第5話自問自答
いつも通りの授業が終わり、部活に行く者、帰路に着く者、教室で談笑をする者と各々が自由になる放課後という時間に俺はある人に呼び出されていた。
「頼む
俺の目の前で両手を合わせ腰を曲げているのは、あの可哀想な男、倍率「0.3」と低倍率なあいつだ。
彼の名は
「なっ?頼むよ!なぁ!」
必死に頼み込む下槻に若干の恐怖を感じつつ俺は口を開く。
「いや、頼みって何だよ!いきなりトイレに連れてこられて頭下げられても何も分かんねぇよ?!」
そう俺自身この状況を全く飲み込めていないのだ。なんせ、帰りのホームルームが終わると同時に下槻が俺のところに来たかと思うと
「暮林ちょっと来てくれ」
と言って俺の手を引くとそのままトイレまで連行したのだからな。クラスにいた他の奴も不思議そうな顔で俺らの事を見ていたよ。
「あれ?頼み事言ってなかったっけ?」
「聞いてねぇよ...」
この間のトイレでの一件から思っているのだが、この下槻という男は馬鹿なのか?
「実は頼みと言うのは...」
「頼みというのは?」
「俺の倍率を上げて欲しいんだ!!」
「じゃあな、俺帰るわ」
俺は何を躊躇うこともなくトイレのドアに手を掛けた。
「えっ、ちょちょちょ!待ってくれよ!!」
何を待つ必要がある。俺はここに用が無いのだから帰るのが当然だろ。
「俺が頼んでんだから少しは話を聞いてくれよ!!」
いや、話はちゃんと聞いたよ?聞いた上で帰るんだよ?何か勘違いしていないか?
「俺は倍率を上げて欲しいんだよ!俺の倍率って他の奴より低いらしんだよ......、だから!俺の倍率を上げる手伝いでいいからしてくれよ!」
「断る」
扉を開き廊下に出ようとした瞬間、下槻に手を捕まれそのまま引き戻されてしまった。あまりにも勢いよく引っ張るもんだから肩から変な音が聞こえた気がしたのだが、気のせいだよな?
「何でだよ!何で断るんだよ!」
俺は確信した、こいつただの馬鹿だ。
「あのな、いいか下槻?俺はお前の事を何も知らない。知ってるのは倍率が「0.3」って事ぐらいだ。そんな奴の倍率を上げるだ?普通に考えて無理だろ?それに何で俺がそんな事をしなくちゃなんねぇんだよ。いいか?それはあくまでも”数値“だ。そんなものに踊らされてるようじゃ倍率を上げることなんて到底出来ないだろうな。それに、他人に手伝ってもらって上げた倍率に何の意味があんだよ。お前はそんな事も分かんねぇのか?」
俺は思っている事をそのまま言葉にして下槻に投げつける。俺の性格上思っている事は言わないと気が済まないし、それをわざわざオブラートに包むなんて無理だ。だから少々辛辣だがこういう言葉を吐いてしまった。
流石に言い過ぎたか、そう思った瞬間
「なるほど!!そういう事か!!ありがとう暮林!俺なんか分かった気がする!うん、そうか!そうだよな!」
突然目を輝かせて俺の手を握り始めたのだ。男に手を握られても何にも嬉しくないな。
「ありがとう暮林!俺、頑張るよ!じゃ、またな!」
そう言い残すと俺の手を離し、トイレから出て行ってしまった。
「あいつ何がしたかったんだ......」
恐らくだが、下槻は何も分かっちゃいないんじゃないか?あんなんで分かってたから、もうちょっと高い倍率なはずだろ。
「ったく...、何だったんだよ...」
呆れたままトイレを出ると
「随分な綺麗事を並べたな。あれか?ブーメランってやつか?」
壁に寄りかかるようにしてそこにいたのは、澄まし顔の浦智だ。
「つまりさっきのは暮林が常に思っている事で、自分に置き換えても言え......痛いっ!痛いよ暮林君!」
「お前は黙ってろ。てか、いつからそこにいたんだよ?」
「頼むよ暮林!のところから」
「最初じゃねぇか......」
全くどいつもこいつも暇な奴ばっかだな。そんな事をしてる暇があるなら帰って課題でもやってればいいのに。
「実際はどう思ってんの?暮林はさ、この恋愛倍率を」
どうって言われても、どうとも思ってないんだけどな。
「暮林はこの数値に興味がないんだもんな」
浦智がにやりと笑う。
この学園に入学して初めて会話をした男がこの
「まあいいや、さっさと帰ろうぜ」
浦智にそう言われ俺達は教室に戻ると鞄を手に校舎を後にした。
恋愛倍率 さち @sathi-27
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