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

spin-off*PANDA-HERO ナトリカシオ @sugar_and_salt

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る